小林少年と井上君は、それを見て、ゾーッと、全身のうぶ毛がさかだつような気がしました。
「あっ、いけないっ、こちらへやってくるっ。」
井上君がさけびました。
青黒い液体が、怪物の舌のように、ズーッと、こちらへのびてくるのです。親指のつめぐらいの小さなカニが、何千何万とあつまって、ゴソゴソと、こちらへはってくるのが、まるで液体のように見えるのです。
二少年は、いきなり、その部屋からにげだし、ドアをしめて、ひらかないように、おさえました。
青黒い液体は、津波のように、ドアのむこうがわに、ぶっつかってきました。ドアがグーッと、弓のようにしないます。おそろしい力です。
「あっ、ごらん、ドアの下から、ながれだしてくる。」
井上君が、またさけびました。
ドアの下に一センチほどのすきまがあります。小さなカニどもは、そのすきまから、こちらへ、はいこんでくるのです。青黒い液体が、ドロドロと、ながれてくるようなかんじです。
二少年は「ワッ。」とさけんで、にげだしました。むちゅうで、廊下を走っていきますと、ドアのひらいた部屋がありましたので、その中へとびこんで、ドアをピッタリしめました。
青黒い液体が、ここまでながれてくるのには、時間がかかるでしょう。もし、流れてきたら、窓から庭へとびだすつもりです。
その部屋には、旧式なおしあげ窓が三つあって、そのまんなかの窓が、ひらいていました。
「おやっ、あれなんだろう。」
小林君が、その窓を、ゆびさしました。
ごらんなさい。大きな木のみきのようなものが、ひらいた窓から、はいってくるのです。青黒いスベスベした木のみきです。さきが二つにわれて、ゆっくり、ひらいたり、とじたりしています。
「ワーッ、あれ、はさみだよ。カニのはさみだよ。」
井上君がさけびました。
しかし、そんな大きなカニがいるのでしょうか。木のみきのような巨大なはさみをもったカニなんて、考えることもできません。
ふたりは、石にでもなったように、身動きもしないで、手をとりあって、それをみつめていました。
巨大なカニのはさみは、グングンのびて、窓の中へ、はいっていきました。あっ、カニの目です。はさみのうしろから、とびだしたカニの目玉が、あらわれたのです。フットボールのたまぐらいの、でっかい目玉です。それが、グリッ、グリッとまわって、こちらをにらみつけています。
それから、青黒いカニのこうら、その下に気味のわるい口、口からブクブクと、あわをふいています。人間の十倍もあるカニです。カニのおばけです。
おばけガニは、窓から、はいろうとしましたが、からだが大きいので、はいれません。それでも、からだを横にして、むりにおしいろうとしましたので、おしあげ窓の上のほうのガラス戸が、おそろしい音をたててこわれ、ガラスがこなごなになって、とびちりました。
二本の大木のようなはさみが、ヌーッとこちらへ、のびてきました。そして、いまにも、二少年をはさもうとするのです。フットボールのたまのような、とびだした目玉が、じっと、こちらをにらみつけています。
「ワーッ、たすけてくれえ……。」
二少年は、悲鳴をあげて、廊下へとびだしました。そして、もとの部屋のほうへ、五―六歩かけだしたのですが、ふと、むこうを見ると、思わず、棒立ちになってしまいました。
ごらんなさい。むこうからも、敵がおしよせてくるのです。あの青黒い液体が、廊下いっぱいにひろがって、津波のように、こちらへ、流れてくるのです。
「ワーッ。」
ふたりは、もう一度、悲鳴をあげました。そして、いきなり、はんたいのほうへ、にげだしたのです。
しかし、そこには、あの部屋があります。巨大なカニが、窓の戸をやぶってはいってきた、あのおそろしい部屋があるのです。
二少年は、いま、その部屋のドアの前を走っていました。すると、そのドアがパッとひらいて、あの大木のようなカニのはさみが、ニューッと、とびだしてきたではありませんか。
二少年は「ワッ。」とさけんで、身をかわしました。いまにも、はさまれそうになるのを、やっと、のがれることができたのです。
ふたりは、うすぐらい廊下を、めちゃくちゃに走りました。あとから、あいつが、おっかけてくるからです。青黒い液体のほうは、そんなに速くありませんが、人間の十倍もある大ガニは、おそろしく速いのです。
ふりかえると、おばけガニは、廊下いっぱいになって、おそろしい八本の足で、バリバリ音をたてて、フットボールのたまのような目を、クルクルさせながら、おっかけてくるのです。
ふたりは、むがむちゅうで、走りました。
「ワー……。」
井上君が、なにかにつまずいて、ころんだのです。おばけガニは、すぐうしろから、せまってきます。あっ、でっかいはさみが、井上君の足におそいかかりました。
小林少年が、あともどりして、井上君の手をひっぱって、ひきおこしました。しかし、そのとき、大ガニのはさみは、井上君のズボンをはさんでいたので、井上君は、またころびました。見ると、フットボールのたまのような目玉が、すぐそばにありました。ぶきみな口が、あわをふいて、にやにや笑っているように見えます。
井上君は、死にものぐるいで、足をバタバタやりました。はさまれたズボンが、べりべりとさけて、やっと、はさみからのがれることができました。
小林君にたすけられて、立ちあがると、また、めちゃくちゃに、走りました。
どこをどう走ったのか、まるでおぼえがありません。
いつのまにか、建物をはなれて、広い原っぱに出ていました。
「おやっ、こんなところに、こんな広い原っぱがあったのかしら。」
二少年は、ふしぎそうな顔で、あたりを見まわしました。