← Library‹ 東京青年 可能性という謎 4

中原なかはら順子じゅんこが電話でんわ交換こうかん手しゅとして職しょくを得えて、のちに店員てんいんとなった日本橋にほんばしの百貨ひゃっか店てんをヨシオは電話でんわ帳ちょうで見みてみた。人事じんじ課か、という部署ぶしょの電話でんわ番号ばんごうが掲載けいさいされていた。だから彼かれはその人事じんじ課かに宛あてて、中原なかはら順子じゅんこに関かんする問とい合あわせの手紙てがみを出だした。一いち九きゅう三さん五ご年ねんから一いち九きゅう三さん八はち年ねんまで社員しゃいんとして在籍ざいせきしていたはずの、中原なかはら順子じゅんこという女性じょせいについての記録きろくが残のこっているなら、その記録きろくを私わたくしに公開こうかいしてもらえないか、という内容ないようの手紙てがみだ。

丁寧ていねいな文面ぶんめんの返事へんじが、すぐにヨシオに届とどいた。保存ほぞんしてある昔むかしの記録きろくを見みたところ、中原なかはら順子じゅんこは確たしかに一いち九きゅう三さん五ご年ねんから一いち九きゅう三さん八はち年ねんまで、在籍ざいせきしていたという。必要ひつような社員しゃいんを集あつめることを業務ぎょうむとした別べつ会社かいしゃにいったん雇やとわれたのち、電話でんわ交換こうかん手しゅとして入社にゅうしゃし、その後あとすぐに店員てんいんになったという、ヨシオがすでに知しっている事実じじつが、返信へんしんのなかに繰くり返かえしてあった。

『履歴りれき書しょは当社とうしゃの方針ほうしんとして本人ほんにんの退社たいしゃ時じに本人ほんにんに返却へんきゃくしたものと思おもわれます。当社とうしゃに残のこる記録きろくとしては、わら半紙はんしに鉛筆えんぴつで記載きさい事項じこうを書かき写うつしたものが残のこるのみです。ご参考さんこうまでにそれを別紙べっしのとおり転記てんきして同封どうふういたします。写真しゃしんの保存ほぞんはございません。中原なかはら順子じゅんこさんの、当時とうじの同僚どうりょうおよび上司じょうしと推測すいそくされる方々かたがたの記録きろくもありますので、その方々ほうぼうの氏名しめい、そして当時とうじの住所じゅうしょなど、ごく簡単かんたんなことのみですが、必要ひつようでしたらお伝つたえすることは可能かのうです』

おなじく丁寧ていねいな文面ぶんめんで、ヨシオは礼状れいじょうを書かいて投函とうかんした。履歴りれき書しょに中原なかはら順子じゅんこが書かいたことを転記てんきした紙かみによると、一いち九きゅう三さん一いち年ねんに中原なかはら順子じゅんこは神戸こうべの女子じょし短大たんだいを卒業そつぎょうしていた。その短大たんだいの名なも、書かいてあった。

一いち月がつ、そして二に月がつと、日比谷ひびや優子ゆうこの出演しゅつえんする映画えいがは、撮影さつえいが続つづいていった。島村しまむら冬彦ふゆひこは毎日まいにちのように現場げんばへ出向でむき、優子ゆうこを中心ちゅうしんにして撮影さつえい作業さぎょうを写真しゃしんに撮影さつえいした。進行しんこうしていく状況じょうきょうを、ヨシオは島村しまむらから間接かんせつ的てきに聞きいた。一いち度どだけ島村しまむらといっしょに、撮影さつえい所しょでのセット撮影さつえいをヨシオは見みにいった。

三さん月がつの初はじめ、夜よるまだ早はやい時間じかんにヨシオはアパートメントに帰かえると、珍めずらしく優子ゆうこの部屋へやに明あかりが灯ついていた。今年ことしの一いち月がつに部屋へやがひとつ空あき、優子ゆうこはそこへ引ひっ越こして来きた。彼かれはドアをノックしてみた。優子ゆうこが返事へんじをし、ドアが開ひらいた。

「まあ、久ひさしぶり」

ヨシオを見みて、優子ゆうこは純粋じゅんすいに喜よろこんだ。

「入はいって。お茶ちゃをいれたところなの」

ヨシオは居間いまに入はいった。板張いたばりのフロアのほぼ中央ちゅうおうに、丸まるいテーブルが置おいてあった。それを囲かこんで椅子いすが四脚よつあしあった。テーブルに向むけて、天井てんじょうからペンダント・ライトが下さがっていた。吊つり下さげる装置そうちを天井てんじょうに取とり付つけるのは、たいへんだったのではないか、とヨシオは思おもった。居間いまぜんたいは、優子ゆうこがくつろぐためのスペースと言いうよりも、接客せっきゃくのためのスペースのような雰囲気ふんいきがあった。

「これを先さきに飲のんで」

自分じぶんのためにいれたお茶ちゃを、優子ゆうこはヨシオに勧すすめた。そして自分じぶんはキチンへいき、もう一杯いっぱいいれて持もって来きた。丸まるいテーブルでふたりは差さし向むかいとなった。映画えいがの撮影さつえいに関かんして、優子ゆうこはひとしきり語かたった。そのあとヨシオは、優子ゆうこの父親ちちおやに会あった話はなしをした。そのことについて優子ゆうこに語かたるのは、ようやくいまだった。母親ははおやが神戸こうべの短大たんだいを卒業そつぎょうしていることを、優子ゆうこは知しらなかった。

「それはびっくり。知しらなかったわ、私わたくし、そんなこと」

「お父ちちさんとの話はなしのなかに神戸こうべが出でて来きたけれど、短大たんだいのことは出でなかった。結婚けっこんする前まえに勤つとめていた日本橋にほんばしの百貨ひゃっか店てんに提出ていしゅつした履歴りれき書しょに、学歴がくれきとして記載きさいしてあったそうだ」

「びっくり。初はじめて知しることよ」

「唐津からつの実家じっかの人ひとたちは会あったときには、そんな話はなしが出でなかったのかい」

ヨシオの質問しつもんに優子ゆうこは首くびを振ふった。

「お母ははさんの両親りょうしんは知しってるはずだよ」

「一いち度どもそんなことは聞きいてないわ」

「もしかしたら、知しらないのかな」

「今度こんど、確たしかめておくわ」

中原なかはら順子じゅんこについて知しり得えたことを順番じゅんばんに書かき込こんであるノートブックが、いつもヨシオの鞄かばんのなかに入はいっていた。それを取とり出だし、彼かれは優子ゆうこに読よませた。取材しゅざいのような作業さぎょうがひとまずすべて終おわってから、ヨシオは全体ぜんたいを文章ぶんしょうにまとめるつもりでいた。

「今月こんげつのうちに、僕ぼくは唐津からつへいくよ」

「実家じっかのかたたちに、よろしく伝つたえて。ほんとに、くれぐれも、よろしく。映画えいがが公開こうかいされたら、ご挨拶あいさつにうかがいますと伝つたえて。と言いうよりも、あなたがいくことを、私わたくしから手紙てがみに書かいて前まえもって伝つたえておきます」

「実家じっかで聞きけるだけのことを聞きいたあと、博多はかたへいってみる」

「博多はかたでは、母ははは伯母おばさんのところに居候いそうろうしてたのよ。母ははの母ははの、お姉あねさん。伯母おばさんもそのご主人しゅじんも、もう亡なくなってるわ」

「学校がっこうくらい見みてくるよ。それから、神戸こうべへいく」

「この短大たんだいね」

ヨシオのノートブックのなかに書かいてある短大たんだいの名称めいしょうと所在しょざい地ちを、優子ゆうこは指先ゆびさきで示しめした。ヨシオが調しらべたところによると、その女子じょし短大たんだいは、中原なかはら順子じゅんこが通かよっていた頃ころとおなじ場所ばしょに、いまも存在そんざいしていた。

「そこへいけば、記録きろくはあるはずだよ。卒業そつぎょうアルバムとか。お母ははさんを教おしえた先生せんせいたちが、ひょっとしたらまだいるかもしれない。当時とうじ三十さんじゅう代だいだったとして、現在げんざいはまだ六十ろくじゅう代だいだから」

「私わたくしもいきたい」

「撮影さつえいが終おわったら、いってみるといい。神戸こうべから東京とうきょうへつながる手てがかりは、しかし、まず見みつからないだろうなあ」

「その意味いみでは、博多はかたから先さきもね」

「落おち着つく先々さきざきから、一いち通つうでもいいから実家じっかに葉書はがきでも出だしていれば、それがずっと保存ほぞんされている可能かのう性せいはある」

「私わたくしが訪たずねたとき、ひととおりは調しらべてもらったはずなのよ」

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