← Library‹ 透明怪人 空気男

紳士しんしはことばをつづけました。

「あの化ばけもののことを、きみたちはまだ知しらないだろうね。ぼくは新聞しんぶん記者きしゃだから、よく知しっているんだよ。ぼくは東洋とうよう新聞しんぶんの記者きしゃなんだよ。このあいだから、あいつをつけているんだ。しかし、あいつは空気くうきみたいに目めに見みえないやつだから、いつも、うまくにげられてしまうんだよ。」

「ふしぎだなあ、あいつ、空気くうきみたいに、すきとおっているんだね。それで、やっぱり人間にんげんなの?」

「人間にんげんなんだよ。しかも、大だいどろぼうなんだよ。」

新聞しんぶん記者きしゃは、そう言いって、ちょっと考かんがえていましたが、ふたりの少年しょうねんの顔かおを見みくらべながら、

「きみたち、この近ちかくなのかい。ウン、そんなら、晩ばんごはんまでには、まだすこし時間じかんがあるだろうから、どこかそのへんで、お茶ちゃをのみながら、あいつのことを話はなしてあげよう。きみたちは、あのぶきみなやつを、勇敢ゆうかんに尾行びこうしてきたんだからね。この話はなしをきく資格しかくがあるよ。」

少年しょうねんたちは、むろん、それにさんせいしましたので、三さん人にんは原はらっぱから町まちのほうに出でて、一いちけんの小ちいさい喫茶きっさ店てんにはいりました。新聞しんぶん記者きしゃはコーヒーとケーキを命めいじ、それを少年しょうねんたちにすすめながら、つぎのような話はなしをはじめました。

ぼくが、あのふしぎな怪物かいぶつに気きづいたのは、いまから十とお日かほどまえのことだ。銀座ぎんざをあるいているとね、いきなりドーンと、ぼくのからだに、ぶっつかったやつがある。ぼくはヨロヨロとして、「おい、気きをつけたまえ。」とどなったんだが、見みるとあいてがいないんだよ。たしかに人間にんげんのからだが、ぼくにぶっつかったんだ。しかし、その人間にんげんがどこにもいないんだよ。

すると、ぼくのすぐうしろから、あるいていた、ふたりづれの女おんなの人ひとが、「あらッ。」と言いって、何なんかにつきとばされたように、よろめくのが見みえた。しかし、べつに、つきとばした人間にんげんのすがたは、見みえないのだよ。

ぼくは「へんだな。」と思おもって、立たちどまったまま、見みていると、女おんなの人ひとのうしろで、ひとりの若わかい男おとこが、またヨロヨロとした。そして、「やい、気きをつけろ。」とどなったが、だれもぶっつかった人間にんげんがいないので、ふしぎそうに、あたりを見みまわしている。

「まあ、きみがわるい。あれ、なんだったのでしょう。」

女おんなの人ひとはふたりとも、まっさおな顔かおになっていた。

「たしかに人間にんげんがぶっつかった。だが、なんにも見みえなかった。へんだなあ。」

若わかい男おとこも立たちどまって、キョロキョロしている。

そのとき、目めに見みえないやつにつきあたられた人ひとは、ほかにも、たくさんあった。みんなが立たちどまって、「ふしぎだ。」「ふしぎだ。」と言いいあった。どうして、そんなへんなことがおこったのか、だれにもわからなかった。しばらく、ガヤガヤ言いいあったあとで、そのままわかれてしまった。

ぼくはふと、「透明とうめい人間にんげん」という小説しょうせつのことを思おもいだした。イギリスのウェルズという人ひとが書かいた有名ゆうめいな小説しょうせつだよ。ある学者がくしゃが人間にんげんのからだのすきとおる薬くすりを発明はつめいした。それをのむと、からだが、まったく見みえなくなってしまうのだよ。今いま、ぼくたちにぶっつかったのは、その「透明とうめい人間にんげん」みたいなやつじゃないかと思おもうと、ぼくはなんだかゾーッとした。

しかし、「透明とうめい人間にんげん」は小説しょうせつなんだ。そんなつごうのいい薬くすりができるはずはない。目めに見みえない人間にんげんなんて、あるはずがない。ぼくは、自分じぶんのみょうな考かんがえをうちけして、そのままうちに帰かえった。

ところが、ところがだよ。それから二に―三さん日にちしてぼくはまた、じつにふしぎな出来事できごとにぶっつかった。そして、やっぱり、この東京とうきょうに「透明とうめい人間にんげん」がいるんだと、考かんがえないではいられなくなった。

きみたち、有楽町ゆうらくちょうのガードの下したに、クツみがきがならんでいるのを知しってるだろう。あのたくさんならんでいるところから、ずっとはなれて、ひとりぼっちで店みせを出だしている、十じゅう三さん―四よん歳さいの子こどものクツみがきがあった。その夕方ゆうがた、ぼくは町まちかどに立たって、友ともだちをまちあわせていた。そして、見みるともなく、少年しょうねんクツみがきのほうを、見みていたんだよ。

こわい顔かおの不良ふりょう青年せいねんみたいなやつが、クツをみがかせていた。クツみがきのかわいい少年しょうねんは、いっしょうけんめいにみがいて、青年せいねんのクツをピカピカに光ひからせた。すると青年せいねんはポケットに手てを入いれて、「こまかいのがないから、おつりをくれ。」と言いっているようだった。少年しょうねんは手てもとにおいてあったボール箱はこのふたをとって、その中なかにおしこんであるお金かねを、かぞえはじめた。箱はこの中なかには百ひゃく円えんさつや十じゅう円えんだまが、びっくりするほど、いっぱいにつまっていた。

青年せいねんは横目よこめでそのボール箱はこを見みていたが、いきなり手てをのばすと、それをひったくって、中なかのお金かねをわしづかみにして、ポケットにおしこんだ。そして、からになったボール箱はこをポイと地面じめんにほうりだすと、そのままたちさろうとした。少年しょうねんは泣なきそうな顔かおになって、青年せいねんにすがりついていった。だが、力ちからの強つよい不良ふりょう青年せいねんにかなうはずがない。つきとばされて、しりもちをつき、べそをかいていた。

そのときだよ。そのとき、じつにふしぎなことがおこった。不良ふりょう青年せいねんが、何なんかにぶっつかったようによろめいて、「アッ。」と声こえをたてた。そして、顔かおをまっかにして、ひとりずもうをはじめた。あいてもいないのに、ひとりで大だい格闘かくとうをやりだしたんだよ。

ぼくは、この青年せいねんは気きちがいになったのかと思おもった。「うぬ。」「こんちくしょう。」などと、うなりながら、ひとりで、めちゃくちゃに、あばれているんだからね。ふたり、三さん人にんと人ひとびとが立たちはじめた。みんなびっくりして、ながめている。だれも青年せいねんをとりしずめようとするものはない。だが、大おおきな人ひとだかりができるまえに、ひとりずもうの勝負しょうぶがついてしまった。青年せいねんはいやというほど、地面じめんに投なげつけられて、のびてしまったんだよ。

だれに、投なげつけられたかって? 目めに見みえないあいてにだよ。空気くうきのようなやつにだよ。わかったかい。不良ふりょう青年せいねんは透明とうめい人間にんげんと格闘かくとうしていたんだ。

青年せいねんがのびてしまうとね、ズボンのポケットのへんが、モヤモヤと動うごいたかと思おもうと、そこにおしこんであった、お金かねのかたまりが、ひとりで、とびだして、スーッと宙ちゅうを浮ういていった。そして、少年しょうねんクツみがきのボール箱はこの中なかへ、もとのとおりに、はいってしまった。それから、その箱はこがまた、ひとりで動うごきだして、しりもちをついている少年しょうねんのひざの上うえに、チョコンとのせられた。

ぼくはそのとき、たしかに見みた。ボーッともやのように、人間にんげんのかたちをしたものが、動うごいているのを見みた。そのもやのようなやつが、青年せいねんのポケットから、お金かねをとりもどして、少年しょうねんのボール箱はこの中なかへいれてやったのだ。青年せいねんを投なげたおしたのも、むろん、そのもやのようなやつだ。

空気くうき男おとこ――ぼくはこの透明とうめい人間にんげんを空気くうき男おとこと呼よんでいるんだがね、その空気くうき男おとこは、大だいどろぼうだけれど、いっぽうでは、こういういいこともするんだね。ふざけているんだよ。そして、世間せけんの人ひとをアッと言いわせて、よろこんでいるんだね。

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