← Library‹ 大金塊 暗号文

その翌朝よくちょう、明智あけち探偵たんていは、あずかっていた不二夫ふじお君くんをつれて、宮瀬みやせ家かをたずねました。

主人しゅじんの宮瀬みやせ鉱造こうぞう氏しは、暗号あんごう文ぶんの半分はんぶんが手てにはいったという知しらせを受うけていましたので、待まちかねていて、明智あけちを応接おうせつ室しつに通とおしました。

明智あけちは小林こばやし君くんが不二夫ふじお少年しょうねんの身みがわりとなって、賊ぞくのすみかにつれられていってからのちのできごとを、くわしく報告ほうこくしました。

「そういうわけで、小林こばやしが不二夫ふじお君くんのかえ玉だまだということも、賊ぞくのほうへわかってしまいましたので、いつまでもわたしの家いえにおあずかりしておくのもなんですから、きょうは不二夫ふじお君くんをおつれしてきたのです。

これからは、警察けいさつのほうで、じゅうぶん不ふ二夫にふ君くんのことも気きをつけてくれるはずです。とうぶん、おたくの付近ふきんに刑事けいじの見みはりをつけるということでした。」

「いや、いろいろお手数てすうでした。不二夫ふじおのことはわたしのほうでも、書生しょせいの人数にんずうをまして、気きをつけることにします。で、暗号あんごうはお持もちくださいましたでしょうか。」

宮瀬みやせ氏しは、何なんよりも暗号あんごうの半分はんぶんが気きにかかるのでした。

「持もってきました。これです。」

明智あけちは、ポケットからその紙かみきれを取とりだして、テーブルの上うえにおきました。

宮瀬みやせ氏しは、急いそいでそれを手てに取とり、二に、三さん度ど読よみかえしましたが、さっぱり、わけがわからないらしく、小首こくびをかしげて、

「どうも、わかりませんなあ、これはいったい、なんのことでしょう。」

と、明智あけちの顔かおを見みるのでした。

「わたしもまだよくはわかりません。ひとつそれを、あなたの指輪ゆびわの中なかにはめてある半分はんぶんの暗号あんごうとつづけてここへ書かいてみましょう。」

明智あけちはそういって、テーブルの上うえの白紙はくしに、筆ふででつぎのような形かたちに暗号あんごう文ぶんをかきとりました。

ぎざぎざの線せんからまえの部分ぶぶんが、宮瀬みやせ氏しの指輪ゆびわの中なかにかくしてある半分はんぶん、ぎざぎざからあとの部分ぶぶんが、こんど小林こばやし君くんが取とりもどした半分はんぶんです。

「やっぱりわかりませんなあ。いったいどう読よむのでしょう。」

宮瀬みやせ氏しが、それをのぞきこんで、いぶかしげにいいました。

「たぶん、このはじめのほうは、このあいだもいったように『獅子ししが烏帽子えぼしをかぶる時とき、カラスの頭あたまの』でしょうね。そのあとは、『ウサギは三十さんじゅうネズミは六十ろくじゅう岩戸いわとの奥おくをさぐるべし』とでも読よむのでしょう。

つづけて読よめば、獅子ししが烏帽子えぼしをかぶる時とき、カラスの頭あたまのウサギは三十さんじゅう、ネズミは六十ろくじゅう、岩戸いわとの奥おくをさぐるべし、となります。」

「なんだか動物どうぶつ園えんへでもいったようですね。それに、カラスの頭あたまのウサギっていうのは、いったいどんな動物どうぶつでしょう。ウサギの胴どうにカラスの首くびがついている化ばけものでもいるのでしょうか。」

「なんだか、魔術まじゅつ師しのじゅ文ぶんみたいな感かんじがしますね。しかし、これを何なん度ども何なん度どもくりかえして読よんでいると、少すこしずつ意味いみがわかってくるようです。

まず、いちばんおしまいの『岩戸いわとの奥おく』というのは、どこかに、岩いわが戸とのように入いり口ぐちをふさいでいるほら穴あなかなんかが、あるのではないでしょうか。そのほら穴あなの奥おくをさがせ、という意味いみじゃないでしょうか。」

「なるほど、そうでしょうね。しかし、この動物どうぶつどもは、さっぱりわかりませんなあ。ウサギが三十さんじゅうぴきに、ネズミが六十ろくじゅうぴきなんて。」

「いや、それもよく考かんがえれば、わかるのです。ウサギとネズミには特別とくべつの意味いみがあるのですよ。ウサギという字じは、ちがう字じで書かくと『卯う』でしょう。それからネズミは『子ね』でしょう。つまり両方りょうほうとも十じゅう二に支しのうちの一ひとつなのです。

十じゅう二に支しというのは、子こ、丑うし、寅とら、卯う、辰たつ、巳み、午うま、未ひつじ、申さる、酉とり、戌いぬ、亥いの十じゅう二にで、午うまの年としとか酉とりの年としとかいうあの呼よび方かたなのです。」

「うん、なるほど、そうですね。すると……。」

「すると、この二ふたつの動物どうぶつは、方角ほうがくをしめしているのじゃないかと思おもうのです。」

「アッ、そうだ。いかにもおっしゃるとおり、これは方角ほうがくです。」

宮瀬みやせ氏しは何なんか大だい発見はっけんでもしたように、うれしそうな顔かおになって、明智あけちの顔かおを見みるのでした。

「ウサギ(卯う)は東ひがしでしょう。ネズミ(子こ)は北きたでしょう。すると、これは東ひがしのほうへ三十さんじゅう、北きたのほうへ六十ろくじゅうということになります。」

読者どくしゃ諸君しょくんの家いえに古ふるい磁石じしゃくがありましたら、その目めもりをごらんになるとわかります。古ふるい磁石じしゃくには、東西とうざい南北なんぼくのほかに、十じゅう二に支しの名なで方角ほうがくが書かいてあるはずです。それを見みますと、東ひがしは卯う、西にしは酉とり、南みなみは午うま、北きたは子ことなっています。

「では、この三十さんじゅうと六十ろくじゅうは長ながさのことですね。」

「そうです。昔むかしのことですから、むろんメートルではなく、尺しゃくか間けんですが、間まにすると、六十ろくじゅう間けんは百ひゃくメートル以上いじょうですから、これは少すこし遠とおすぎるような気きがします。やはり尺さしでしょう。つまり卯うの方角ほうがくの東ひがしのほうへ三十さんじゅう尺しゃく(九きゅう・一いちメートル)へだたり、そこからまた子この方角ほうがくの北きたのほうへ六十ろくじゅう尺しゃく(十じゅう八はち・二にメートル)へだたったところに、この岩いわの戸とがあるという意味いみじゃないかと思おもいます。」

明智あけちが、わけのわからない暗号あんごうをすらすらとといていきますので、宮瀬みやせ氏しはすっかり感心かんしんしてしまいました。

「それじゃ、このまえのほうの獅子ししやカラスはどういう意味いみでしょうか。これもあなたはおわかりになっているのですか。」

「ええ、だいたい見当けんとうがついています。」

明智あけちは、にこにこして答こたえました。

「これは、少すこしめんどうなのです。ただ考かんがえたのではわかりません。ぼくはこの意味いみをたしかめるために、登山とざん家かの名簿めいぼをくって、ほうぼうの有名ゆうめいな登山とざん家かに電話でんわをかけたり、手紙てがみをだしたりして、知恵ちえをかりたのですよ。」

宮瀬みやせ氏しは登山とざん家かと聞きいても、なんのことか少すこしもわかりませんでした。登山とざん家かが「烏帽子えぼしをかぶった獅子しし」や「カラスの頭あたま」を知しっているとでもいうのでしょうか。

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