← Library‹ 天空の魔人 貨車昇天

巨人きょじんの腕うでは、動物どうぶつや人間にんげんをさらったばかりでなく、こんどは、あの大おおきな重おもい貨物かもつ列車れっしゃを、雲くもの上うえへつかみあげていったのです。キングコングやゴジラは、飛行ひこう機きや電車でんしゃをつかみましたが、巨人きょじんの腕うでも、あの怪獣かいじゅうたちと同おなじ力ちからをもっているのでしょうか。

矢倉やくら温泉おんせんの駅えきから、東京とうきょうの方ほうに近ちかい第だい一いち番ばんめの駅えきは、横目よこめ駅えきで、そこに、横目よこめ町まちという、小ちいさい町まちがあるのです。

その横目よこめ駅えきを、今夜こんやの八はち時じ四十よんじゅう七なな分ふんに出でた貨物かもつ列車れっしゃが、矢倉やくら駅えきへ、九きゅう時じにつきました。蒸気じょうき機関きかん車しゃにひかれた、十じゅう五ご両りょう連結れんけつの貨物かもつばかりの列車れっしゃです。

その貨物かもつ列車れっしゃの、機関きかん車しゃからかぞえて、七なな両りょうめに、あるお金持かねもちが、借かりきっている貨車かしゃが、つながれていました。そして、その貨車かしゃは、矢倉やくら駅えきでつみおろしをすることになっていたのです。

そのお金持かねもちは、矢倉やぐら村むらの近ちかくに、大おおきな別荘べっそうを建たて、その中なかへかざるために、東京とうきょうから、たくさんの美術びじゅつ品ひんを、矢倉やくら駅えきへ送おくったのです。値打ねうちにして、何千なんぜん万まん円えんという美術びじゅつ品ひんです。

その美術びじゅつ品ひんは、国鉄こくてつから私鉄してつへの乗のりかえ駅えきで、つみかえられましたが、そのときは、大おおぜいの人ひとが厳重げんじゅうに見みはりをして、私鉄してつの貨車かしゃにつみこみ、貨車かしゃの戸錠とじょうをおろし、封印ふういんまでしたのです。

そして、その貨車かしゃが、横目よこめ駅えきをぶじに通とおりすぎたことも、まちがいありません。

横目よこめ駅えきの駅長えきちょうは、七なな両りょうめの貨車かしゃに、貴重きちょう品ひんがはいっていることをよく知しっていましたから、その貨車かしゃには、とくべつに気きをつけたのです。

封印ふういんのある貨車かしゃは、たしかに、七なな両りょうめにつながっていました。駅長えきちょうばかりでなく、三さん人にんの駅員えきいんが、それを見みたのです。

ところが、列車れっしゃが九きゅう時じに矢倉やぐら駅えきについて、いざ、つみおろしをしようとすると、その封印ふういんつきの貨物かもつ車しゃが、一両いちりょうだけ、消きえうせていました。十じゅう五ご両りょうつなぎの列車れっしゃが十じゅう四よん両りょうになっていたのです。

矢倉やくら駅えきの駅長えきちょうはすぐに横目よこめ駅えきや、その前まえの駅えきへ電話でんわをかけてたしかめましたが、どこの駅えきでも、たしかに十じゅう五ご両りょう連結れんけつだったという答こたえです。

そして、封印ふういんつきの貨車かしゃが七なな両りょうめにつながれていたことも、まちがいないというのです。

長ながい列車れっしゃの、まん中なかの一両いちりょうだけが、一ひとつの駅えきからつぎの駅えきへいく間あいだに、消きえてなくなるなんて、人間にんげんの頭あたまでは、考かんがえられないことです。鉄道てつどうはじまっていらい、一いち度ども例れいのないことです。

機関きかん士しも車掌しゃしょうも、この鉄道てつどうに、長ながいことつとめている、信用しんようのおける人ひとたちでした。そのふたりは、横目よこめ駅えきと矢倉やぐら駅えきの間あいだで、列車れっしゃは、一いち度どもとまらなかったし、あやしいこともなかったというのです。だいいち、とちゅうで列車れっしゃをとめて、貨車かしゃをはずしたりしていたら、きまった時間じかんに矢倉やぐら駅えきへつくことはできないはずです。それから、矢倉やくら駅えきと横目よこめ駅えきの両方りょうほうから、蓄電池ちくでんちで動うごくトロッコを出だして、二ふたつの駅えきの間あいだの線路せんろをしらべましたが、なんのかわったようすもないことがわかりました。貨車かしゃはどこにも、のこっていなかったのです。

あの大おおきな貨車かしゃが、煙けむりのように消きえうせてしまうなんて、人間にんげんの知恵ちえでは考かんがえられないことです。

この事件じけんには、なにか、人間にんげんいじょうの力ちからが働はたらいているのではないでしょうか。

そこまで考かんがえてくると、もうほかに答こたえはありません。

駅長えきちょうも、警察けいさつ分署ぶんしょ長ちょうも、村長そんちょうも、村むらのおもだった人ひとたちも、すぐに「巨人きょじんの腕うで」のことを思おもいだしました。

あのばけものなら、人間にんげんにできないことも、やすやすと、やってのけるにちがいないのです。

「しかし、巨人きょじんの腕うでが、つかみとったとすれば、列車れっしゃぜんたいが、ひどくゆれただろうが、機関きかん士しも車掌しゃしょうも、それを感かんじていないのはへんだね。」

「そこが魔物まものだよ。人間にんげんの知恵ちえでは、考かんがえられないことが、あのばけものには、ぞうさなくやれるのかもしれない。」

「だが、貨車かしゃを一ひとつだけつかみあげたとすれば、七なな両りょうめからあとの貨車かしゃは、連結れんけつが切きれてしまうから、そこにとりのこされたはずじゃないか。」

「それが、やっぱり人間にんげんの知恵ちえだよ。あの巨人きょじんなら、貨車かしゃをぬきとって、前まえの車くるまとあとの車くるまを、手てばやく連結れんけつすることだって、わけはないかもしれない。

なにしろ相手あいては、でっかいやつだ。ちょうど、こどもが、オモチャの汽車きしゃをいじるようなもんだからね。」

そんな会話かいわが、ほうぼうでくりかえされました。そして、村むらの人ひとたちの八はち割わりまでが「巨人きょじんの腕うで」のしわざにちがいないと、信しんじるようになったのです。

美術びじゅつ品ひんの持もち主ぬしのお金持かねもちは、相手あいてがばけものであろうが、人間にんげんであろうが、美術びじゅつ品ひんをとりもどしてくれた人ひとには、百ひゃく万まん円えんのお礼れいをすると、警察けいさつ分署ぶんしょ長ちょうや村長そんちょうに話はなし、それが村むらじゅうにつたわりました。

また、土地とちの新聞しんぶんにも、そのことが、でかでかと書かきたてられたのでした。

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