明智探偵は、ドアを廊下のほうへひらいて、内がわのドアの板をちょっと指でおしますと、パチンとおとがして、ドアの中から、もう一まいドアがひらいてきました。つまりそのドアは二重になっていたのです。
明智はそれを、ぜんぶひらいて見せました。ドアのちょうつがいのそばに、もう一つ、かくしたちょうつがいがあって、図のようにひらくしかけになっていました。そして、ドアからひらいた、もう一まいのドアの内がわは、大きな鏡になっていたのです。
そのもう一まいのドアは、うすい鉄板を木目に色どったもので、内がわにはめてある鏡も、ごくうすいガラスでできているので、りょうほうで一センチぐらいのあつみしかありません。ですから、ドアが二重になっているなんて、だれも気がつかないのです。
「ちかごろ、このドアをなおさせたことはありませんか。」
明智がたずねますと、松波博士は、なにかおもいあたったように、うなずきました。
「そういえば、十日ほどまえに、ドアをとりかえたのです。どういうわけか、このドアは、わくがゆがんでしまって、うまくしまらなくなったので、べつのドアをつくらせてとりかえたのです。」
「そのドアのちゅうもんは、だれがやったのですか。」
「赤井です。そういうことは、みんな赤井のしごとになっています。」
「それじゃ、赤井君が、こんなしかけのあるドアをつくらせたのです。それには、かなり金をつかったことでしょう。人間を消してしまう手品の種ですからね。」
「あっ、すると、この鏡に……。」
「そうですよ。きのうは、廊下に立っている赤井君の姿が、この鏡にうつったのです。赤井君も大学生も黒い服をきていたし、廊下がうすぐらいので、あなたの研究室の窓からは、顔なんかハッキリ見えません。ですから、鏡にうつった赤井君を、大学生とおもいこんでしまったのですよ。先生は、エジプト室に大学生がいるものと信じておられたのですからね。」
赤井君は、そうして、エジプトの経文ののろいというものを、つくりあげたのです。この部屋にはあやしいことがおこると信じこませたのです。
しかし、こんなしかけのドアをつくらせるのには、小使の給料なんかでできることではありません。赤井は何者かが小使にばけていたのです。ほんとうは、おそろしい大どろぼうかもしれません。
「ふーん、たいへんなしかけをしたもんですね。すると、いま明智さんが話していた男は、この鏡にうつった明智さんのかげだったのですか。鏡のかげなら、消えうせるのは、わけはない。この二重のドアをしめて、もとの一まいのドアにしてしまえばいいのですからね。」
小林少年も、ドアのしかけを見て、すっかりかんしんしてしまいました。
「先生、それじゃ先生は、昼間ここをしらべたとき、ちゃんと、このしかけに気づいていらしったのですか。」
「そうだよ。しかし、松波先生にも、きみにも、だまっていた。このしかけがわかったとなると、犯人がにげてしまうからね。」
むこうのいすにしばられている赤井が、なんだか、急におそろしくなってきました。年とった小使だとおもっていたのが、うでっぷしのつよい、大悪人に見えてきました。
「すぐに一一〇番へ電話をかけます。そして、こいつを警察にひきわたしましょう。」
松波博士は、そういって、部屋をとび出していきましたが、むこうの研究室で電話をかけて、まもなくもどってきました。
「こいつのしらべは、警察にまかせましょう。そうとう有名な大どろぼうにちがいありませんよ。」と、明智。
「しかし、おかげで、エジプトの経文はたすかったし、どろぼうはつかまえることができました。やっぱり明智さんにおねがいして、よかったとおもいます。」
銀の箱にはいった経文は、ちゃんと、もとの小テーブルの上にのっていました。
話しているうちに三分ほどたちましたが、すると、もう、おもての通りにサイレンのおとがして、一台のパトカーが門のまえにとまりました。
小林君が下へおりていって、玄関のドアをひらき、ふたりの制服の警官をつれて、エジプト室へもどってきました。
警官たちは、明智探偵の顔をしっているらしく、ていねいに挙手の礼をしました。そして、ひととおり話をきくと、赤井をひったてて、パトカーにのせて、警視庁へつれていってしまいました。
松波博士はエジプト室のドアに、外からかぎをかけて、明智探偵と小林少年を、研究室へあんないして、しばらく話をしていますと、この真夜中に、デスクの上の電話が、けたたましくなり出したではありませんか。
博士が電話に出ますと、せんぽうは、
「明智探偵を電話に出してくれ。」
というのです。明智がかわって受話器をとりました。
「もしもし、明智君かね。アハハハ、じつに愉快だねえ。おれを誰だとおもう。あててみたまえ。」
受話器から、そんなしわがれ声が、とび出してきました。
明智探偵の顔色が、サッとかわりました。
「だれだっ、きみはだれだっ。」
「ウフフフ……、赤井だよ。おれはもう、自由の身だよ。さっきのパトカーのおまわりは、にせものだったのさ。ハハハハ……、明智君ともあろうものが、とんだ手ぬかりだったねえ。いや、まて、もうひとつきみをびっくりさせることがある。赤井なんて、おれのほんとうの名まえじゃない。え、わかるかい。おれは二十の顔をもつ男さ。ウフフフ……、きみたちが怪人二十面相とよんでいる大どろぼうさ。」
そして、電話はプツンときれました。