目的の品を手に入れた二十面相は、それからひと月ほどの間、どこにかくれたのか、姿をあらわしませんでした。
ところが、ある晩のこと、港区の静かなやしき町にある、恩田さんの家に、恐ろしいことが起こりました。
恩田さんは三ッ木真珠株式会社の重役でした。家族はおくさんと、ひとりっ子の章太郎君の三人だけで、あとは、やとい人ばかりなのですが、章太郎君の家庭教師と書生をかねた、山口武雄という青年が、家族と同じようにあつかわれ、食事なども、三人といっしょにしていました。
夕ご飯がすみますと、その四人と、ふたりのお客さんが、洋室に集まって、大きなテーブルを囲んでいました。お客さんというのは、恩田さんの会社の社員の友田さんと、親せきの北川さんでした。
きょうは、恩田さんの誕生日で、ふたりのお客さんを呼んで、いっしょに食事をしたのですが、そのあとで、この部屋に集まって、テーブルの上に置いてあるものを、見ているのです。
それは、美しいゾウの置き物でした。高さ二十センチぐらいのゾウが、全身何千つぶともしれない真珠のたまで、できているのです。ゾウの目には黒っぽい猫目石が、はめてありました。その猫目石一つだけでも、何十万円という値打ちのものです。
ゾウのからだ全体では、どれほどの値打ちがあるかわかりません。
この真珠のゾウは、三ッ木真珠会社が、ずっとまえに、フランスの大きな展覧会に出品したもので、それを恩田さんがゆずりうけて、家宝としているのです。
「わたしは、去年もこれを拝見したが、いつ見てもすばらしいね。ゾウの形が、まるで生きているようだ。この真珠の色がなんとも言えないね。」
親せきの北川さんが、かんにたえないように言うのでした。
「一年に、たった一度しか見られないというところに、値打ちがあります。おうちのかたも、恩田さんの誕生日のほかは、ごらんにならないのでしょうね。」
社員の友田さんが言いました。
そのとおり、ひとりむすこの章太郎君も、おかあさんも、この宝物は、めったに見ることができないのです。
章太郎君は六年生ですが、一年に一度、このゾウを見るのが、楽しみでした。もっと小さいときから、ゾウがだい好きで、ゾウのおもちゃも、たくさん持っていましたが、この宝物のゾウにくらべたら、みんなつまらないものばかりです。
「ふしぎだ。あいつはなぜ、こんな珍しい宝物に気がつかないのかな。」
北川さんが、ふと、変なことを言いだしました。
「あいつって、だれだね。」
恩田さんがたずねます。
「怪人二十面相さ。」
「えっ、なんだって?」
恩田さんは、なにをえんぎの悪いことを言いだすのだと、まゆをしかめました。
「あいつは、珍しい美術品は、決して見のがさない。じぶんのかくれがに、盗んだものばかりで、りっぱな美術館を作っているというじゃないか。このあいだも、古代エジプトの巻き物を盗み出したと、新聞に、でかでかとのっていた。この恩田家の宝物に気がつかぬとは、あいつも、うかつだよ、ハハハ……。」
北川さんは、いやな冗談を言います。
すると、そのときです。北川さんの笑い声の余韻のように、どこからか、ハハハハ……という声が、かすかに、聞こえてきたではありませんか。
その笑い声は、いつまでもやみません。
みんなは、ギョッとした顔を、見合わせました。章太郎君のおかあさんなどは、もうまっさおになっています。
「だれだっ!」
家庭教師の山口青年が、いきなり立っていって、ドアを開いてみました。しかし、廊下にはだれもいません。
「ハハハハ……。」
かすかな笑い声が、だんだん大きくなってきました。
山口君は、こんどは、窓から、暗い庭を見回しました。そこにも、人影はありません。
「ハハハハ……、捜したってだめだよ。おれの姿は見えないのだ。おれは、気がついていたよ。この真珠のことは、前から知っていたよ。いずれそのうち、ちょうだいするつもりだ。」
その声は、なにもない空中から、響いてきました。みんなは、部屋じゅうを、あちこちと、見回しましたが、どこにも人の姿はありません。
「あっ、透明人間だ!」
章太郎君が、気づいて、とんきょうな声で、叫びました。
恩田さんは大急ぎで、真珠のゾウを箱の中に入れると、その箱をだきしめて、いきなり、廊下へ、とび出して行きました。家庭教師の山口青年もその後に続きました。
しばらくすると、恩田さんと山口青年は、もとの部屋に帰ってきました。宝物の箱を地下室の金庫におさめてきたのです。金庫の錠をひらく暗号は、恩田さんのほかには、だれも知らないから、だいじょうぶです。そのうえ、地下室へ降りる入口には厳重な戸じまりをして、そのかぎは恩田さんがもっているのです。
「そういえば、わたしのそばに、だれだか立っているような気がしたよ。それが透明人間だったかもしれない。」
北川さんが言いますと、章太郎君のおかあさんも、
「ええ、わたしも、感じましたわ。わたしのうしろを、だれかが、すうっと、通っていったような気がしました。ああ、気味がわるい。まだ、そのへんにいるんじゃないかしら。」
すると、これに答えるように、また笑い声が、起こりました。
「ハハハハ……、ここにいるよ。だが、きょうは、このまま帰る。また、やってくるから、用心するがいいぜ。」
その声が、だんだん、とおざかって行って、どこかへ、消えて行ってしまいました。
「真珠のゾウを盗むつもりなら、いきなり、ひっさらって、逃げ出せばいいじゃないか。それを、ただ、声を聞かせたばかりで行ってしまったのは、おかしいね。もしかしたら、透明人間と見せかけて、どこかに、ラウドスピーカーでもしかけてあって、声だけ聞かせて、おどかしたんじゃないだろうか。」
北川さんが、疑わしそうに言いますので、みんなで、部屋の中を壁からてんじょうから、じゅうたんの下まで、残るところなく、調べましたが、スピーカーのようなものは、どこにも、しかけてないことがわかりました。