← Library‹ おれは二十面相だ 生きた手首

西村にしむら正一しょういち君くんは小しょう学校がっこうの六ろく年ねん生せいですが、その晩ばん、二に階かいにある自分じぶんの勉強べんきょう部屋へやで、宿題しゅくだいをやっていました。

窓まどのむこうに、おとなりの松波まつなみ博士はかせの新築しんちくの家いえの二に階かいが見みえます。十じゅうメートルぐらいしか、はなれていないのです。そこに見みえるのは、広ひろい洋室ようしつで、まだ、壁紙かべがみをはったばかり、なにも道具どうぐのおいてない、がらんとした部屋へやです。たった一ひとつ部屋へやのまんなかに、小ちいさい丸まるテーブルがおいてあるばかりです。しかし、電灯でんとうはりっぱなのが、ちゃんとついています。てんじょうからガラス玉たまのたくさんついたシャンデリヤがさがって、部屋へやの中なかをあかあかと照てらしているのです。

窓まどには四よん枚まいの大おおきなガラス戸とが、ピッタリしまっていますが、一いち枚まいのガラス戸となので、中なかは手てにとるように見みえます。

その部屋へやには、ずっと、だれもいず、電灯でんとうだけがついていたのですが、しばらくすると、むこうがわの壁かべの左ひだりのはしにあるドアがあいて、ひとりの上品じょうひんな老人ろうじんがはいってきました。正一しょういち君くんは知しりませんでしたが、それは主人しゅじんの松波まつなみ博士はかせなのです。いま、研究けんきゅう所しょから帰かえってきたのかもしれません。

老ろう博士はかせは、小ちいさな木きの箱はこをだいじそうに、持もっていましたが、それを、部屋へやのまんなかのテーブルの上うえにおいて、ふたを開ひらこうとしています。そのとき、ドアの外そとから、だれかが呼よんだらしく、博士はかせはそのほうをむいて、なにかいっているようすで、しきりに口くちを動うごかしていましたが、「うるさいなあ。」というような顔かおで、いそいで、ドアの外そとへ出でて行いきました。

木きの箱はこはテーブルの上うえにのせたままです。すぐもどってくるつもりで、そのままにして出でていったのでしょう。

しかし、博士はかせはなかなかもどってきません。道具どうぐのない部屋へやはガランとして静しずまりかえっています。壁紙かべがみが新あたらしいので、電灯でんとうの光ひかりが、いやに明あかるく見みえるのです。

正一しょういち君くんはこちらの勉強べんきょう部屋へやの窓まどから、じっとそこを見みていました。

「きっと、いまに、なにか起おこるぞ。」

というような、みょうな感かんじがしたからです。

すると、はたして、むこうの明あかるい部屋へやの中なかで、なんともいえない、ふしぎなことが起おこりました。

小ちいさなテーブルの上うえに、とつぜん、白しろっぽい物ものがあらわれたのです。そして、そいつが、そこにおいてある木きの箱はこのほうへ、スーッと、はいよっていくのです。

大おおきな虫むしでしょうか。いや、そうではありません。

あっ、手てです。人間にんげんの手てです。人間にんげんの手てだけが、テーブルの上うえをはっているのです。

テーブルには三さん本ほんのあしが、ついているのですが、そのあしのむこうには、壁紙かべがみが見みえています。ですから、テーブルの下したには、だれもかくれてなんかいないのです。人間にんげんのからだはなくて、ただ手首てくびだけが動うごいているのです。

正一しょういち君くんは、おばけでも見みたように、ゾーッとしました。からだから切きり離はなされた手首てくびだけが、生いきて動うごいているなんて、そんなことが考かんがえられるでしょうか。

しかし、まさに、そいつは人間にんげんの手首てくびでした。それが大おおきな虫むしのように、木きの箱はこのほうへ、はいよっていくのです。

あっ、とうとう、箱はこをつかみました。そして、パッと、その手てを上うえにあげたかと思おもうと、そのまま、箱はこも手首てくびも、かき消けすようになくなってしまいました。

手首てくびだけが、箱はこを盗ぬすんだのです。そして、消きえてしまったのです。

正一しょういち君くんは、おそろしい夢ゆめでも見みたような気きがしました。しかし、夢ゆめではありません。

むこうの二に階かいでは、たしかに、おばけのようなふしぎが起おこったのです。

正一しょういち君くんは、急いそいで部屋へやを出でると、階段かいだんをおりて、おとうさんの書斎しょさいへはいっていきました。そして、いまのできごとを話はなしたのです。

おとうさんの西村にしむらさんは、それを聞きくと笑わらいだして、

「そんなばかなことがあるもんか。おまえは、まぼろしでも見みたんだろう。」

と、とりあってくれません。

「いいえ、まぼろしじゃありません。確たしかに見みたのです。おとうさん、二十にじゅう面相めんそうかもしれませんよ。」

「えっ、二十にじゅう面相めんそうだって?」

さすがに西村にしむらさんも、びっくりしました。

「おとなりは松波まつなみ博士はかせのうちでしょう。松波まつなみ博士はかせの古代こだい研究けんきゅう所しょへ、このあいだ二十にじゅう面相めんそうがしのびこんでいたというじゃありませんか。ひょっとしたら、あの消きえた木きの箱はこの中なかには、エジプトの巻まき物ものがはいっているのではないでしょうか。」

正一しょういち君くんは、かしこい少年しょうねんでした。早はやくも、そこまで、察さっしていたのです。

それをきくと、西村にしむらさんも、すてておくわけにはいきません。新聞しんぶんで古代こだい研究けんきゅう所しょの事件じけんを読よんでいたからです。

「それじゃ、これから、おとなりへおまえといっしょに行いって、おまえの見みたことを、お知しらせしてあげようか。」

「ええ、それがいいと思おもいます。」

そこで、西村にしむらさんと正一しょういち君くんとは、つれだって、松波まつなみ博士はかせの新あたらしいすまいを、たずねることになりました。

いって見みると、博士はかせのうちは、大おおさわぎでした。

松波まつなみ博士はかせの奥おくさんは、ずっと前まえになくなって、子こどももなく、うちには書生しょせいと、ばあやと、女中じょちゅうさんがいるだけですが、その四よん人にんが、あっちへいったり、こっちへいったり、家いえの中なかをうろたえ回まわっているのです。

それでも、おとなりの西村にしむらさんが、たずねてきたとわかると、松波まつなみ博士はかせは西村にしむらさんたちふたりを、一いち階かいの応接おうせつ間あいだへ、通とおしました。この部屋へやは、二に階かいと違ちがって、いろいろな道具どうぐがりっぱにならんでいます。

「おまえが見みたことを、お話はなしてごらん。」

西村にしむらさんに言いわれて、正一しょういち君くんは、さっきのふしぎなできごとを、くわしく話はなしました。

すると、松波まつなみ博士はかせはうなずいて、

「ああ、そうでしたか。それでわかりました。じつは、わたしも、箱はこをつかんでいる手首てくびを見みたのです。けっして正一しょういち君くんはまぼろしを見みたのではありません。」

「じゃ、先生せんせいも、あのとき、ドアの外そとから見みていたんですか。」

正一しょういち君くんがたずねました。

「いや、あの部屋へやで見みたのではありません。階段かいだんです。階段かいだんを、箱はこをつかんだ手首てくびだけが、宙ちゅうに浮ういて、フワフワと降おりてきたのです。ばけものです。わたしは、驚おどろいて、そのあとを追おいました。

しかし、手首てくびは、わたしの手てをスーッとかわして、階段かいだんを降おりると、廊下ろうかを玄関げんかんの方ほうへ、飛とんでいくのです。フワフワと、宙ちゅうを浮うきながら、恐おそろしい早はやさで、飛とんでいくのです。

玄関げんかんのドアが、ひとりでにスーッと開ひらきました。そして、そこから、手首てくびは、外そとへ出でて行いってしまいました。むろん、箱はこをつかんだままです。

あの箱はこの中なかには、だいじなエジプトの巻まき物ものがはいっているのです。

わたしは、夢中むちゅうになって、追おっかけました。しかし、わたしが外そとへ出でたときには、手首てくびも箱はこも、もう見みえなくなっていました。

なんだか、スーッと空そらたかく、舞まいあがってしまったような気きがします。

それで、警察けいさつに電話でんわをかけるやら、私立しりつ探偵たんていの明智あけちさんに電話でんわをかけるやら、大おおさわぎをしていたところですよ。」

そう話はなし終おわって、松波まつなみ博士はかせは、がっかりしたように、うなだれるのでした。

「先生せんせいっ。」

そのとき、正一しょういち君くんが、とんきょうな声こえをたてました。

「透明とうめい人間にんげんかもしれませんよ。二十にじゅう面相めんそうは、ずっとまえに、透明とうめい人間にんげんにばけたことがあります。こんども、その手てを使つかったのじゃないでしょうか。」

正一しょういち君くんは、少年しょうねん探偵たんてい団だん員いんの友ともだちがあるので、二十にじゅう面相めんそうのことは、よく知しっているのです。

ああ、透明とうめい人間にんげん。二十にじゅう面相めんそうはほんとうに透明とうめい人間にんげんになる魔力まりょくを持もっているのでしょうか。そうだとしたら、これから、どんなふしぎなことが起おこるのでしょう?

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