← Library‹ 怪人二十面相 名探偵明智小五郎

ネズミ色いろのトンビに身みをつつんだ、小こがらの左門さもん老人ろうじんが、長ながい坂道さかみちをチョコチョコと走はしらんばかりにして、富士ふじ屋や旅館りょかんについたのは、もう午後ごご一いち時じごろでした。

「明智あけち小五郎こごろう先生せんせいは?」

とたずねますと、裏うらの谷川たにがわへ魚釣うおつりに出でかけられましたとの答こたえ。そこで、女中じょちゅうを案内あんないにたのんで、またテクテクと、谷川たにがわへおりていかなければなりませんでした。

クマザサなどのしげった、あぶない道みちを通とおって、深ふかい谷間たにまにおりると、美うつくしい水みずがせせらぎの音おとをたてて流ながれていました。

流ながれのところどころに、飛とび石いしのように、大おおきな岩いわが頭あたまを出だしています。そのいちばん大おおきな平たいらな岩いわの上うえに、どてら姿すがたのひとりの男おとこが、背せをまるくして、たれた釣つりざおの先さきをじっと見みつめています。

「あの方ほうが、明智あけち先生せんせいでございます。」

女中じょちゅうが先さきにたって、岩いわの上うえをピョイピョイととびながら、その男おとこのそばへ近ちかづいていきました。

「先生せんせい、あの、このお方かたが、先生せんせいにお目めにかかりたいといって、わざわざ遠方えんぽうからおいでなさいましたのですが。」

その声こえに、どてら姿すがたの男おとこは、うるさそうにこちらをふりむいて、

「大おおきな声こえをしちゃいけない。さかなが逃にげてしまうじゃないか。」

としかりつけました。

モジャモジャにみだれた頭髪とうはつ、するどい目め、どちらかといえば青白あおじろい引ひきしまった顔かお、高たかい鼻はな、ひげはなくて、キッと力ちからのこもったくちびる、写真しゃしんで見みおぼえのある明智あけち名めい探偵たんていにちがいありません。

「あたしはこういうものですが。」

左門さもん老人ろうじんは名刺めいしをさしだしながら、

「先生せんせいにおりいっておねがいがあっておたずねしたのですが。」

と、小腰こごしをかがめました。

すると明智あけち探偵たんていは、名刺めいしを受うけとることは受うけとりましたが、よく見みもしないで、さもめんどうくさそうに、

「ああ、そうですか。で、どんなご用ようですか。」

といいながら、また釣つりざおの先さきへ気きをとられています。

老人ろうじんは女中じょちゅうに先さきへ帰かえるようにいいつけて、そのうしろ姿すがたを見みおくってから、

「先生せんせい、じつはきょう、こんな手紙てがみを受うけとったのです。」

と、ふところから例れいの、二十にじゅう面相めんそうの予告よこく状じょうをとりだして、釣つりざおばかり見みている探偵たんていの顔かおの前まえへ、つきだしました。

「ああ、また逃にげられてしまった……。こまりますねえ、そんなに釣つりのじゃまをなすっちゃ。手紙てがみですって? いったいその手紙てがみが、ぼくにどんな関係かんけいがあるとおっしゃるのです。」

明智あけちはあくまでぶあいそうです。

「先生せんせいは二十にじゅう面相めんそうと呼よばれている賊ぞくをごぞんじないのですかな。」

左門さもん老人ろうじんは、少々しょうしょうむかっ腹ぱらをたてて、するどくいいはなちました。

「ホウ、二十にじゅう面相めんそうですか。二十にじゅう面相めんそうが手紙てがみをよこしたとおっしゃるのですか。」

名めい探偵たんていはいっこうおどろくようすもなく、あいかわらず釣つりざおの先さきを見みつめているのです。

そこで、老人ろうじんはしかたなく、怪盗かいとうの予告よこく状じょうを、自分じぶんで読よみあげ、日下部くさかべ家かの「お城しろ」にどのような宝物たからものが秘蔵ひぞうされているかを、くわしく物語ものがたりました。

「ああ、あなたが、あの奇妙きみょうなお城しろのご主人しゅじんでしたか。」

明智あけちはやっと興味きょうみをひかれたらしく、老人ろうじんのほうへ向むきなおりました。

「はい、そうです。あの古名こめい画が類るいは、わしの命いのちにもかえがたい宝物たからものです。明智あけち先生せんせい、どうかこの老人ろうじんを助たすけてください。おねがいです。」

「で、ぼくにどうしろとおっしゃるのですか。」

「すぐに、わたしの宅たくまでおこしねがいたいのです。そして、わしの宝物たからものを守まもっていただきたいのです。」

「警察けいさつへおとどけになりましたか。ぼくなんかにお話はなしになるよりも、まず、警察けいさつの保護ほごをねがうのが順序じゅんじょだと思おもいますが。」

「いや、それがですて、こう申もうしちゃなんだが、わしは警察けいさつよりも先生せんせいをたよりにしておるのです。二十にじゅう面相めんそうを向むこうにまわして、ひけをとらぬ探偵たんていさんは、先生せんせいのほかにないということを、わしは信しんじておるのです。

それに、ここには小ちいさい警察けいさつ分署ぶんしょしかありませんから、腕うでききの刑事けいじを呼よぶにしたって、時間じかんがかかるのです。なにしろ二十にじゅう面相めんそうは、今夜こんやわしのところをおそうというのですからね。ゆっくりはしておられません。

ちょうどその日ひに、先生せんせいがこの温泉おんせんに来きておられるなんて、まったく神かみさまのおひきあわせと申もうすものです。先生せんせい、老人ろうじんが一生しょうのおねがいです。どうかわしを助たすけてください。」

左門さもん老人ろうじんは、手てをあわさんばかりにして、かきくどくのです。

「それほどにおっしゃるなら、ともかくおひきうけしましょう。二十にじゅう面相めんそうはぼくにとっても敵てきです。早はやくあらわれてくれるのを、待まちかねていたほどです。

では、ごいっしょにまいりましょうか、そのまえに、いちおうは警察けいさつとも打うちあわせをしておかなければなりません。宿やどへ帰かえってぼくから電話でんわをかけましょう。そして、まんいちの用意よういに、二に―三さん人にん刑事けいじの応援おうえんをたのむことにしましょう。あなたは一足いっそく先さきへお帰かえりください。ぼくは刑事けいじといっしょに、すぐかけつけます。」

明智あけちの口調くちょうは、にわかに熱ねつをおびてきました。もう釣つりざおなんか見向みむきもしないのです。

「ありがとう、ありがとう。これでわしも百ひゃく万まんの味方みかたをえた思おもいです。」

老人ろうじんは胸むねをなでおろしながら、くりかえしくりかえし、お礼れいをいうのでした。

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