刑事さんに手首をつながれて、ふたりの犯人が、恩田さんの家の玄関へ出て来たときです。
門と玄関のあいだのまっ暗な庭の木の陰に、ひとりの男がしゃがんで、ようすをうかがっていました。
黒っぽい服を着ているので、そこに人がいるなんてだれも気がつきません。
その男は、二十面相とそのでしがつかまったことがわかると、「チェッ。」と舌うちをしましたが、そのまま、暗やみをつたって門を飛び出すと、急いで向こうへ歩いて行きます。
この男は、二十面相の部下かもしれません。まんいちの用意のために、部下を玄関の外に見張らせておいて、もし二十面相がつかまったときには、こうしろとあらかじめ打ち合わせてあったのかもしれません。二十面相がおくの手と言ったのは、これだったのではないでしょうか。
恩田さんの門から百メートルほど行った横丁へ曲がると、そこに一台の自動車が止まっていました。
男は、いきなりそれに飛び乗って運転席につきました。そして、前に備えつけてある無線電話の送話器をとると、大急ぎでなにかしゃべり始めました。
これが、もし二十面相の部下だとすれば、二十面相の一団は、特別の無電を備えた自動車を持っているのです。相手は、むろん二十面相の隠れ家にいる、別の部下に違いありません。かれらは、おたがいに無電でなにを話し合ったのでしょうか。
ところが、もうひとつふしぎなことがありました。その男は、だれにも見つからなかったと思って安心して、自動車に乗ったのですが、じつは妙なものにあとをつけられていたのです。
そいつは、一寸法師みたいなまっ黒なやつでした。七―八歳ぐらいな小さなからだを、ぴったり身についた、まっ黒な毛のシャツとズボンで包み、頭からすっぽりと黒いふくめんをかぶり、それにふたつの穴があいて、目だけが見えているという怪物です。
その一寸法師は、恩田さんの庭の中から男のあとをつけて来たのですが、男は少しも気がつきません。あたりはまっ暗ですし、そのやみの中を、ちっぽけな黒んぼうが尾行して来るのですから、なかなかみつかるものではありません。
男が自動車に乗ると、小さな黒んぼうはこっそり車のうしろに回って、ポケットから出した万能かぎのようなもので、音のしないように後部のトランクのしまりをはずし、ソッとふたをあけてその中へしのびこんでしまいました。
この小さな怪物は、もしかしたらさっき小林君が明智探偵にささやいた、チンピラ隊のポケット小僧ではないでしょうか。
黒しょうぞくのポケット小僧には、これまでの事件でも、たびたびお目にかかっています。これはもう、ポケット小僧に違いありません。
それから、あやしい男の自動車はそこを出発して、どこかへ走り去ったのですが、ちょうどそのころ、恩田さんの門の前では、二十面相とその一番でしが、大型のパトカーに乗せられていました。
少しきゅうくつだけれど、うしろの席に四人がこしかけたのです。ふたりの犯人をまんなかにして、両方に刑事さんがついています。そのうえ、刑事さんと犯人とは、ひと組ずつたがいの手首を手錠でつないでいるのですから、二十面相たちはどうしたって逃げることはできません。
明智探偵と小林少年は、アケチ一号の自動車に、中村警部や残りの刑事さんたちもべつのパトカーに乗りこみ、犯人の車のあとに従うことになりました。
もう夜の十二時を過ぎていますが、大通りに出ると、まだたくさんの自動車が走っているのです。
先にたった犯人を乗せた車は、かなりの速さで走っています。信号のところで、うしろの二台とは百メートルもへだたってしまいました。
大通りから、細い道にはいりました。片がわは神社の森、片がわは長いへいです。
警視庁までの間で、もっとも寂しい所です。うしろをふり向くと、あとに続く二台の自動車はまだ曲がってきません。
前から一台のからトラックがやってきました。恐ろしく強いヘッドライトで、こちらの運転手は目がくらみそうでした。運転手は、トラックをよけようとしました。
すると相手は、こちらがよける方へやってくるのです。なにを考えるひまもありません。あっというまに、恐ろしい勢いでぶっつかってしまいました。
こちらの運転手が、グッタリとハンドルに倒れかかりました。ガラスが割れて、顔や手から血が流れています。
向こうのトラックでは、しきりとなにかどなっています。
犯人たちを守っていたふたりの刑事さんは、ドアをひらいて、外に出てみることにしました。犯人は手首でつないでいるのだから、だいじょうぶだと思ったのです。
ところが、ドアをあけて外に出るが早いか、ふたりの刑事さんはいきなり、恐ろしい力でつき飛ばされました。
いつの間にか、二十面相とその一番でしは、手錠ぬけをやっていたのです。二十面相が手錠ぬけの名人であることは、読者諸君がよくごぞんじですが、でしの方もそれにおとらぬ名人でした。
つき飛ばされた刑事さんたちが、そこへ倒れるのを見て、犯人はいきなり、神社の森の中へかけこんで行きました。衝突したトラックも、大急ぎで向きを変えて、もと来た方へ走り去ってしまいました。
そこへ、うしろの二台の自動車がやって来たのですが、もうまにあいません。二十面相たちは、逃げ出してしまったのです。