明智探偵が牢屋へいれられて、しばらくすると、白ひげのニコラ博士が、ゆうぜんと、地下室の見まわりにやってきました。そのうしろから、さっきの小林君によくにた少年がしたがっています。
玉村宝石店の親子四人がとじこめられている鉄ごうしのまえを、とおりすぎました。かわいそうに、四人のものは、部屋のすみにうずくまって、だまって、うなだれています。
そのむかいがわには、白井美術店の家族が、とじこめられ、おなじようにうなだれていました。
それから十メートルほどむこうに、小林少年のいる牢屋があります。ニコラ博士とにせの小林君が、そのまえをとおりかかると、鉄ごうしの中から、おそろしい声がひびいてきました。
「ニコラ先生、おれをここから出してください。おれはにせもののほうだ。そこにいるのが、ほんものの小林だ。小林がおれをここへとじこめて、じぶんはにげだしてしまったのだ。そして、にせものになりすましているのだ。」
ニコラ博士は、それをきいても、べつにおどろきません。小林君から、わけを知らされているからです。
「ね、そうでしょう。さすがは小林の知恵です。うまいことを考えました。ほんとうの小林が、どうかして鉄ごうしをあけて、にせものを引きいれ、替え玉の入れかえをやったというのです。だから、じぶんを牢から出して、かわりに、ぼくを入れようというのですよ。しかし、あいつはうそをついているにきまってます。なぜといって、ほんものの小林は、あいかぎを持っていないので、牢から出られっこないのですからね。かぎは、このにせの小林が、ちゃんとこうして、もっているのですからね。」
牢屋の外の小林は、そういって、ポケットからかぎたばをとりだし、チャラチャラと音をさせてみせました。
へんなことになってきました。ニコラ博士は知りませんが、読者諸君は知っています。小林君は、針金をつかって、じゆうじざいに、鉄ごうしの錠をあけることができるのです。それを、牢屋の外にいる小林君は、あいかぎがなければ、あけられないなどと、うそをついているではありませんか。
牢屋の中にいる小林よりも、外にいる小林のほうが、あやしいのではないでしょうか。つまり、中の小林が、じつはにせもので、外の小林がほんものではないのでしょうか。なんだかややこしいことになってきました。
しかし、もし、外にいる小林がほんものだとすると、明智探偵を自動車にのせて、とりこにし、この地下室の牢屋へ入れたのは、どういうわけでしょうか。ほんものの小林君なら、あくまで明智探偵のみかたをするはずではありませんか。
なんだかわけがわからなくなってきました。もうすこし、ようすを見ることにしましょう。そうすれば、やがてハッキリしたことがわかるでしょう。
さて、ニコラ博士と小林君とは、牢屋の見まわりをすませて、一階へあがっていきましたが、しばらくすると、こんどは、小林君だけが、こっそり地下室へおりてきました。そして、あの小林の牢屋の前をとおりかかると、またしても、中から、どなり声がきこえてきました。
「やい、そこへいくほんものの小林。うまく博士をごまかしたな。だが、きさまのうそが、いつまでもつづくはずはない。きっとそのうちに、見やぶられる。そのときは、どんなひどいめにあうか、かくごしているがいい。おれはきっと、きさまといれかわってみせるぞっ。」
中の小林は、鉄ごうしにすがりついて、ガタガタいわせながら、しきりに、どくぜつをたたいています。
外の小林君は、それをあいてにしないで、牢屋の前を通りすぎ、ニコラ博士の寝室へしのびこみました。ここのかぎだけは、ニコラ博士がはなしませんので、小林君は、やっぱり、針金をつかってドアをひらかなければなりませんでした。
小林君は、エレベーターのかくしボタンをおして、地下二階へおり、A2のロッカーから、明智探偵とそっくりの人形をとりだし、それをこわきにかかえて、もとの地下一階にもどり、さっき明智探偵をとじこめた牢屋へといそぎました。
エレベーターから、明智の牢屋へ行くのには、ほかの牢屋のまえをとおらなくてもよいので、人形をだいているのを、気づかれる心配はありません。
その鉄ごうしのまえへいくと、明智探偵は部屋のまんなかにすわって、おそろしい顔で、こちらをにらみつけていました。
小林君は、鉄ごうしに顔をくっつけて、ささやきました。
「先生、ぼくはほんとうの小林です。ぼくは一度牢屋へいれられたのですが、そこをぬけだし、うまくだまして、にせものと入れかわったのです。そして、ぼくは、ニコラ博士のみかたのにせものになりすましたのです。つまり替え玉の替え玉になったわけです。
さっきは、先生にピストルなどむけて、ごめんなさい。ああして、にせもののように見せておかないと先生をおたすけすることができないからです。
ニコラ博士は、ぼくをにせものと信じていますから、ぼくに牢屋のかぎをあずけました。ですから、この鉄ごうしをひらくのは、わけもないのです。」
小林君は、そういいながら、かぎたばをとりだして、鉄ごうしのドアをひらき、中へはいって、部屋のおくにしいてあるござの上に、いまもってきた明智探偵とそっくりの人形をよこたえ、もう一枚のござを、胸のへんまでかけました。こうしておけば、外から見たのでは、明智探偵がねているとしか思えませんから、ほんとうの明智がにげだしてしまっても、しばらくはだいじょうぶです。
「さあ、先生、にげましょう。とちゅうで、だれかに見つかるとたいへんですから、そういうときには、いそいで、廊下のくらいところへ、かくれなければなりません。しかし、ぼくは、じゅうぶん、にげ道をしらべておきましたから、まず、だいじょうぶだと思います。」
明智探偵といっしょに、外に出ると、小林君は、鉄ごうしのドアをしめて、かぎをかけました。そして、うすぐらい廊下の、壁をつたうようにして、秘密の地下室から、ふつうの地下室へ、それから一階へと、足音をしのばせて、いそぐのでした。
さいわい、だれにも見つからず、洋館の外に出ることができました。それから、さびしいやしき町を、はしるようにして大通りに出ると、タクシーをひろって、こういうときに、いつもつかう、渋谷駅ちかくの目だたない旅館へといそぎました。
旅館の一部屋へおちつくと、小林君は、これまでの、いっさいのことを、明智先生に話しました。
「いま午後四時半ですね。じつは今夜、おそろしいことがおこるのです。まだじゅうぶんまにあいます。それをふせがなければなりません。一寸法師の魔法医者は、先生とそっくりの人間をつくりました。そいつが明智探偵としてはたらくのです。
ぼくはニコラ博士のみかたの、にせ小林だとおもわれていたので、かれらの秘密のたくらみは、みんなきいてしまいました。ですから、今夜のことも知っているのです。」
そして、小林君は、そのおそろしいたくらみというのを、くわしく話してきかせるのでした。