← Library‹ 仮面の恐怖王 名探偵の変装

それから、大だい格闘かくとうがはじまったのです。上うえになり、下したになり、ふたりは、まっくらな甲板かんぱんの上うえをゴロゴロと、ころがりまわっていましたが、とうとう明智あけちが上うえになり、道化どうけ仮面かめんはくみしかれたまま動うごかなくなってしまいました。明智あけちは柔道じゅうどうの手てで、あいてののどをしめ、きぜつさせてしまったのです。

あたりを見みまわしましたが、甲板かんぱんには人ひとかげもありません。ふたりは、だまってとっくみあっていたので、船室せんしつにいる部下ぶかたちはなにも知しらないのです。

明智あけち探偵たんていは、ぐったりとなった道化どうけ仮面かめんのからだを、甲板かんぱんのものかげへひっぱっていって、じぶんの服ふくをぬいで、あいてにきせ、あいての道化どうけ仮面かめんをはずして、じぶんの顔かおにかぶり、とんがり帽子ぼうしもとって、じぶんの頭あたまにかぶりました。

人間にんげんのいれかわりです。ぐったりとたおれているのが明智あけち探偵たんていで、立たっているのが道化どうけ仮面かめんの恐怖きょうふ王おうとしか思おもわれません。

明智あけち探偵たんていは、なにか冒険ぼうけんをやらなければならないようなときには、ワイシャツの下したに、ぴったり身みについた黒くろシャツと黒くろのズボン下かをつけて出でることにしていました。きょうも、それを着きていたので、仮面かめんさえつけて、服ふくやワイシャツをぬぎさえすれば、賊ぞくの首領しゅりょうになりすますことができるのでした。

それから、ながいなわをもってきて、首領しゅりょうの手足てあしをぐるぐるまきにしばり、さるぐつわをはめたうえで、首領しゅりょうのからだの急所きゅうしょをぐっとついて、息いきをふきかえさせました。

息いきをふきかえしても、賊ぞくは手足てあしをしばられているうえに、さるぐつわをはめられているので、どうすることもできません。

明智あけちは、そのへんにまるめてあったズックのきれをひろげて、首領しゅりょうのからだにかぶせました。そして、じぶんは甲板かんぱんにおちていた、さっきのピストルをひろいとると、賊ぞくの首領しゅりょうになりすまして、船室せんしつへはいってくるのでした。

そして、いちばんりっぱな部屋へやへはいっていき、あたりを見みまわして、つくえの上うえのよびりんのボタンをおしました。

すると、ひとりの部下ぶかがあらわれ、

「かしら、なにかごようで……。」

と、たずねました。

「うん、おまえは知しっているだろう。れいの『星ほしの宝冠ほうかん』を、おれがどこへしまったか、いってみろ。」

明智あけちは賊ぞくの首領しゅりょうのドラ声こえをまねて、わざとらんぼうにいいました。

「へっ、かしらは、じぶんで、しまっておいて、忘わすれちゃったんですかい。」

部下ぶかは、へんな顔かおをして、聞ききかえします。

「いや、おれはむろん知しっているよ。だが、おまえが知しっているかどうか、ためしてみるんだ。さあ、どこだ。いってみろ。」

「きまってるじゃありませんか。いつも、かしらが、いちばんだいじなものをしまっておく、その戸棚とだなですよ。」

「うん、そうか、ここだな。だが、かぎがかかっている。おまえはかぎがどこにあるか知しっているか。」

「つくえのひきだしですよ。右みぎがわのいちばん上うえのひきだしの、手帳てちょうの間あいだにはさんであるのを、かしらは忘わすれたんですかい。」

「忘わすれるもんか。ちょっと、おまえを、ためしてみたんだよ。よしっ、それじゃあ、もう用ようはない。あっちへいってよろしい。」

部下ぶかの男おとこは、そのまま、ひきさがっていきました。道化どうけ仮面かめんをかぶって、首領しゅりょうとそっくりのかっこうをしているので、これが明智あけち探偵たんていの変装へんそうだなどとは、うたがってさえみなかったのです。

明智あけちはそのかぎをだして、戸棚とだなをひらき、紫むらさきのふろしきにつつんだ「星ほしの宝冠ほうかん」の箱はこを取とりだし、それをひらいて中なかをあらためました。

キラキラと星ほしのようにきらめく、無数むすうの宝石ほうせきをちりばめた黄金おうごんの宝冠ほうかんです。さすがの名めい探偵たんていも、そのうつくしさに、しばらくは、ぼんやりと見みとれているばかりでした。

明智あけちはそれをもとどおりにつつんで、こわきにかかえると、また後部こうぶ甲板かんぱんへとびだしていきました。とちゅうで、部下ぶかたちの船室せんしつの窓まどの前まえをとおりましたが、だれも首領しゅりょうをうたがうものはありません。

甲板かんぱんのはずれにたって、まっくらな海うみを見みおろしますと、ちょうどボートが汽船きせんをひとまわりして、帰かえってきたところでした。明智あけちは道化どうけ仮面かめんの顔かおを、ふなべりからつき出だすようにして、ボートの部下ぶかたちに見みせました。

「かしらあ、だめですよう。いくらさがしても、なんにもいませんよう。明智あけちのやつ、サメにでも、くわれちゃったんでしょう。」

ボートから、部下ぶかのさけぶ声こえが聞きこえてきました。

「よろしい。それじゃあ、もうさがすのをやめて、あがってこい。」

明智あけちは首領しゅりょうの声こえをまねて、命令めいれいしました。

すると、三さん人にんの部下ぶかはボートを船尾せんびからさがっている綱つなにくくりつけて、なわばしごをつたって甲板かんぱんへあがってきました。

「やあ、ごくろう。部屋へやにはいって、いっぱいやるがいい。……明智あけち先生せんせい、とうとうおだぶつとはいいきみだ。これでもう、じゃまものが、なくなってしまったから安心あんしんして仕事しごとができるというもんだ。」

明智あけちはあくまで賊ぞくの首領しゅりょうになりすまして、ふてぶてしく、こんなことをつぶやいてみせるのでした。

部下ぶかたちが船室せんしつへはいってしまうと、明智あけちは、さっき、かれらがあがって来きた、なわばしごをつたって、下したのボートへとおりていきました。

名めい探偵たんていはこうして、まんまと、目的もくてきをはたしたのです。敵てきにとらわれの身みとなりながら、賊ぞくの首領しゅりょうだけをそっとたおして、首領しゅりょうになりすまし、有馬ありまさんの「星ほしの宝冠ほうかん」をとりもどして、ボートにのりうつることができたのです。

ボートにのりうつると、綱つなをといて、まっくらな海うみの上うえを、東京とうきょうの方角ほうがくにむかってこぎはじめました。さいわい、波なみはありません。大おおきなうねりが、のたりのたりと、うってくるばかりです。

大おおきなオールを、ひとりで二に本ほんあやつるのはむずかしいので、明智あけちはくふうをして、一いち本ほんのオールを和船わせんのろのようにつかって、ボートをこぎました。

みるみる、汽船きせんとの間あいだがへだたっていきます。

二百にひゃくメートル、三百さんびゃくメートル、そして、五百ごひゃくメートルもへだたったころには、大おおきな汽船きせんの姿すがたさえ夜よるのやみにとけこんで、はっきりとは見みえなくなってしまいました。

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