← Library‹ 透明怪人 デパートの怪

新聞しんぶん記者きしゃがくれた名刺めいしには、「東洋とうよう新聞しんぶん社しゃ、社会しゃかい部ぶ、黒川勝一くろかわかついち」と印刷いんさつしてありました。黒川くろかわ記者きしゃは、少年しょうねんたちにわかれるとき、ふたりの住所じゅうしょ姓名せいめいを聞きいて、手帳てちょうに書かきとめました。

そのよく日ひの東洋とうよう新聞しんぶんは、黒川くろかわ記者きしゃがいったとおり、社会しゃかい面めんの大だい部分ぶぶんが、きのうの記事きじでうずめられ、島田しまだ、木下きね二に少年しょうねんの写真しゃしんが大おおきくのり、ろう仮面かめんの尾行びこうから、洋館ようかんのかべの中なかで、仮面かめんをぬぎ、服ふくをぬいで、消きえてしまうまでのことが、地図ちずまでいれて、くわしく報ほうぜられました。

その日ひは、東京とうきょうじゅう、どこへ行いっても、人ひとの集あつまるところでは、おそろしい空気くうき男おとこのうわさで、もちきりでした。科学かがくでは説明せつめいのできないことが、おこったのです。まったく目めに見みえない透明とうめいな人間にんげんが、東京とうきょうのどこかに、かくれているのです。あいては空気くうきのようなやつですから、少すこしもゆだんができません。そんなふうに人ひとが集あつまって、うわさをしているすぐそばに、あの空気くうき男おとこが、ニヤニヤ笑わらいながら、立たち聞ぎきしているかもしれないのです。

東京とうきょうじゅうの宝石ほうせき商しょうが、ガラスだなやショーウィンドーに錠じょうまえをとりつけました。美術びじゅつ店てんや骨董こっとう屋やのショーウィンドーには、高価こうかな品物しなものが見みえなくなりました。みんなどこかへ、かくしてしまったのです。

いちばんこまったのは、銀行ぎんこうでした。目めに見みえないやつが、いつはいってくるか、わからないからです。そして、現金げんきん出納係すいとうがかりの机つくえの上うえにおいてある、さつたばを、スーッと持もっていかれるかもしれないからです。千せん円えんさつで百ひゃく万まん円えんぐらいは、片手かたてで持もてるほどの大おおきさです。空気くうき男おとこが両手りょうてでかかえたら、何千なんぜん万まん円えんだって、持もってゆけるのです。

しかし、あの新聞しんぶん記事きじが出でてから、一いち週間しゅうかんほどは、何なにごともなく、すぎさりました。人々ひとびとは「あれはうそだったのじゃないか。」と考かんがえるようになりました。「いくらなんでも、空気くうきのようにすきとおった人間にんげんなんて、あるはずがない。東洋とうよう新聞しんぶんの記者きしゃや、あのふたりの少年しょうねんは、キツネにでも、化ばかされたのだろう。そうでなければ、新聞しんぶんの読者どくしゃをふやすために、でたらめを書かいたのだろう。」と考かんがえるようになりました。

ところが、そうではなかったのです。空気くうき男おとこは、こんどは、だれも思おもいもよらないような場所ばしょへ、ヒョッコリすがたをあらわしました。

それは日曜にちよう日ひのことでした。木下きのした少年しょうねんは、おかあさんといっしょに、日本橋にほんばしのデパートへ出でかけました。おかあさんが洋服ようふく地ちをお買かいになる、おともでした。木下きのした君くんは洋服ようふく地ちなんかおもしろくなかったけれど、おかあさんを書籍しょせき部ぶへひっぱっていって、本ほんをねだる下心したごころだったのです。

はやくうちを出でたので、木下きのした君くんたちがデパートについたときには、正面しょうめんの大戸おおどがひらかれて、まもなくでした。ひろい店内てんないには、まだ人影ひとかげがまばらにチラホラしているばかりです。エレベーターにも、らくらくとのれました。ふたりは三さん階かいでおりて、洋服ようふく地ち売場うりばへいそぎました。

いろいろな色いろのラシャが、滝たきのように、かけならべてある陳列ちんれつ台だいのなかほどに、まるい舞台ぶたいのようなものが、できていて、その上うえに、さまざまの洋服ようふくをきた、男おとこや女おんなや子こどもの人形にんぎょうが、うつくしくならんでいました。その人形にんぎょうたちは、鼻はなが高たかくて、目めが大おおきくて、まるで西洋せいよう人にんのようでしたが、はだの色いろはキツネ色いろで、やっぱり日本にっぽん人にんにちがいないのです。

人形にんぎょうの台だいのまわりには、まだ五ご―六ろく人にんの客きゃくがいるばかりでした。木下きのした君くんとおかあさんとは、人形にんぎょうのきている服ふくの色いろやかたちを見みながら、まるい台だいのまわりを、ゆっくりあるいてゆきました。

木下きのした少年しょうねんは、洋服ようふくを見みたって、ちっともおもしろくないので、人形にんぎょうの顔かおばかり、ながめていましたが、すると、ハッとするようなものに、気きづきました。人形にんぎょうの中なかに、一ひとつだけ顔かおのちがったのがあるのです。ほかのはみな、キツネ色いろをした日本にっぽん人にんの顔かおなのに、その一ひとつだけは、まっ白しろなはだに、うすく赤あかみのさした、西洋せいよう人にんの男おとこの顔かおだったのです。しかも、それは、ほかの人形にんぎょうとはちがって、すきとおるような、ろうでできていたのです。

木下きのした君くんは、思おもわず立たちどまって、じっとその人形にんぎょうをみつめました。それは形かたちのよい燕尾服えんびふくを着きていました。服装ふくそうはまったくちがいます。しかし、あの顔かおは、おお、そっくりです。骨董こっとう屋やのショーウィンドーをのぞいていた、あのろう人形にんぎょうと、そっくりなのです。

木下きのした君くんの両方りょうほうの目めが、まんまるにひらいて、いまにも、まぶたからとびだしそうになりました。

背広せびろを着きたひとりの店員てんいんが、木下きのした少年しょうねんのそばを通とおりかかりました。少年しょうねんは思おもわずその人ひとのそでをつかみました。店員てんいんは立たちどまって、少年しょうねんの顔かおを見みましたが、そのまんまるな目めに気きづくと、ギョッとして、キョロキョロと人形にんぎょうのほうをながめました。

「おじさん、あの西洋せいよう人にんのようなろう人形にんぎょうね。どうして目めがないの? 目めがなくて、黒くろい穴あながあいているの?」

木下きのした君くんが、ささやくように言いいました。店員てんいんはその人形にんぎょうを見みると、アッと、小ちいさいさけび声ごえをたてました。こんな目めのないろう人形にんぎょうは、きのうまで、そこにいなかったからです。このデパートには、ほんとうのろう人形にんぎょうは、一ひとつもないはずだったからです。

その店員てんいんは、むこうにいたもうひとりの店員てんいんを、手てまねきしました。そして、ふたりは、何なんか小声こごえで話はなしあっていましたが、やがて、ひとりが舞台ぶたいのような台だいの上うえにのぼって、人形にんぎょうのほうに、近ちかづこうとしました。しかし、店員てんいんは、そのまま一いち歩ほも進すすむことができないで、まるで自分じぶんが人形にんぎょうにでもなったように、たちすくんでしまいました。燕尾えんび服ふくをきたろう人形にんぎょうが、身みうごきをしたからです。

アッというさけび声ごえ、ガタンという物音ものおと、女おんなの人形にんぎょうが二ふたつ、大おおきな音おとをたてて、たおれました。ろう人形にんぎょうがかけだしたのです。そして、そのみちに立たちふさがっていた人形にんぎょうが、たおされたのです。

ろう人形にんぎょうは、おそろしいいきおいで、台だいの上うえから、とびおりると、燕尾えんび服ふくのしっぽを、ヒラヒラとひるがえして、木下きのした君くんの前まえを、かけぬけ、むこうへ走はしっていきます。そこにあつまっていた客きゃくのあいだから、ワーッというような声こえが、おこりました。やっと気きをとりなおしたふたりの店員てんいんは、何なんかわけのわからぬ、さけび声ごえをたてて、人形にんぎょうのあとを追おいました。

怪物かいぶつは通路つうろを右みぎに左ひだりにまがりながら、ひじょうな早はやさで走はしっていきます。だれもとめるものはありません。ろう人形にんぎょうの顔かおを一目ひとめみると、あまりのおそろしさに、みな逃にげだしてしまうのです。

怪物かいぶつは、きちがいのように、走はしりに走はしって、店員てんいん専用せんようの、せまい階段かいだんに、すがたを消けしました。追手おっての店員てんいんの数かずは、七なな―八はち人にんにふえています。店員てんいんたちは、せまい階段かいだんを、おしあうようにして、口々くちぐちに、何なんかわめきながら、かけおりていきました。

二に階かい、一いち階かい、地階ちかいと、三みつの階段かいだんを、すべるように、かけくだって、怪物かいぶつは、一いち本ほんみちの廊下ろうかを、倉庫そうこのほうへ走はしっていきます。行いくてに一ひとつのドアがありました。それをひらくほかはありません。うしろには、おおぜいの店員てんいんがつめかけているのです。怪物かいぶつは、いきなり、そのドアをひらいて、中なかにとびこんでいきました。

「しめたッ。袋ふくろのねずみだ。」

まっさきに走はしっていた、力ちからの強つよそうな店員てんいんが、さけびました。そして、ドアにとびつくと、バタンとそれをしめて、むこうから、おしても、ひらかないように、もたれかかりました。

「もうだいじょうぶだ。入いり口ぐちはここ一ひとつしかないし、窓まどにはみんな、鉄てつごうしがはまっている、あいつは袋ふくろのねずみだ。だれか、早はやく警察けいさつへ電話でんわをかけてくれたまえ。」

「よし、ぼくが電話でんわをかけてくる。逃にがすんじゃないぜ。」

ひとりの店員てんいんがかけだしていきました。残のこった人々ひとびとは、ドアの前まえにあつまって、げんじゅうな警戒けいかい線せんをしきました。

ろう仮面かめんの怪物かいぶつは、ふかくにも、出口でぐちのない、ゆきどまりの部屋へやへ、とびこんでしまったのです。いくら空気くうき男おとこでも、窓まどの鉄てつごうしのすきまから、逃にげだすことはできません。幽霊ゆうれいではないからです。目めには見みえなくても、からだはあるからです。

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