年が明けた。春が来た。夏子は大学を卒業した。そして冬彦は、誕生日の夏子を写真に撮ることの三度めを体験した。写真を撮ったあと、ふたりは話をした。夏子は自分について語った。
「先生にはならないことにしたの」
と、彼女は言った。
「なるときが来るかもしれないわ。でも、いまはまだ、そのときではないのよ。幼い子供たちの相手よりも先に、自分のことをしないと。自分のことは、まだまったく出来てないの。あなたからもらったあのアルバムを見ながら、私は考えたの。自分とはなになのか。自分がしたいことは、いったいなになのか。私になにがあるの? 私になにが出来るの? 私はあなたの専属モデルよ。そしてピアノではジャズを弾きたいの」
冬彦とヨシオは、夏子の家の防音の離れをしばしば訪れた。大学を卒業したあとなにもしていない夏子は、女の子たちに引き続きピアノを教える時間以外は、彼女の自由に使うことが出来た。冬彦とヨシオは夏子の弾くジャズを聴いた。ピアノでジャズを弾くことを、自分はレコードをとおしてひとりで学んだ、と夏子は言っていた。壁の棚にはレコードがたくさんあった。ジェイ・マクシャン。ドド・マーマローサ。アート・テイタム。エロール・ガーナー。フランキー・カール楽団。リズム・アンド・ブルースのEPも数多くならんでいたし、グレン・ミラーもあればチェット・ベイカーやバルネ・ウィランもあった。夏子の部屋を訪ねて彼女のジャズを聴くことは、冬彦とヨシオにとって、なにも知らないジャズについて少しずつ知っていくことでもあった。
ピアノ・ロールを真似たホンキートンク・ピアノ。ブギウギ。ブルースの感触を色濃く持った曲。ロマンティックな曲のきわめて甘い処理。バップ。明快な抽象性に裏打ちされたスイング・ピアノ。小粋な曲の小粋な解釈。さまざまなスタイルで夏子は彼らに演奏を聴かせた。
「いちばん好きなのは、こういうピアノなのよ」
そう言って彼女は、棚から一枚のレコードを抜き取ってふたりに見せた。エディ・ヘイウッドという人が、ドラムスとベースのトリオで演奏しているLPだった。A面の最初の曲を彼らに再生して聴かせた夏子は、次には自分のピアノで、そっくりに演奏してみせた。
「いまのは、物真似。でも、こんなのが私は好きなの。カクテル・ピアノって、知ってる? カクテル・ピアノすれすれのジャズ・ピアノを、ひとまず私は目指すわ」
覚えた曲は何回でも繰り返して弾き、その曲の内部の成り立ちを隅々まで知り抜く。それが夏子の演奏の土台になっていた。自分の音楽をピアノで作っていくにあたっての、基本的なルールだ。覚えたものはすべて彼女の体のなかにあった。彼女の体のなかから、今度は彼女自身の演奏が外へ出て来る。そしてその音がふたたび彼女に戻っていくとき、違和感が少なければ少ないほどいい。自分が作る音楽のなかに、あ、これだ、と自分を発見する。自分は充実感を、そして聴いているほかの人たちは、なんらかの意味で快感を感じてくれるなら、そこがおそらく到達点だろう、と夏子はふたりに語った。
「私がピアノを教えている女の子のお父さんに、レコード会社のかたがいるの。冬彦くんが来てくれた昨年の発表会で、私のピアノを聴いてくださったの。レコードを作らないか、というお話を私はそのかたからいただいてるのよ。ピアノ・ソロで、ジャズのスタンダード集。ひょっとしたら、リズム・セクションがつくかもしれないの。ご返事は保留してあるけれど、曲は選んでみてるの」
夏子以外の女性も写真に撮れ、とヨシオは冬彦に言った。
「なにかのための写真なら撮れるよ。目的のきまっている写真。いつだったか夏子さんの友人に頼まれた、お見合い用の写真みたいに」
「それ以外には、撮れないのか」
「夏子さんを撮るようにしか、いまの僕には撮れない」
「だったら、夏子さんに集中したほうがいいね」
「ほかの人を撮る余裕はない」
「夏子さんのヌードは? 夏子さんのヌードを撮ったら、ほかの女性を撮る余裕が生まれるかもしれない」
「ものには順番というものがあるよ」
というのが冬彦の返答だった。
春が終わった。梅雨の雨になり、それもやがて終わり、夏が来た。高等学校は夏休みとなった。来年は卒業だ。卒業したあとのことについて、冬彦とヨシオは、考えていることをおたがいに照合し合った。冬彦は芸術学部のある大学へいき、写真を勉強するという計画だった。ヨシオには、時間稼ぎが必要、という自覚しかなかった。受験科目が三科目だけの私立大学を早い順に受験していき、どこでもいいから受かったところへいく、と彼は言った。
受験のための勉強は秋から、ということにふたりで勝手にきめた。だからその年の夏は、時間が止まったような夏となった。このままずっとこうなのではないか、としか思えない日が続いた。そしてそのような日々は、ある日のこと、ふと終わった。
秋にはふたりとも勉強を始めた。高校のパン店をやめ、下北沢の美容院に仕事をかえた高木節子は、府中にあるアメリカ軍の基地の学校で勉強していた。秋は思っていたよりずっと早くに進んでいき、冬になった。次の年になるとすぐに、受験が始まった。冬彦は目標としていた大学の学部に合格し、ヨシオも最初に受けた私立大学の法学部に合格した。ふたりは高等学校を卒業した。