← Library‹ 東京青年 名前は仮にスーザン 9

雨あめの日ひ、大学だいがくへいくつもりで、ヨシオは自宅じたくを出でた。途中とちゅうでやめにし、節子せつこの部屋へやがあったアパートメントへ向むかった。いつも持もっている鍵かぎで、かつての節子せつこの部屋へやのドアを開ひらき、彼かれはなかに入はいった。ここを彼かれが使つかうことになっていたが、まだ引ひっ越こしはしていなかった。節子せつこの静岡しずおかの実家じっかへ送おくる荷物にもつは、すでに彼かれが送おくり出だした。それ以外いがいは、節子せつこが住すんでいたときのままになっていた。

彼女かのじょの痕跡こんせきが、二に階かい式しきの部屋へやのいたるところにあった。本棚ほんだなには本ほんが入はいったままだし、レコード、そしてその再生さいせい装置そうちも、かつてのとおりだ。ヨシオはひとりでソファにすわってみた。そして居間いまから奥おくに入はいり、キチンを見みた。冷蔵れいぞう庫こ、調理ちょうり道具どうぐ、食卓しょくたくとして使つかっていた丸まるいテーブル、そして椅子いす。キチンには節子せつこの跡あとがもっとも顕著けんちょだった。洗面せんめん室しつには化粧けしょう品ひんが残のこっていたし、風呂ふろには石鹸せっけんや桶おけがきちんと置おいてあった。

二に階かいの寝室しんしつへも、彼かれはいってみた。ベッドの上うえにはブランケットやシーツ、そして枕まくらなどがあり、クロゼットのなかには水着みずぎが一いち着ちゃく、針金はりがねのハンガーに掛かかっていた。この水着みずぎは、ヨシオにとって、ちょっとした謎なぞだった。持もっていこうと思おもいつつ節子せつこは荷物にもつに入いれ忘わすれたのか。それとも、意図いとしてここへ置おいていったのか。井いの頭かしら公園こうえんのプールへいっしょにいったとき、節子せつこが身みにつけていた水着みずぎだ。自分じぶんの一いち部分ぶぶんはまだこの部屋へやにある、という意味いみを込こめて節子せつこはこの水着みずぎを置おいていったのだろう、とヨシオは解釈かいしゃくした。

正午しょうごまで、彼かれはその部屋へやにいた。そしていったん自宅じたくに戻もどり、昼食ちゅうしょくを済すませた。そして再ふたたび家いえを出でた。傘かさをさして節子せつこのいた美容びよう院いんへ向むかった。美容びよう院いんには客きゃくが三さん人にんいた。店主てんしゅの杉山すぎやま美代子みよこが、ヨシオに応対おうたいした。

「あら、いらっしゃい。でも、節子せつこはもういないのよ」

そう言いう彼女かのじょに、ヨシオは自分じぶんの頭あたまを指ゆびさした。

「頭あたまがどうにかしたかしら」

「切きってください」

「頭あたまを?」

「髪かみです」

「切きれと言いわれれば、切きりますよ。でも、ねえ。そんなにポマードのたくさん塗ぬってある髪かみには、誰だれも触さわりたくないものなのよ。だから私わたくしが切きるわ」

「坊主ぼうず刈がりです」

「なんですって?」

美代子みよこは聞きき返かえした。

「今日きょうは坊主ぼうず刈がりにしてください」

彼かれの頭あたまを、美代子みよこは見みた。

「ほんとに?」

と、彼女かのじょは聞きいた。

「ほんとです」

「そのほうが手間てまがかからなくていいわよ。伸のびて来きたら、別べつのスタイルにしなさい」

「とにかく、坊主ぼうず刈がりにしてください」

「バリカンで切きるのだわ」

そう言いった彼女かのじょは、バリカンの使つかえる人ひとはいるかと、店みせの女性じょせいたちに聞きいた。使つかえる人ひとはひとりもいなかった。

「では、私わたくしが。いいでしょ、私わたくしで」

「お願ねがいします」

「バリカンを使つかうのは久ひさしぶりだから、きっと虎刈とらがりになるわ。虎とらと言いうよりも、西瓜すいかね。まず洗あらいましょう。洗あらって乾かわかしてから、ばっさりいきましょう」

シャンプー台だいへ、彼女かのじょはヨシオを連つれていった。椅子いすにすわらせ、シンクに向むけて上体じょうたいを傾かたむけて突つき出ださせ、湯ゆの温度おんどを調節ちょうせつした。湯ゆで濡ぬらしたヨシオの髪かみに、掌てのひらに取とった大量たいりょうのシャンプーを、彼女かのじょは何なん度ども彼かれの髪かみにまぶした。そして洗あらい始はじめた。

美代子みよこの指ゆびの感触かんしょくと手ての力ちからを頭あたまに感かんじながら、ヨシオは思おもった。坊主ぼうず刈がりにしたなら島村しまむら冬彦ふゆひこに写真しゃしんを撮とってもらおう。あのアパートメントの敷地しきちで、アパートメントの建物たてものを背景はいけいにして撮とればいい。坊主ぼうず刈がりにした僕ぼくを節子せつこさんは初はじめて見みる。ホノルルにいる彼女かのじょ宛あてに書かく最初さいしょの手紙てがみに同封どうふうする写真しゃしんとして、その写真しゃしんはこの上うえない正解せいかいであるはずだ、と彼かれは結論けつろんした。

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