さて、その夜の八時ごろのことでした。しょさいにとじこもっている木村さんのところへ、どこからか電話がかかってきました。
木村さんは、その電話を聞くと、顔色をかえて、ガチャンと受話きをかけ、あわてて、よびりんをおすのでした。
けたたましいベルの音に、ふたりの書生がかけつけました。
「はい、なにかご用ですか」
「すぐに、明智たんていじむ所の人をよんでくれ。二十めんそうだ」
「えっ、二十めんそうが……」
「二十めんそうが、電話をかけてきたのだ。早くよんでくれ」
書生が、急いで、明智たんていのぶかの、ふたりの男をつれてきました。
「木村さん、二十めんそうから電話がかかったそうですが」
ぶかのひとりが、いきせき切って、たずねました。
「そうです。あいつからかかってきたのです」
「どんなことをいってきたのですか」
「今夜、わたしのほうせきを取りに来るというのです」
「えっ、今夜、ほうせきを」
「そうです。わたしのほうせきは、ぜんぶ、ほうせきばこにおさめて、そこの金庫に入れてあります。それを、今夜の十時きっかりに、ぬすみ出してみせるというのです」
「そんなばかな。そんなことができるはずはありません。わたしたちがふたり、書生さんがふたり、うんてん手の栗田くん、それに、木村さんをくわえて六人です。六人が、このへやでがんばって見はっていれば、いくら、かいじん二十めんそうでも、ぬすみ出せるわけがありません」
「わたしも、電話で、そういってやったのです。すると、二十めんそうはせせらわらいました。そして、見はりが多ければ多いほど、おもしろい。いくら見はっていても、かならずぬすみ出してみせるといって、電話を切ってしまいました。まほう使いのようなやつですから、ゆだんできません」
木村さんは、青ざめた顔で、心配そうにいうのでした。
それから、六人の見はりが始まりました。だれも、へやを出るものはありません。六人とも、いすにかけて、じっと金庫を見つめています。
まどは、ぜんぶしめて、かけ金をかけ、二つのドアも、げんじゅうにしめて、中からかぎをかけてしまいました。
「しかし、木村さん。ほうせきは、たしかに金庫の中にはいっているのですか。もう、とっくに、ぬすまれているのではありませんか」
明智たんていのぶかが、うたがわしげにいいました。
「ねんのために、しらべてみましょう」
木村さんは、そういって、かぎで金庫を開き、金色のほうせきばこを取り出して、テーブルの上におきました。
「はこはあっても、中のものがなくなっているかもしれません。開いてみます」
木村さんが、ほうせきばこを開くと、その中の黒いビロードのぬのの上に、首かざり・うでわ・指わ・耳かざりなどにちりばめた、ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド、そのほか、あらゆるほうせきが、きらきらとかがやいているのでした。
「一つもなくなってはいません。では、元のように、金庫の中におさめます」
木村さんは、ほうせきばこのふたをしめ、それを金庫の中にしまって、かぎをかけました。
そして、また、六人は、じっと金庫を見つめていましたが、やがて九時になり、九時半になり、九時五十分となり、とうとう十時になりました。
「いま、ちょうど十時です。二十めんそうは、やって来ませんでしたね。もう、だいじょうぶです」
明智たんていのぶかがいいますと、
「いや、まだ安心はできません。あい手は、まほう使いですからね。ひとつ、金庫を開いて、あらためてみましょう」
木村さんは、そういうと、金庫の前へ行って、かぎで、とびらを開き、金色のほうせきばこをテーブルの上に持ってきて、そのふたを開きました。
「あっ」
みんなの口から、おどろきのさけび声が、ほとばしりました。
ごらんなさい。――ほうせきばこの中は、すっかりからっぽになっているではありませんか。ああ、これは、いったい、どうしたというのでしょう。