日比谷で都電を降りたヨシオは店まで歩いた。歩道に面して並んでいる店のなかに、すっきりした造りで人の目を引く装身具の店があった。ヨシオはそこに入った。店のなかは空調が効いて心地良かった。制服のように見えてそうではない服を着た、日本の女性店員が彼を迎えた。彼のことを覚えていた彼女は、ごく軽く会釈し奥へ入っていった。そして彼女とともに、ジョイスリン・カネシゲという中年の女性が、奥から出て来た。ハワイで生まれ育った日系の二世だ。日本の名は金重菊江という。現在はこの店を経営して、東京に住んでいた。
鮮やかなドレスを姿勢良く着こなし、目尻の吊り上がった眼鏡をかけたジョイスリンは、
「おや、まあ、久しぶり」
と日本語で言い、
「ハウ・ユー・ドゥーイン、ヨシオ。ユ・ルック・グッド」
と、ハワイふうの英語で続けた。
「僕は元気です」
「グッド。こないだ、ヨ・マザーが来てくれた。新しいドレスを着てね。よく似合ってた。きれいな人は得ね。おなじおかね出して服を買っても、二倍にも三倍にも引き立つから」
そう言いながらヨシオのかたわらまで歩いて来たジョイスリンは、英語で次のように続けた。
「エヴリタイム・アイ・シー・ヨ・マザー、シー・ルックス・ヤンガ。ホワッツ・ザ・シークレット。テル・ミー、ヨシオ、ジャスト・ビトゥイーン・ユーアンミ。ホワッツ・ザ・シークレット」
「イッツ・ヨ・アイボールズ・ザット・ゲット・ヤンガ。スルー・ヨ・アイボールズ・シー・ルックス・ヤンガ・ザッツ・ザ・シークレット。シンプル」
「バッチュ・ルック・モアンモ・グロウンナップ」
「ヨ・アイボールズ・リフューズ・トゥ・フィール・ヤング・ホェン・ユー・シー・ミ」
ヨシオの返答に対して、ジョイスリンは困ったような顔をした。その表情を意図的に長びかせつつ、相手をひとまず許容するかのように、彼女は何度かうなずいた。
「ソー。ユ・ア・ザ・ファニー・ワンね。ちょうどいい。お父さんはシリアスでインテンス。お母さんは美人。ヨシオはおかしなことを言う人」
ガラス・ケースのなかにめりはりを効かせて陳列してある装身具を、ヨシオは見ていった。イアリングがたくさんあるところまで歩いていき、彼はそこで立ちどまった。
「ユ・ジャスト・ドロップド・バイ、ヨシオ? エニイ・ウエイ・アイ・キャン・ヘルプ・ユー?」
半分は親しい人としての優しい口調、そして残りの半分は客に対する口調で、ジョイスリンは言った。少し離れたところに女性の店員が立ち、ふたりを真面目に見守っていた。
やがてヨシオは、ケースのなかの一点を指さした。歩み寄ったジョイスリンはそれを見た。そしてうなずき、
「ア・ペア・オヴ・イアリングス」
と、初級英語講座のように言った。
「きれいですね」
「イエス。ヴェリ・ナイス。ザッツ・ホワイ・アイ・キャリー・ゼム」
「きれいです」
「赤が素晴らしい。若い美人に似合う」
「買います」
と、ヨシオは言った。
「フー・アー・ゼイ・フォ?」
反射的に、ジョイスリンはそう聞き返した。ヨシオは黙っていた。
「オ・アム・アイ・ビーイング・トゥー・インクイジティヴ? お母さんのためにではないわね。お母さんはゴールドとグリーンが好きだから」
「僕はこれを買います」
「ハウ・オールド・ア・ユー・ナウ、ヨシオ」
「セヴンティーン」
というヨシオの答えに、ジョイスリンはうなずいた。そして、
「連れて来なさい」
と言った。
「連れて来れば、ほんとに似合うかどうか、よくわかるから」
「美人です」
「ジ・イアリングス・クッド・ルック・アウト・オヴ・プレイス・オン・ア・ガール・オヴ・セヴンティーン。ゼイ・メイ・テンド・トゥ・スタンド・アウト」
「二十三歳の人です」
「ずっと昔、一度だけ、私も二十三歳だったのよ。でもあと三年で時代は一九六〇年で、私は五十歳よ。ブリング・ザ・ガール・ヒア。アイム・ノット・セイイング・ジス・トゥワイス、バット、一度言えば確かよ、連れて来れば値札の半分にしてあげる。クッド・カム・ダウン・トゥ・イーヴン・ア・サード。ほんとにこれを買うの?」
「買います」
「連れて来て」
「連れて来るためにも、今日は買っていきます」
ジョイスリンはうなずいた。
「自分の店で売ったものが、よく似合っているところを見たいから」
「連れて来ます」
「プロミス?」
「シュア」
「ダズ・ヨ・マザー・ノウ・アバウト・ジス・ガール?」
彼女の質問にヨシオは首を振った。
「かならず連れて来ます」
そう言いながら、ヨシオはケースのなかのイアリングをふたたび示した。
「ですから今日はこれを買います」
うなずいたジョイスリンはケースを開いた。成り行きを見守っていた女性の店員が、素早くジョイスリンのかたわらへ来た。
「箱に入れて、ギフト・ラップしてあげて」
ジョイスリンはイアリングを店員に渡した。ふたり連れの客が店に入って来た。ジョイスリンとは親しい仲のようで、ジョイスリンはその客の応対にまわった。
居心地の良い店の奥へいき、ヨシオは店員がイアリングの箱を包んでくれるのを待った。やがて包みは出来上がり、店員はそれをさらに紙袋に入れてくれた。彼は支払いをすませた。正面のドアに向けて歩いていくヨシオを店員が送った。ジョイスリンもドアのところまで来た。
「ご両親によろしく」
と、彼女は日本語でヨシオに言った。