さて、銀座の店で、玉村銀之助さんが、にせものといれかえられたあくる日の夕方、渋谷区の玉村さんの家に、またしても、おそろしいことがおこったのです。
にせものの光子さんと、銀一君は、一階の子ども部屋の窓から、庭をながめていました。あたりはもううす暗くなっていて、木のしげった中は、まっくらです。
そのまっくらな中で、チラッと、金色のものが動いたのです。ふたりは、それを見つめていました。
「なにを見ているんだね。庭になにかいるのかね。」
ふりむくと、そこにおとうさんの銀之助さんが立っていて、にこにこ笑っていました。いうまでもなく、このおとうさんも、にせものなのです。
「木の下に金色のものが見えたんです。」
銀一君がこたえました。
「えっ、金色のものだって?」
「ええ、きっとあいつですよ。ね、あの金色のトラですよ。」
そのとき、家の横から、人の姿があらわれ、庭のむこうのほうへ、歩いていくのが見えました。洋服をきた女の姿です。
「あっ、おかあさんだわ。どうして庭へ出ていらっしゃったのでしょう。」
光子さんが、ふしぎそうに、つぶやきました。
「あっ、庭のへいの戸がひらいた。だれかはいってくる。おかあさんはきっと、あの人にあいにいったんだよ。」
銀一君が大きな声でいいました。
おかあさんのあき子さんは、夕やみの中を、いそぎ足で、裏口のほうへ、すすんでいきます。そこから、はいってきた男に、約束でもしてあったのでしょう。
あき子さんの歩いていく左がわに、大きな木のしげったところがあり、その中はまっくらです。
「あっ!」
光子さんも、銀一君も、おとうさんも、おなじように、おどろきの声をたてました。
木のしげみの中に、ピカッと光ったものがあるからです。
やがて、そのものが全身をあらわしたのを見ると、やっぱりあのおそろしい金色のトラでした。
そいつは、ノソノソと木のしげみから、はいだしてきて、ウオーッと、ものすごいうなり声をたてるのでした。
おかあさんのあき子さんは、ハッとして、そのほうを見ましたが、見たかと思うと、クナクナと、くずれるように、その場にたおれてしまいました。
それを窓からながめた、おとうさんも、光子、銀一のきょうだいも、ふつうならば、なんとかしておかあさんをたすけようと、とびだしていったのでしょうが、三人ともにせものですから、おかあさんがたおれたって、へいきです。
おとうさんと、ふたりの子どもは顔を見あわせて、ニンマリと笑いました。ああ、なんという、無慈悲な笑い顔だったでしょう。
庭のむこうでは、裏口から、さっきの男のほかに、もうひとり、はいってくるのが見えました。
男たちは、たおれているあき子さんのそばによると、そのからだをふたりでかかえて、裏口の外へ出ていきます。
あの金色のトラは、あき子さんをきぜつさせてしまえば、もう用事はないのでしょう。また、木のしげみのくらやみの中に、姿をかくしてしまいました。
窓の三人は、もう一度、顔を見あわせて、ニンマリと笑いました。三人とも、あき子さんが、どんなめにあうのか、ちゃんと知っているらしいのです。
裏口のへいの外には、一台の自動車がとまっていました。ふたりの男は、その車のドアをひらいて、はこびだしてきたあき子さんのからだを、中にいれました。
すると、それといれちがいに、車の中から、あき子さんが、とびだしてきました。気をうしなっていたあき子さんが、きゅうに、正気づいて、いれられたばかりの車から、出てきたのでしょうか。
いや、そうではありません。車の中をのぞいてみますと、そこのシートに、あき子さんが目をつむって、たおれているではありませんか。
車から出てきたのは、あき子さんとそっくりの顔をした、べつの女なのです。ニコラ博士の魔法が、またしても、にせものをつくりだしたのです。
ふたりの男が、車の中にはいると、自動車はしずかに、すべりだし、どこともしれず、走りさってしまいました。
あき子さんとおなじ顔をして、おなじ服をきた女は、裏口をはいると、そこの戸をしめて、ゆっくり、こちらへちかづいてきました。
じつによくにています。男たちに、かつぎだされたあき子さんが、そのまま、もどってきたとしか思われません。
あき子さんは、窓の下までくると、そこからのぞいている三人を見あげて、ニッコリと笑いました。
「あき子、話があるから、あがっていらっしゃい。」
玉村さんが、声をかけました。これで玉村家の家族はぜんぶにせものにかわってしまったのです。
しかし、四人とも、おたがいにそれを知りながら、まるでほんもののように、はなしあっているのでした。