← Library‹ 超人ニコラ 猛獣自動車

宝石ほうせき王おうの玉村たまむら銀之助ぎんのすけさんは、じぶんのやしきのまわりを見みはっていた小林こばやし少年しょうねんが怪人かいじんにつれさられたことは、すこしも知しりません。あのトラが自動じどう車しゃを運転うんてんするという奇妙きみょうな事件じけんのあった翌日よくじつ、午前ごぜん十じゅう時じごろ、玉村たまむらさんはいつものように、自動じどう車しゃにのって、銀座ぎんざの店みせへ出でかけるのでした。

道路どうろは自動じどう車しゃでいっぱいです。とある交差こうさ点てんで、何十なんじゅう台だいというトラックや、バスや、乗用じょうよう車しゃが、三さん列れつにならんでとまっていました。そうして、十じゅう分ふんもじっとまっていなければならないのです。玉村たまむらさんは、車くるまのこんざつには、なれていましたから、イライラしてもしかたがないと、じっと目めをつぶって、クッションにもたれていました。

右みぎの窓まどのガラスが、半分はんぶんひらいてあります。そのガラスをコツコツとたたくものがありました。

おやっとおもって、目めをひらきますと、右みぎがわすれすれに、一いち台だいの乗用じょうよう車しゃがとまっていて、その窓まどが、こちらの窓まどのすぐそばにあるのです。

玉村たまむらさんが、そこを見みたときには、窓まどは、なにかボール紙しのようなものでふさがれていて、中なかは見みえませんでした。

しかし、さっき、コツコツと、こちらのガラスをたたいたのは、たしかに、その窓まどの中なかにいる人ひとです。たたいておいて、ボール紙しで窓まどにふたをして、かくれてしまったのでしょうか。

「へんだな。」とおもって、じっと見みていますと、ボール紙しがすこしずつ下したのほうへさがっていって、そのうしろから、黄色きいろくひかったものが、のぞきました。

まだボール紙しが、半分はんぶんしかひらいていないので、そのものの姿すがたは、はっきりわかりませんが、なんだか、とてつもない、へんてこなものです。

ボール紙しは、またジリジリと下したのほうへさがっていきます。そして、窓まどの中なかが、すっかり見みえるようになりました。

玉村たまむらさんはギョッとして、おもわず、車くるまの中なかで立たちあがりそうになりました。

半分はんぶんひらいたガラスの中なかに、おそろしいトラの顔かおがあったのです。

ランランとかがやく、大おおきな目めで、じっとこちらをにらんでいます。

玉村たまむらさんは、だれかが、でっかいトラのオモチャをひざの上うえにのせているのではないかとおもいました。

しかし、そのトラの顔かおは、人間にんげんの顔かおの倍ばいもあるのです。そんなでっかいオモチャがあるのでしょうか。

いや、オモチャではありません。

トラの目めが動うごきました。口くちがひらきました。口くちの中なかで、まっかな舌したがヘラヘラと動うごきました。

「ウヘヘヘヘ……。」

なんともいえないへんな声こえで、トラが笑わらったのです。まるで人間にんげんの老人ろうじんのような、しわがれた声こえで、うすきみわるく笑わらったのです。

笑わらえるのは人間にんげんだけで、ほかの動物どうぶつは笑わらえないはずです。

しかも、トラのような猛獣もうじゅうが笑わらうなんて、おもいもよらないことです。

玉村たまむらさんは、あまりのふしぎさに、あっけにとられて、こわさもわすれて、ぼんやりしていました。

すると、こんどは、もっとへんなことがおこりました。トラがものをいったのです。

「用心ようじんするがいい。いまに、おそろしいことがおこる。」

たしかに、猛獣もうじゅうが人間にんげんのことばを、しゃべったのです。

玉村たまむらさんは、夢ゆめを見みているような気持きもちで、まだぼんやりしていましたが、ふと気きがつくと、ここは自動じどう車しゃの行列ぎょうれつのまんなかです。大おおきな声こえをたてれば、みんなが、力ちからをかしてくれるでしょう。いくら猛獣もうじゅうでも、このこんざつのなかを、うまくにげられるものではありません。

玉村たまむらさんは、前まえにいる運転うんてん手しゅの肩かたをつついて、ささやきました。

「見みたか。」

「ええ、見みました。」

ふたりで、もう一いち度ど、そのほうをふりむくと、むこうの窓まどは、またボール紙しでふたをされて、トラの姿すがたは見みえませんでした。

「みんなに知しらせよう。大おおきな声こえでさけぶんだ。」

はんたいがわのドアをひらいて、からだをのりだし、

「オーイ、たいへんだあ。ここの車くるまの中なかにトラがいるぞう……。」

と、なんどもくりかえして、さけびました。

自動じどう車しゃにトラがのっているなんて、あんまりとっぴなことなので、はじめは、だれも信しんじませんでしたが、こちらが、しんけんにさけぶものですから、勇気ゆうきのある運転うんてん手しゅたちが、自動じどう車しゃからとびおりて、あつまってきました。

その人数にんずうがだんだんふえ、やがて、交通こうつう整理せいりのおまわりさんまで、ピストルをにぎって、かけつけてきました。

みんなが、あやしい自動じどう車しゃのまわりをとりかこみました。

そのときには、窓まどのボール紙しはなくなって、中なかが見とおせるみとうせるようになっていましたが、そこにはひとりの紳士しんしがこしかけているばかりで、トラなど、どこにも見みえません。おまわりさんが、その紳士しんしに声こえをかけて、ドアをひらき、中なかをのぞきこみました。

「この窓まどからトラの顔かおが見みえたというんですが、まさか、トラといっしょにのっていたのではないでしょうね。」

「ハハハハ……、なにをおっしゃる。そんなばかなことが、あるはずはないじゃありませんか。だれが、そんなことをいったのですか。」

「この人ひとですよ。」

おまわりさんが、そこに立たっている玉村たまむらさんを指ゆびさしました。

「ハハハハ……、あなた、夢ゆめでも見みたんでしょう。車くるまの中なかでうたたねしていたんじゃありませんか。」

「いや、たしかに、金色きんいろのトラが……。」

玉村たまむらさんはいいかえしましたが、見みたところ、トラのかげも形かたちもないのですから、けんかになりません。

「なあんだ、夢ゆめか。いくらなんでも、トラが自動じどう車しゃにのっているなんて、おかしいとおもったよ。」

みんな、チェッと舌したうちをして、じぶんたちの自動じどう車しゃへかえっていきます。

おまわりさんは、ぐずぐずしていると、自動じどう車しゃがたまるばかりですから、どの車くるまも、そのまますすむように、あいずをしました。

玉村たまむらさんも、あわてて車くるまにのりこみ、出発しゅっぱつしましたが、車くるまの列れつは、交差こうさ点てんで三さん方ほうにわかれ、いつのまにか、あのあやしい自動じどう車しゃを見みうしなってしまいました。

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