← Library‹ 東京青年 可能性という謎 7

四よん人にんは神戸こうべから電車でんしゃで京都きょうとへ向むかった。電車でんしゃは空あいていた。ふたりずつ向むかいあって席せきにすわり、四よん人にんは話はなしをした。

「いま私わたくしが持もっている銅像どうぞうの写真しゃしんは、矢沢やざわさんにお返かえししていいのね」

優子ゆうこが島村しまむらに聞きいた。

「いいよ。複写ふくしゃした。プリントしておく。今日きょうのも含ふくめて」

「手帳てちょうにはさめるサイズに」

と、優子ゆうこは注文ちゅうもんをつけた。

「もちろんだよ」

「中原なかはら順子じゅんこさんは、ますます謎なぞになっていく。そこがいちばん面白おもしろい」

と、ヨシオが言いった。

「謎なぞとは?」

「ひとりの若わかく美うつくしい女性じょせいが、彼女かのじょ自身じしんではまったく意図いとすることなく作つくりだす、いくつもの謎なぞ。若わかく美うつくしい女性じょせいという存在そんざいそのもの、あるいは彼女かのじょの持もっている可能かのう性せいが、謎なぞであるということ」

ひとまずヨシオはそんなふうに言いった。ほかの三さん人にんが黙だまって聞きいているから、ヨシオはさらに続つづけた。

「中原なかはら順子じゅんこさんがあの銅像どうぞうのモデルになった頃ころ、彼女かのじょに関かんして確たしかだったことは、唯一ゆいいつ、彼女かのじょは若わかくて美うつくしく、この世よに生いきている、ということだけだった。将来しょうらいに向むけての可能かのう性せいは、じつに豊ゆたかで大おおきい。しかし、すべてはまだ、まったくの未知みち数すうだった。まったくの未知みち数すう、つまり謎なぞだよ。彼女かのじょはこの先さきどうなっていくのか。そんな単純たんじゅんな謎なぞなのに、その謎なぞはそのときは誰だれにも解とくことは出来できない。しかし彼女かのじょは十じゅう九きゅう年ねん前まえに亡なくなっているから、もはや絶対ぜったいにと言いっていいほどに、解とけることのない謎なぞだ。女おんなの時代じだい、とあの学長がくちょう先生せんせいは言いっていた。願望がんぼうも含ふくめて、確たしかにそう思おもったのだろう。しかし、それにも増まして、順子じゅんこさんのような女性じょせいがそこに存在そんざいするだけで謎なぞになるという事実じじつに、学長がくちょうはひかれていたのではないか」

「私わたくしの母ははは、謎なぞとして深ふかまっていくいっぽうだということ?」

優子ゆうこがヨシオに問といただした。

「そうだよ。だから日比谷ひびや優子ゆうことしては、自みずからの謎なぞを深ふかめて母親ははおやという謎なぞに常つねに対抗たいこうし、バランスを取とり続つづけていくほかない」

ヨシオの言葉ことばを聞きいて、優子ゆうこは笑わらった。

「また新あたらしい理屈りくつを考かんがえたのね。私わたくしは母ははにかぎりなく近ちかづいていき、母ははを吸収きゅうしゅうしてひとつになって、母ははを乗のり越こえていくのではなかったかしら」

「それでもいい」

と、ヨシオは言いった。

「それもあり得える」

「あなたは現実げんじつを自分じぶんのなかに取とり込こんで、それをいつのまにか好このみのフィクションに変かえていくのね」

優子ゆうこの指摘してきはたいそう正ただしかった。しかしその正ただしさは、ヨシオ自身じしんにも、そして島村しまむらや夏子なつこにも、いまはまだ理解りかい出来できなかった。優子ゆうこはひとりで笑わらい、それがおさまってから、話題わだいの方向ほうこうを変かえた。

「こうして私わたくしたち四よん人にんは、やがて誰だれもが、あのアパートメントの部屋へやに帰かえっていくのね。いちばん目めの前まえにある楽たのしいことは、それだわ」

京都きょうとに着つくまでのあいだに、日比谷ひびや優子ゆうこは電車でんしゃのなかで十じゅう数すう人にんもの人ひとに話はなしかけられた。誰だれもが彼女かのじょの映画えいがを見みていた。優子ゆうこにサインを求もとめる人ひともいた。京都きょうとに到着とうちゃくすると夕食ゆうしょくの時間じかんだった。ロケーション撮影さつえいで京都きょうとに来きてから優子ゆうこがなじみとなった店みせで、四よん人にんは夕食ゆうしょくを食たべた。

夕食ゆうしょくのあと、四よん人にんは別わかれた。優子ゆうこは撮影さつえい隊たいの宿泊しゅくはくしている旅館りょかんへ戻もどる。島村しまむらと夏子なつこには、ふたりの予定よていがあった。そしてヨシオは、神戸こうべのときとおなじ要領ようりょうで、旅館りょかんを探さがすことになった。持もって来きていた第だい二に作さくのシナリオを、優子ゆうこはヨシオに渡わたした。

「読よんで感想かんそうを聞きかせて」

と、優子ゆうこは言いった。

次つぎの日ひ、東京とうきょうへ帰かえる汽車きしゃのなかで、ヨシオはそのシナリオを読よんだ。読よんだあと彼かれは考かんがえごとに没頭ぼっとうした。そして結果けっかを、ノートブックに書かき込こんだ。優子ゆうこが京都きょうとから東京とうきょうのアパートメントに帰かえって来きた日ひ、彼女かのじょからおみやげを受うけ取とったついでに、ヨシオはシナリオの感想かんそうを述のべた。

「良よくない」

というのが、彼かれの結論けつろんだった。

「いま頃ごろになってそんなこと言いわないで。そんなことを言ゆうなら、あなた、書かいて」

ヨシオの部屋へやのドアの外そとにたって、なぜだかひどくうれしそうに、優子ゆうこは言いった。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%