「十九世紀のなかばというと、一八五〇年ごろですね。」
銀一君は、びっくりして、聞きかえしました。
「そうじゃ。わしが生まれたのは一八四八年だよ。」
銀一君は、しばらく、指をおって、かぞえていましたが、あっとおどろいて、おもわず大きな声を出しました。
「じゃあ、おじいさんは、百十四歳ですね。」
「ウフフフフフ、おどろくことはない。わしは、これからまだ、百年も二百年も生きるつもりじゃよ。わしは、あたりまえの人間ではない。スーパーマンだ。魔法つかいだ。
さて、玉村銀一君。これから、わしがおもしろいところに、つれていってやる。そこにいけば、どうして、きみとそっくりの少年が、あらわれたか、その秘密が、わかるのじゃよ。さあ、わしといっしょに、くるがいい。」
怪老人ニコラ博士は、ちゃんと銀一君の名まえを知っていました。玉村家にたいして、なにかおそろしいことを、たくらんでいるのかもしれません。
ニコラ博士は、社殿のえんがわからおりると、銀一君の手をとって神社のうらてのほうへ、歩いていきました。
森を出はずれると、さびしい、広い道があって、そこに、りっぱな自動車がとまっていました。
銀一君は、こんな自動車で、どこへつれていかれるかわからないと思うと、こわくなってきました。
「ぼく、うちにかえります。」
そういうと、いきなり、にぎられていた手を、ふりはなして、にげだそうとしました。
「どっこい、そうはいかないぞ。きみはもう、わしのとりこなのじゃ。」
白ひげのニコラ博士は、すばやく銀一君をつかまえて、自動車の中におしこもうとしました。
そこで百十四歳の老人と、十三歳の少年との、ふしぎなとっくみあいが、はじまったのです。ふつうならば、百歳をこえた老人のほうが、まけてしまうはずですが、超人ニコラ博士は、おそろしくつよくて、銀一君は、とても勝てないのです。
ニコラ博士は、銀一君を、身動きもできないように、だきしめて、ポケットから、大きなハンカチをとりだし、それをまるめて、銀一君の口の中におしこみました。
もう声をたてることもできません。そのまま自動車の中に、おしこまれてしまいました。すると、ハンドルをにぎって、まちかまえていた運転手が、すぐに車を出発させるのでした。
二十分ほど走ると、さびしい町の、石のへいにかこまれた洋館の前につきました。
ニコラ博士は、銀一君の手をひっぱって、その門の中にはいっていきます。まるで鉄のようにつよい手です。とてもにげることはできません。
洋館にはいると、広い廊下をとおって、地下室への階段をおりていきました。
地下室は、三十平方メートルほどの物置部屋です。ふるいいすやテーブルや、いろいろな木の箱などが、ゴタゴタとつみかさねてあります。
「ここは、あたりまえの物置きじゃ。地下室は、これでおしまいのように見えるじゃろう。ところが、このおくに、秘密の部屋があるのじゃ。まさか地下室のおくに、もうひとつ地下室があるなんて、だれも考えないからね。たとえ、家さがしをされても、だいじょうぶなのだ。ほら、ここに秘密のドアがある。」
ニコラ博士は、そういって、コンクリートの壁の、かくしボタンをおしました。すると、目の前の壁が、スーッと、音もなく、むこうにひらいていって、そこに、四角な穴ができました。
その穴をくぐって、廊下のようなところをすこしいきますと、両がわに、鉄棒のはまった、動物園のおりのような部屋がならんでいました。
ニコラ博士は銀一君の口から、ハンカチのさるぐつわを、とりだしてから、そのおりのような部屋のドアをかぎでひらいて、銀一君を中におしこみ、ドアをしめて、またかぎをかけてしまいました。
「ここで、ゆっくりしているがいい。ベッドもあるし、便器もおいてある。食事も、なるべくおいしいものを三度三度、はこばせるよ。じゃあ、またくるからね。」
ニコラ博士は、そういいのこして、どこかへたちさってしまいました。
地底の牢獄です。銀一君は、おそろしいとりこになってしまったのです。いつになったら、ここを出られるのでしょう。ひょっとしたら、一生がい、出られないのではないでしょうか。
「おい、きみ、おい、きみ。」
どこからか、人の声がきこえてきました。前の廊下の、むこうからのようです。
銀一君は、おりの鉄棒につかまって、そのほうを見ました。廊下のてんじょうに、うすぐらい電灯がついているだけですから、おりの中は、ぼんやりとしか見えません。むこうがわのおりの中に、なにか動いているものがあります。
じっと見つめていますと、だんだん目がなれて、その姿が、はっきりしてきました。それは、銀一君よりは二つ三つ年上らしい少年でした。
「おい、きみ、わかるかい。ぼくだよ。きみもぼくと、おんなじめに、あったらしいね。きみのかえ玉が、きみのうちにはいり、ほんもののきみは、ここにとじこめられたんだろう。」
「そうですよ。きみもそうなんですか。」
「うん、ぼくのうちには、いま、ぼくのかえ玉がいるんだ。おとうさんも、おかあさんも、かえ玉とは気がつかない。それほど、ぼくとそっくりなんだ。ニコラ博士は、おそろしいスーパーマンだよ。人間の顔を、どんなにでも、かえることができるんだ。ぼくとそっくりの人間をつくることもできるし、また、ぼくを、まるでちがった顔に、かえてしまうことだってできるんだ。で、きみは、なんていうの? きみのうちは、なにをやってるの?」
「ぼく、玉村銀一。おとうさんは玉村宝石店をやっているのです。」
「あっ、そうか。あの有名な宝石王だね。ぼくは白井保。ぼくのうちは、銀座の白井美術店だよ。」
「知ってます。あの大きな美術店でしょう、仏像やなんか、たくさんおいてある。」
「そうだよ。きみ、わかるかい。ニコラ博士は、宝石や美術品をねらっているんだぜ。そして、まず、ぼくたちのかえ玉をつくって、人間の入れかえをやったんだ。このつぎに、あいつがなにをやるか、ぼくには、わかっているよ。ああ、おそろしいことだ。はやくだれかに知らせなければ、とりかえしのつかないことになる。」
白井保少年は、おりの鉄棒にしがみついて、じだんだをふまんばかりでした。