しばらくすると、宝物が取り返せたと聞いて喜んでいた恩田さんのひたいに、またしわが寄ってきました。
どうもまだ、ふにおちないという顔つきです。
「しかしね、小林君。どうもわからないことがあるよ。透明人間がいたという、もっとたしかな証拠があるんだ。松波さんのうちで、テーブルの上に置いてあった巻き物の箱を、人間の手首だけがあらわれて、盗んでいった。
これはとなりのうちの子どもが、ちゃんと見ているのだ。
それから、松波さんもその箱を持った手首が、宙を飛んで逃げていくのを見ておられる。いや、それだけじゃない。きょうの夕がたは、松波さんが透明人間の足跡だけが、地面に残っていくのを見て、わたしのうちまでつけてこられた。松波さん、そうでしたね。」
「そうです。わたしは、たしかに手首だけが宙を飛ぶのを見ました。また、足跡だけが、つぎつぎと地面にしるされていくのを見ました。」
松波博士は、深くうなずきながら、きっぱりといいきるのでした。
「小林君、このなぞをとかなければならない。きみには、これがとけるかね。」
この質問には、さすがの小林君も、答えることができません。松波博士という、りっぱな証人があるのです。まさか博士がうそをいうはずはありません。小林君は、答えにつまって、だまっていました。
だれも、ものを言う人はありません。地下室はしいんと、しずまりかえってしまいました。
そのとき、階段の上にいた刑事のひとりが、かけおりてきて、恩田さんのそばに寄ると、なにかささやきました。
「あ、そうですか。じゃあ、すぐにここへご案内してください。」
恩田さんが、うれしそうに言いました。だれか来たのです。いったい、だれが来たのでしょう。
刑事がもどっていくと、やがて、階段をおりる足音が聞こえ、ふたりの人物があらわれました。
「あっ、明智先生。」
「おお、明智さん。」
章太郎君と松波博士が、一度に声をかけました。それは明智探偵と、警視庁の中村警部だったのです。
女中さん姿の小林少年が、恩田さんに明智探偵と中村警部をひき合わせました。あいさつがすむと、恩田さんはニコニコして、
「先生の助手の小林君は、じつに感心です。すっかりなぞをといてしまいました。そして犯人を見つけたのです。山口が二十面相だというのですよ。」
と言って、手錠をはめられている山口青年を、指さしました。
「そのとおりです。山口が二十面相だということは、わたしははじめから察していました。小林君にも、そのつもりで探偵するように、いっておいたのです。」
「二十面相君、しばらくだったなあ。」
明智に声をかけられて、山口青年はにが笑いをしました。
「このざまだよ。」
と、手錠を見せて、
「小林のなぞときを、感心して聞いていたところさ。しかしね、明智君。おれはまだ負けてしまったのじゃない。だいいち、小林には、まだとけないなぞが残っているのだ。」
「うん、そうだろう。ぼくは、それをときにやって来たのだ。とけないなぞとは、松波博士が見た手首と、それから、足跡だろう。その前に、西村正一という少年が、松波博士のうちの二階のテーブルの上へ、手首だけがあらわれたのを見ている。ぼくはそれを新聞で読んで、すぐなぞがとけた。小林君も知っているはずだ。話してごらん。」
「ええ、それはわかっているのです。」
小林君は、話しはじめました。
「あれは、鏡を使った手品です。二十面相のとくいな手品です。テーブルの足と足の間に二枚の鏡が斜めに張ってあったのです。犯人はそのうしろにかくれて、手首だけをテーブルの上に出し、巻き物の箱をつかんだのです。となりのうちの窓から、西村という子どもが、こちらをのぞくのを待って、それをやって見せたのです。テーブルの下の鏡には、部屋の左右の壁紙が写って、それがテーブルのうしろの壁紙と同じ模様ですから、テーブルの下は、すいているように見えるのです。そのうしろに、人間がかくれていることは、少しもわからないのです。ですから、手首だけがテーブルの上を、はい回ったように見えたのですよ。」
「そのとおりだ。しかし、この話には、なんだかおかしいところがあるね。テーブルの足に鏡を張るなんて、急にできることではない。そうすると、あらかじめ、ちゃんと鏡が張ってあったことになるが、そうだとすれば、松波博士がそれに気づかれなかったはずはない。ここが、どうもおかしいのですよ。」
明智はそう言って、じっと博士の顔を見つめるのでした。
「おや、明智さんはわたしを疑っているのですか。わたしがうそを言っているとでもいうのですか。」
松波博士は、明智につめよりました。
「そうです。あなたはうそをいっている。その証拠をお目にかけましょうか。」
明智は、となりに立っていた中村警部に、合図をしました。すると警部は、そばの刑事になにかささやき、刑事は急いで階段をかけ上がって行きました。
地下室は、息づまるような静けさです。どんなことが起こるかと、みんなかたずをのんでいるのです。やがて、階段に足音がして、刑事がひとりの人物を連れて、あらわれました。