← Library‹ 透明怪人 奇々怪々

二に少年しょうねんは、よつんばいになると、石いしやれんがのゴロゴロした地面じめんを、ジリジリと用心ようじんぶかく、はいすすんで、やっと、怪かい紳士しんしの消きえた入いり口ぐちのようなところに、たどりつきました。

島田しまだ君くんは右みぎがわ、木下きのした君くんは左ひだりがわの、こわれたかべぎわに、身みをふせ、からだをかくして、れんがのこわれたあいだから、目めだけをだして、建物たてものの奥おくをのぞきました。ろう人形にんぎょうは、十じゅうメートルほどむこうのれんがのかべの前まえに、こちらをむいて、立たちはだかっていました。そして、ふしぎなことに、オーバーをぬぎ、上着うわぎをぬぎ、今いま、白しろいシャツまでぬごうとしているところです。

シャツのボタンが、ひきちぎれるように、一ひとつ一ひとつはずれてゆき、いちばん下したのボタンがはずれたかと思おもうと、白しろいシャツがフワッと宙ちゅうに浮ういて、地面じめんにおちました。

ああ、そのときの二に少年しょうねんのおどろきは、どんなだったでしょう。キャーッと悲鳴ひめいをあげたでしょうか。いや、悲鳴ひめいをあげることさえできなかったのです。ただもう、石いしになったように、からだがかたくなって、息いきもできないほどの、ふかいふかいおどろきでした。

怪かい紳士しんしは化ばけものだったのです。いや、化ばけものよりも、もっとおそろしいやつだったのです。

ぬぎさったシャツの下したに、何なんがあったと思おもいます? おそろしいものがあったのでしょうか。しかし、どれほどおそろしくても、何なんかがありさえすれば、こんなにもおどろきはしません。そこには、何なんもなかったのです。シャツの下したは、からっぽだったのです。

怪物かいぶつのろう人形にんぎょうのような顔かおは、ちゃんとあります。帽子ぼうしもまだ、かぶったままです。ところが、顔かおの下したには、首くびも、胸むねも、腹はらも、肩かたも、両手りょうても、何なんもないのです。そして、腰こしから下したは、ズボンをはいた二に本ほんの足あしがちゃんと、立たっているのです。顔かおとズボンの間あいだに、何なんもないことは、そこに、うしろのれんがが見みえているので、わかります。からだがあれば、そのうしろのれんがのかべは、見みえないはずです。

二に少年しょうねんは、自分じぶんたちのほうが、気きがちがったのではないかと思おもいました。夢ゆめを見みているのではないかとうたがいました。

ところが、そのつぎには、もっとおそろしいことが、おこったのです。

まず、怪物かいぶつのソフト帽ぼうが、目めに見みえない手てで、とりさられるように、スーッと頭あたまをはなれて地面じめんにほうりだされました。それから、二に本ほんの足あしはもとのところに立たったまま、あのろう面めんのような顔かおだけが、七十ななじゅうセンチも上うえのほうへ、持もちあげられたのです。そして、その高たかいところで、右みぎに左ひだりにフラフラゆれていたかと思おもうと、その首くびが、ポイとほうりだされたように、地面じめんにころがりました。つまり、怪かい紳士しんしは腰こしから下しただけが、のこって、上じょう半身はんしんは、何なんもなくなってしまったのです。

そればかりではありません。こんどは目めに見みえぬ手てが、ズボンをとりさろうとしています。バンドがはずれました。それから、ズボンのボタンが、一ひとつずつ、はずれていって、ズボンがグーッと下したのほうへ、おしさげられ、クシャクシャになったかと思おもうと、すっかり足あしからぬげてしまいました。そして、そのズボンの中なかも、からっぽだったのです。

あとには、二ふたつのクツだけが、のこっていました。そのクツが動うごくのです。目めに見みえぬ人間にんげんの足あしが、その中なかにはいっているように、コットリ、コットリと動うごくのです。それから、二ふたつのクツはいきなり宙ちゅうにういて、きちがいおどりをはじめました。しばらくおどっていたかと思おもうと、二ふたつとも、ポトリと地面じめんにおちて、死しんだように動うごかなくなりました。そして、二ふたつのクツ下したがクシャクシャになって、そこへほうりだされました。

怪物かいぶつはクツ下したまでぬいでしまったのです。頭あたまのてっぺんから、足あしのつまさきまで、何なんも身みにつけない、まっぱだかになったのです。そして、消きえてしまったのです。人間にんげんの目めには少すこしも見みえない、空気くうきのようなものになったのです。

すると、またしても、ふしぎなことがおこりました。そのへんに、ちらばっていたろう人形にんぎょうの首くび、帽子ぼうし、上着うわぎ、ズボン、シャツ、クツ、クツ下した、竹たけのステッキなどが、ひとりでに、スルスルと動うごいて、一いちヵ所かしょにあつまり、オーバーが、それらをグルグルとまきこんでしまいました。つまり、いっさいのものが、オーバーに包つつまれたのです。

その包つつみがスーッと、宙ちゅうに浮うきました。そして、うしろのれんがのかべにそって、右手みぎてのほうへ、動うごいてゆきます。そのかべのはずれに、人間にんげんひとり通とおりぬけられるほどの大おおきな穴あながあいていました。オーバーの包つつみは、宙ちゅうに浮ういたまま、その穴あなの中なかへ消きえてゆきました。

消きえたかと思おもうと、とつぜん、穴あなのそとから「ギャッ。」という、ふしぎなさけび声ごえがして、何なんか物もののぶっつかるような、はげしい音おとがきこえてきました。

それから、しばらく、あたりはシーンと、しずまりかえっていましたが、見みると、そのかべの穴あなから、ニューッと、ズボンをはいた足あしが出でて、やがて、ひとりの洋服ようふくを着きた男おとこがあらわれました。

少年しょうねんたちは、ろう人形にんぎょうの怪物かいぶつが、また洋服ようふくを着きて、もどってきたのかと、ギョッとしましたが、それは怪物かいぶつではなくて、さいぜんの第だい三さんの尾行びこう者しゃ、あの新聞しんぶん記者きしゃふうの紳士しんしでした。

「ウーム、うまく逃にげられてしまった。あいつ、なかなかたいした力ちからだぞ……。なあに、もう正体しょうたいを見みとどけたから、だいじょうぶだ。いまにきっと、ひっとらえてくれるから。」

紳士しんしは、そんなひとりごとを、つぶやいていましたが、れんがのかげに身みをふせているふたりの少年しょうねんのほうにむきなおると、

「きみたち、もうだいじょうぶだよ。出でてきたまえ。あいつは逃にげてしまった。」

と、大おおきな声こえで、呼よびかけました。

そう言いわれても、ふたりの少年しょうねんはあまりのおそろしさに、からだが石いしのようになり、身みうごきはもちろん、声こえをだすことさえできません。

「ハハハハ……、すっかり、おびえてしまったね。もうあいつは、やってきやしないよ。元気げんきをだして、出でてきたまえ。ぼくは化ばけものじゃない。ふつうの人間にんげんだよ。きみたちを、とって食くおうとは言いわないよ。ハハハ……。」

その快活かいかつな笑わらい声ごえに、二に少年しょうねんはやっと人ひとごこちがつきました。そして、やっこらさとおきあがって、からだの土つちをはらいながら、おずおずと、紳士しんしの前まえにちかづきました。

「きみたちは、あいつを尾行びこうしたんだね。感心かんしんだよ。じつはぼくも、きみたちのあとから、あいつを、つけてきたのさ。そして、この穴あなのそとにまちぶせして、あいつをつかまえてやろうと思おもったんだが、あいては目めに見みえない怪物かいぶつだからね、とうとう、とり逃のがしちゃった。」

そう言いって、また、カラカラと笑わらうのでした。まるでむかしの化ばけものたいじの勇士ゆうしのように、豪胆ごうたんな紳士しんしです。

「おじさん、あれは、いったい、なんなの?」

木下きのした君くんが、まっさおになって、まぶたから飛とびだしそうな、まんまるな目めをして、たずねました。

「おじさんにも、わからないね。化ばけものだよ。いま東京とうきょうじゅうをさわがせている、えたいのしれない怪物かいぶつだよ。」

「えッ、東京とうきょうじゅうをさわがせているって?」

「きみたちは、まだ知しらないだろうね。だが、あいつは、東京とうきょうのほうぼうにあらわれて、いたずらをしているんだよ。いや、いたずらばかりじゃない。大だいどろぼうをはたらいているんだよ。」

そう言いって、紳士しんしは、くわしい話はなしをはじめました。

それは、どんな話はなしだったでしょう。

まったく目めに見みえない、空気くうきのような、あの怪物かいぶつは、どこからやってきたのでしょう。人間にんげんなのでしょうか。われわれの、いままで少すこしも知しらなかった動物どうぶつなのでしょうか。それとも、遠とおい星ほしの国くにから、この地球ちきゅうへ飛とびこんできた、別べつ世界せかいの生いきものなのでしょうか。

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