怪人二十面相は、透明人間となって、恩田さんの家にあらわれ、家宝の真珠でできたゾウを、盗みだすと宣言しました。それで、恩田さんはいっしょうけんめいに、それを防ごうとしました。
真珠のゾウは、地下室の金庫の中に入れたうえ、その地下室の入口の厚い板のあげぶたにも、厳重にかぎをかけ、家族の者でも金庫のそばへは行けぬようにしました。
恩田さんは、警察にお願いして、ふたりの刑事さんに、恩田家の表門と、裏口のそばを、たえず見回ってもらうことになりました。
ところが、そのあくる日の朝、今度は恩田さんの家の庭で、恐ろしいことがおこったのです。
恩田さんの子どもの章太郎君は、そのとき、自分の勉強部屋の窓から、庭を見ていました。
庭にはいろいろな木が植えてあるのですが、ちょうど章太郎君の窓の正面に、一本のツバキの木があって、その青あおとした葉のあいだに、血のようにまっかな花が、ポツンとたったひとつ、咲いているのです。
章太郎君は、なぜか、その赤い花から、目を離すことができませんでした。妙に、ひきつけられるような気がするのです。
すると、その花が、突然だれかにもぎとられたように、枝から離れました。そして、下に落ちないで、空中をスーッと、動いていくのです。
上から糸でつっているのではありません。もう木のそばを離れているのですから、上にはなにもないのです。
それから、空中をフワフワただよっていたかとおもうと、やがて、じっと、動かなくなりました。
もし、そこに人間が立っているとすれば、ちょうど、その顔のあたりで、止まってしまったのです。
目に見えない人間が、目の前に花を持ち上げて、ながめてでもいるようです。章太郎君は、はっとしました。透明人間に違いないからです。透明人間が、ツバキの花をもぎとって、ながめているのです。
おとうさんに知らせようと、立ちあがったとき、庭の向こうから、だれかやってきました。家庭教師の山口青年です。
山口君も、空中にじっとしているツバキの花に気がついたらしく、ギョッとして立ち止まりましたが、すぐに、気をとりなおして、いきなり、その花に向かって、飛びかかっていきました。
からだとからだが、ぶつかりあうような音が聞こえました。目には見えないけれど、そこには、確かに人間が立っていたのです。
それから、恐ろしいとっくみあいが、始まりました。
山口青年は、なかなか勇敢です。ハアハア息を切らしながら、まっかな顔をして、とうとう、相手を、土の上にねじ伏せました。そして、馬乗りになって、ぎゅうぎゅうと、首をしめつけているようです。
しかし、相手は二十面相です。そのまま、負けてしまうはずはありません。
山口君が、パッとひっくりかえりました。目に見えないやつが、猛烈ないきおいで、はね起きたのです。
山口君は、また、相手に飛びかかっていきましたが、ガクンとアッパーカットをくらったようにあごをあげてしりもちをつきました。
「ちくしょう。うぬ、逃がすものかっ。」
山口君は、また立ち上がって、組みついていきました。そして、ウンウンいいながら、とっくみあっていましたが、あっとおもうと、山口君のからだが、パッと空中に半円をえがいて、もんどりうって向こうの地面に投げ飛ばされました。目に見えぬやつは、柔道のともえ投げの手を使ったのです。
起きなおろうとするところを、上から乗りかかって、首をしめつけられているらしく、頭を右ひだりに動かして、もがいていましたが、やがて、グッタリとなってしまいました。
「ハハハハ……、まいったか。おれは柔道五段の腕まえだからな。きみなんかに、つかまりやしないよ。」
空中から、そんな声が響いてきました。
そして、ふっと気がついたように、
「あ、そこに章太郎君がいるね。いや、心配しなくてもいい。きみには、なにもしないよ。だが、おとうさんのところへ行って、こう言っておくのだ。いいかね。今夜あたり、あぶないってね。
ほら、真珠のゾウだよ。あれが、今夜なくなるのだ。
そうだな、時間をきめておいてもいいよ。夜の十時にしよう。十時かっきりに、盗みだしてお目にかけるってね。よく言っておくんだぜ。おれは二十面相だ。決して約束はたがえないからね。わかったかね。ハハハハ……、じゃあ、あばよ。」
その笑い声が、だんだん、遠ざかっていって、庭の木立ちの向こうへ、消えていきました。
山口青年は、やっと起き上がりました。章太郎君は、おとうさんに知らせるために、奥へかけ出しました。
それから、表にいるふたりの刑事さんを呼んで、庭じゅうを捜しましたが、相手は目に見えないやつですから、どうすることもできません。もう、どっかへ逃げてしまったのか、まだそのへんにウロウロしているのか、さっぱりわからないのです。
このうえは、地下室の金庫を、みんなが力をあわせて、厳重に、守るほかはありません。