四人は神戸から電車で京都へ向かった。電車は空いていた。ふたりずつ向かいあって席にすわり、四人は話をした。
「いま私が持っている銅像の写真は、矢沢さんにお返ししていいのね」
優子が島村に聞いた。
「いいよ。複写した。プリントしておく。今日のも含めて」
「手帳にはさめるサイズに」
と、優子は注文をつけた。
「もちろんだよ」
「中原順子さんは、ますます謎になっていく。そこがいちばん面白い」
と、ヨシオが言った。
「謎とは?」
「ひとりの若く美しい女性が、彼女自身ではまったく意図することなく作りだす、いくつもの謎。若く美しい女性という存在そのもの、あるいは彼女の持っている可能性が、謎であるということ」
ひとまずヨシオはそんなふうに言った。ほかの三人が黙って聞いているから、ヨシオはさらに続けた。
「中原順子さんがあの銅像のモデルになった頃、彼女に関して確かだったことは、唯一、彼女は若くて美しく、この世に生きている、ということだけだった。将来に向けての可能性は、じつに豊かで大きい。しかし、すべてはまだ、まったくの未知数だった。まったくの未知数、つまり謎だよ。彼女はこの先どうなっていくのか。そんな単純な謎なのに、その謎はそのときは誰にも解くことは出来ない。しかし彼女は十九年前に亡くなっているから、もはや絶対にと言っていいほどに、解けることのない謎だ。女の時代、とあの学長先生は言っていた。願望も含めて、確かにそう思ったのだろう。しかし、それにも増して、順子さんのような女性がそこに存在するだけで謎になるという事実に、学長はひかれていたのではないか」
「私の母は、謎として深まっていくいっぽうだということ?」
優子がヨシオに問いただした。
「そうだよ。だから日比谷優子としては、自らの謎を深めて母親という謎に常に対抗し、バランスを取り続けていくほかない」
ヨシオの言葉を聞いて、優子は笑った。
「また新しい理屈を考えたのね。私は母にかぎりなく近づいていき、母を吸収してひとつになって、母を乗り越えていくのではなかったかしら」
「それでもいい」
と、ヨシオは言った。
「それもあり得る」
「あなたは現実を自分のなかに取り込んで、それをいつのまにか好みのフィクションに変えていくのね」
優子の指摘はたいそう正しかった。しかしその正しさは、ヨシオ自身にも、そして島村や夏子にも、いまはまだ理解出来なかった。優子はひとりで笑い、それがおさまってから、話題の方向を変えた。
「こうして私たち四人は、やがて誰もが、あのアパートメントの部屋に帰っていくのね。いちばん目の前にある楽しいことは、それだわ」
京都に着くまでのあいだに、日比谷優子は電車のなかで十数人もの人に話しかけられた。誰もが彼女の映画を見ていた。優子にサインを求める人もいた。京都に到着すると夕食の時間だった。ロケーション撮影で京都に来てから優子がなじみとなった店で、四人は夕食を食べた。
夕食のあと、四人は別れた。優子は撮影隊の宿泊している旅館へ戻る。島村と夏子には、ふたりの予定があった。そしてヨシオは、神戸のときとおなじ要領で、旅館を探すことになった。持って来ていた第二作のシナリオを、優子はヨシオに渡した。
「読んで感想を聞かせて」
と、優子は言った。
次の日、東京へ帰る汽車のなかで、ヨシオはそのシナリオを読んだ。読んだあと彼は考えごとに没頭した。そして結果を、ノートブックに書き込んだ。優子が京都から東京のアパートメントに帰って来た日、彼女からおみやげを受け取ったついでに、ヨシオはシナリオの感想を述べた。
「良くない」
というのが、彼の結論だった。
「いま頃になってそんなこと言わないで。そんなことを言うなら、あなた、書いて」
ヨシオの部屋のドアの外にたって、なぜだかひどくうれしそうに、優子は言った。