← Library‹ 天空の魔人 さらわれた少年

そのあくる日ひから、あの大おおきな白犬しろいぬは、村むらにいなくなってしまいました。犬いぬのかい主ぬしは、ずいぶん、さがしまわったのですが、どうしても見みつけることが、できませんでした。

井上いのうえ、野呂のろの二に少年しょうねんが、野天のてんぶろの帰かえりに見みた、あの奇怪きっかいな事件じけんは、けっして夢ゆめでもまぼろしでもなかったのです。巨人きょじんの腕うでは、ほんとうに、森もりの中なかへおりてきて、白犬しろいぬをつかみあげていったのです。

でも、犬いぬだったから、まだしあわせでした。もし、あのとき、井上いのうえ君くんか、ノロちゃんか、どちらかがつかみあげられたら、どうだったでしょう。ふたりとも、それを考かんがえると、ゾーッと、背中せなかが寒さむくなるのでした。

巨人きょじんの腕うでは、動物どうぶつや、畑はたけのものをつかんでいくばかりで、人間にんげんはまだひとりも、やられていません。村むらの人ひとたちは、いくら魔まものでも、人間にんげんには、おそれをなしているのだろうと、うわさをしていました。

ところが、白犬しろいぬの事件じけんから二ふた日かめの朝あさになって、巨人きょじんは、けっして、人間にんげんにえんりょなんかしていないことが、わかったのです。とうとう、人間にんげんがやられたのです。

矢倉やくら温泉おんせんの近ちかくに住すんでいる、佐多さたという農家のうかに、十じゅう二に歳さいになる幸太郎こうたろうという男おとこの子こがありました。その幸みゆきちゃんが、きのうから、ゆくえ不明ふめいになっていました。

幸みゆきちゃんは、わんぱくもので、一いち日にちじゅう外そとで遊あそんでいる子こでしたから、夜よるになるまでは、おとうさんも、おかあさんも、心配しんぱいしませんでしたが、暗くらくなって、だんだん夜よるがふけても帰かえってこないので、大おおさわぎになりました。

お友ともだちのうちや、ほうぼう聞ききあわせましたが、どこにもいません。警察けいさつ分署ぶんしょにもとどけました。

「ひょっとしたら、巨人きょじんの腕うでに、さらわれたんじゃあるまいか。」

そんなことをいいだす人ひともありました。村むらには、むかしから、てんぐにさらわれるという、いいつたえがありました。羽はねのはえた、てんぐという怪物かいぶつが、空そらから舞まいおりてきて、子こどもをさらっていくというのです。

としよりの人ひとたちは、巨人きょじんの腕うでを見みたわけではありませんので、そんなへんなものよりも、まず、てんぐのことを考かんがえました。そして、幸みゆきちゃんは、てんぐにさらわれたのかもしれないと、うわさをするのでした。

ところが、けさになって、その幸みゆきちゃんが、ヒョッコリ帰かえってきたのです。しかし、ふつうの帰かえりかたではありません。村むらはずれの、山やまの登のぼり口ぐちに、大おおきな森もりがあります。その森もりの、高たかいシイの木きの枝えだの上うえに、ひっかかっていたのです。

ひっかかるというのは、へんですが、たしかに幸みゆきちゃんは、その高たかい枝えだの上うえに、横よこになって、のっかっていたのですから、下したから見みると、ひっかかっているように見みえたのです。

村むらの人ひとが、朝あさはやく、その森もりをとおりかかると、上うえの方ほうで、ワーン、ワーンと、こどもの泣なき声ごえがするので、びっくりしてさがしてみると、高たかい高たかい木きの上うえで、幸みゆきちゃんが泣ないていることが、わかったのです。

そこで、村むらのきこりの、木きのぼりの名人めいじんをよんできて、やっと幸みゆきちゃんを、木きの上うえからおろすことができたのですが、それを見みると、おかあさんは、ワッと泣なきだしてしまいました。それほど、幸みゆきちゃんは、ひどい姿すがたになっていたからです。

服ふくは、やぶれて、どろまみれになり、顔かおはどろと血ちで、おそろしくよごれ、手足てあしは、きずだらけになっていたのです。

すぐに、うちへ連つれ帰かえって、きずの手てあてをしたり、ふろに入いれたりして、やっと、おちついたときに、みんなで幸みゆきちゃんをとりかこんで、たずねてみますと、幸みゆきちゃんは、きのうの夜よるから今いままでのことを、ぼつぼつ話はなしました。

幸みゆきちゃんは、きのうの夕ゆうがた、友ともだちといっしょに、山やまの方ほうへ遊あそびにいっていたのですが、みんなとけんかして、ひとり山やまにのこっているうちに、日ひがくれてしまったのです。

あたりがまっ暗くらになったので、いそいで、うちに帰かえろうと山やまをおりてきますと、とつぜん、サーッと、風かぜがふいてきて、雲くもの中なかから、大おおきなマツの木きのようなものが、落おちてきたというのです。

「八幡はちまんさまのマツよ。あれの三さん倍ばいも、太ふとかったぜ。そんでね、そのマツに指ゆびが五ご本ほんはえてただ。一いち本ほんの指ゆびが、お寺てらのはしらくれえ、あったぜ。その指ゆびが、おらの目めの前まえで、モジャモジャ動うごいてたが、ギャッと、つかみかかってきた。そんでね、おら、空むなしさ、舞まいあがっちまったのよ。目めがまわって、なにがなんだか、わかんなくなっちまっただ。」

幸みゆきちゃんは、そんなふうに話はなしました。この少年しょうねんは、日ひごろから、つくり話ばなしがうまく、また、その話はなしかたが、じつに、じょうずでしたが、こんどは、つくり話ばなしではありません。ひと晩ばん、うちに帰かえらなかったうえ、これほどひどいけがをして、子こどもには、とてものぼれないような高たかい木きの上うえに、ひっかかっていたのですから、だれも幸みゆきちゃんの話はなしを、うそだと思おもうものはありませんでした。

巨人きょじんの腕うでに、つかみあげられたときは、目めがまわって、気きをうしなってしまったが、ふと、目めを開ひらくと、高たかい空そらを、ヒューッ、ヒューッと、風かぜのように、とんでいることがわかったそうです。

「きっと、巨人きょじんが手てをふって、ノッシ、ノッシと歩あるいていたんだぜ。そんだから、巨人きょじんが手てをふるたびに、おらのからだは、ヒューッと、前まえにいったり、ヒューッと、うしろへもどったりしたんだ。でっけえぶらんこに、乗のってるみてえだったぜ。」

幸みゆきちゃんは目めをまんまるにして、そのときのこわかったようすを話はなすのでした。

人間にんげんの何百なんびゃく倍ばいもある巨人きょじんが、ノッシ、ノッシと歩あるいていく。その手てに幸さちちゃんが、つかまれている。なんという、おそろしいめにあったものでしょう。考かんがえただけでも、気きがとおくなるではありませんか。

空そらには、まるで銀ぎんの砂すなをまいたように、いっぱい星ほしがあったといいます。ゆうべは、空そらいちめんに、くもっていたのに、どうして星ほしが見みえたのでしょう。それは、巨人きょじんのせいが高たかいので、からだの半分はんぶんが、雲くもの上うえに出でていたためかもしれません。また、下したの方ほうを見みると、まっ暗くらな中なかに、ところどころ、火ひの粉こをこぼしたような、赤あかい光ひかりのかたまりが見みえたそうです。それは、町まちや村むらの電灯でんとうの光ひかりだったのでしょう。

「おら、飛行ひこう機きに乗のったことねえけんど、飛行ひこう機きに乗のれば、あんなふうにちげえねえ。おっかねえけんど、おもしろかったぜ。もう一いち度ど、巨人きょじんにつかまれてえな。」

幸みゆきちゃんは、だんだんちょうしにのって、そんなことまでいうのでした。それから、さんざん空そらをとびまわったあとで、森もりの木きの上うえにおとされたのだそうです。つかまれていた巨人きょじんの手てが、パッと開ひらいて、幸みゆきちゃんのからだは、まるで石いしでも投なげたように、ヒューッと風かぜを切きって、下界げかいへ落おちてきたのです。そのとき幸みゆきちゃんは、また気きをうしなってしまいました。

二に度どめに気きがついたときには、森もりの木きのてっぺんに、ひっかかっていたのです。もう夜明よあけでした。巨人きょじんにつかまれているあいだは、さけぶことも、ものをいうこともできなかったのですが、そのとき、やっと声こえが出でるようになりました。そこで、幸みゆきちゃんは、死しにものぐるいの声こえを出だして、泣なきさけんでいたというのです。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%