← Library‹ 透明怪人 のろいの影

それからすこしたって、明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょの、広ひろい応接おうせつ間かんに、明智あけち夫人ふじん文代ふみよさんをかこんで、中村なかむら係かかり長ちょう、黒川くろかわ記者きしゃ、小林こばやし少年しょうねんの三さん人にんが、思おもいおもいのイスにこしかけていました。その応接おうせつ間かんは、道路どうろに面めんした一いち階かいにあるので、窓まどのカーテンをしめ、電灯でんとうも大おおきな電気でんきスタンドだけにして、わざと、部屋へやの中なかをうすぐらくしてあるのです。文代ふみよさんは、丸まるテーブルによりかかるようにして、なにか話はなしています。

「さっき、お電話でんわがあってから、わたくし、明智あけちをおくった自動じどう車しゃの運転うんてん手しゅを、ここへ呼よんで、話はなしをきいたのですが、明智あけちがつれさられたことは、もう、うたがいありません。そのとき通とおりかかったタクシーというのが、悪者わるものの自動じどう車しゃだったのです。」

そして、文代ふみよさんは、そのときのありさまを、くわしく話はなしました。

「その、あやしいタクシーの番号ばんごうは?」

中村なかむら係かかり長ちょうが口くちをはさみます。

「それが、ざんねんなことに、運転うんてん手しゅは自分じぶんの自動じどう車しゃの修理しゅうりに気きをとられて、番号ばんごうを見みなかったと言いうのです。」

「そうですか。とにかく、そのタクシーの色いろと型かたを、本庁ほんちょうへ知しらせて、全管下ぜんかんかに手配てはいさせます。」

係長かかりちょうは、すぐさま、卓上たくじょう電話でんわをとって、文代ふみよさんからタクシーの型かたと色いろを聞ききながら、テキパキと手配てはいの事務じむをすませました。そして、受話じゅわ器きをおいたときです。まちかまえていたように、電話でんわのベルがなりだしました。

小林こばやし少年しょうねんが、すばやく受話じゅわ器きをとって、耳みみにあてましたが、ちょっとあいての声こえをきいたかと思おもうと、小林こばやし君くんの顔色かおいろがサッとかわりました。そして、「へんな声こえです。聞きいてください。」と、受話じゅわ器きを中村なかむら係かかり長ちょうに、わたしました。

「オイオイ、何なんをグズグズしているんだ。文代ふみよ夫人ふじんはいないのか。文代ふみよさんに話はなしがあるんだ。」

みょうな、しわがれ声こえが、ぶさほうにどなっているのです。

「きみはいったいだれだね。」

中村なかむら係かかり長ちょうがしずかにたずねます。

「だれでもいい、文代ふみよさんがでれば、わかるんだ。早はやく文代ふみよさんをださないか。」

「きみの名なを言いわなければ、とりつぐわけにはいかんよ。名なをなのりたまえ。」

「そう言いうきみこそ、だれだ。明智あけち事務じむ所しょには、いま男おとこはいないはずだが。」

「ぼくは警視けいし庁ちょうの中村なかむらだ。さっき道化どうけ師しのサンドイッチ・マンにもお目めにかかった。おどかしの手紙てがみもたしかに見みたよ。」

「ウハハハ……、中村なかむら鬼き係長かかりちょうか。透明とうめい怪人かいじんには、てこずっておるな。おれはその透明とうめい怪人かいじんのうみの親おやだよ。明智あけち名めい探偵たんてい先生せんせいも、おれにかかっては、子こどもみたいなもんじゃ。いま手術しゅじゅつ中ちゅうだよ。あすはすっかり透明とうめいになるはずだ。ところで、おつぎのばんじゃが、わしは文代ふみよさんときめた。だんなだけ透明とうめいにしておくさんをひとりぽっちでのこしておいては、気きのどくだからね。わかったかね。文代ふみよさんを、今晩こんばんのうちに、ちょうだいにゆく。鬼おに係かかり長ながどのが、いくらがんばっても、こちらは目めに見みえない透明とうめい人間にんげんを使つかうのだからね。とても、太刀たち打ちはできやしないぜ。それじゃ、文代ふみよさんによろしく。あばよ。おっと、まってくれ。きみがあわててしらべないでもいいように、おしえておくが、この電話でんわは渋谷しぶやの公衆こうしゅう電話でんわだよ。おれのかくれがから、まるではんたいの方角ほうがくまで、わざわざ電話でんわをかけにやってきたのさ。それじゃ、鬼おに係かかり長ちょうさん、あばよ。」

あいてはひとりで、しゃべって、そのまま電話でんわをきってしまいました。言いうまでもなく、れいの四角しかくメガネの怪かい老人ろうじんです。さすがの中村なかむら係かかり長ちょうも、思おもうままにしゃべりまくられたかたちで、くやしそうにくちびるをかみながら、受話じゅわ器きをおきました。

いよいよ、文代ふみよさんがねらわれていることがわかったので、それから、文代ふみよさんをまもる方法ほうほうについて、相談そうだんがはじまりました。それには、小林こばやし少年しょうねんがたえず文代ふみよさんのそばにつきそっていること、中村なかむら係かかり長ちょうも黒川くろかわ記者きしゃも、今夜こんやは明智あけち事務じむ所しょにとまること、そのほか、本庁ほんちょうから三さん名めいのうでききの刑事けいじを、電話でんわで呼よびよせ、家いえの中なかの見みはりにつかせること、また警察けいさつに電話でんわして、数すう名めいの巡査じゅんさに、探偵たんてい事務じむ所しょのまわりを、巡回じゅんかいさせること、などをとりきめ、それぞれ電話でんわをかけおわりました。

「おくさん、ごしんぱいなさることはありません。これだけ手配てはいをすれば、まずだいじょうぶですよ。それにわれわれ三さん人にんはあなたのそばを、はなれないようにして、かならずおまもりします。」

係長かかりちょうが言いいますと、きじょうな文代ふみよさんは、顔かおいろもかえないで、けなげにこたえました。

「ありがとうございます。これで、わたくしも、こころじょうぶですわ。でも、明智あけちをたすけださなければなりません。自分じぶんのことより、そのほうがしんぱいなのです。」

「それもわかっています。捜査そうさ本部ほんぶには、ぼくのほかにも、たくさんの係かかり長ちょうがいます。名めい刑事けいじがいます。それに東京とうきょうじゅうの警察けいさつ署しょが力ちからをあわせているのです。きっと助たすけだしますよ。」

中村なかむら係かかり長ちょうは文代ふみよさんをはげますようにつよく言いいきってみせるのでした。

そのときです。

カーテンをしめきった窓まどが、いなずまでもさしたように、パッとあかるくなりました。その窓まどはおもての道路どうろに面めんしているので、通とおりかかる自動じどう車しゃが、町まちかどをまがるときなどに、そのヘッド・ライトの光ひかりがあたって、そんなふうにあかるくなることがあるのです。文代ふみよさんも小林こばやし君くんも、そのヘッド・ライトの光ひかりだろうと、気きにもとめないでいましたが、どうしたわけか、まっ白しろな光ひかりは、窓まどを照てらしたまま、じっと動うごかないのです。

へんだなと思おもっていると、やがて、その白しろくなったカーテンの上うえに、なにかもうろうとした影かげが、うつってきました。

おお、またしても、あのおそろしい怪物かいぶつの影かげです。モジャモジャのかみの毛け、ワシのような鼻はな、三日月みかつきがたにひらいた大おおきな口くち、透明とうめい怪人かいじんの横顔よこがおです。怪物かいぶつのはだかの上うえ半身はんしんが、ふつうの人間にんげんの三さん倍ばいの大おおきさで、カーテンの上うえに、黒くろくうごめいているのです。

「エヘヘヘヘ……。」

ガラスのそとから、聞きこえてくる、うすきみの悪わるい、あざけりの笑わらい。

「ちくしょうッ。」

ガタンとイスの音おとがして、黒川くろかわ記者きしゃが立たちあがりました。そして、影かげのうつっているカーテンにむかって、弾丸だんがんのように飛とびかかってゆきました。

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