← Library‹ ふしぎな人 12 ふしぎなろうじん

木村きむらさんのうちの近ちかくに、こうしゅう電話でんわが立たっていました。そこは、やしき町まちと、しょうてんがい(店みせのたくさんある町まち)とのさかい目めになっているのです。

もう、夜よふけでしたから、町まちは、ひっそりとして、人通ひとどおりもないように見みえましたが、その暗くらい町まちを、コツコツと、くつ音おとをたてて、ひとりの大学だいがく生せいが歩あるいてきました。

ふと、大学だいがく生せいは、びっくりしたように立たち止どまりました。そして、いきなり、いま来きた方向ほうこうへかけだしました。おそろしいものを見みたからです。

向むこうの大おおきなやしきのコンクリートべいから、ぴょいと、地面じめんへとびおりたものがあったからです。それが、思おもいもかけない、一いちぴきの大おおきなとらだったからです。

とらは、地面じめんにとびおりると、あたりを見回みまわしてから、こうしゅう電話でんわの方ほうへ、のそのそと歩あるいていきました。

そして、あと足あしで、ぬうっと立たちあがると、こうしゅう電話でんわのドアを開ひらいて、中なかへはいってしまいました。

大学だいがく生せいは、三十さんじゅうメートルほどにげ、町まちかどに身みをかくして、それをのぞいていましたが、東京とうきょうの町まちの中なかへとらがあらわれるなんて、まったくしんじられないことですから、自分じぶんの目めがどうかしたのではないかと、うたがいました。

こうしゅう電話でんわに近ちかづいて、たしかめてみればいいのですが、そんなゆうきはありません。近ちかくの交番こうばんにかけつけて、このことを知しらせるほかはないと思おもいました。

すると、そのとき、木村きむらさんの門もんの中なかから、四、五しご人にんの人ひとが、あわただしくかけ出だしてきました。

明智あけちたんていのぶかや、書生しょせいたちが、にわににげたとらをさがし回まわったすえ、門もんの外そとへ出でてきたのです。

大学だいがく生せいは、その人ひとたちを見みると、「あっ、あぶないっ」

と思おもいました。とらにおそわれたらたいへんです。そこで、ゆうきを出だして、みんなの方ほうへ走はしっていき、息いきを切きらせながら、とらのことを話はなしました。

「えっ、こうしゅう電話でんわですって」

「ええ、たしかに、あの中なかへはいりました」

「それじゃあ、外そとからドアをおさえてしまえばだいじょうぶだ。そして、こうしゅう電話でんわをぐるぐるまきにすれば、おりにとじこめたようなものだ」

明智あけちたんていのぶかたちは、そんなことをいいながら、だいたんに、こうしゅう電話でんわの方ほうへ近ちかづいていくのでした。

けれども、みんなが、おずおずとこうしゅう電話でんわのそばへ来きたときです。こうしゅう電話でんわのドアが、中なかから、ぱっと開ひらきました。

みんなは、あっといって、にげだしそうになりましたが、ドアをあけて出でてきたのは、とらではなくて、ひとりの、しわだらけのおじいさんでした。めがねをかけ、長ながい白しろひげをはやし、古ふるいかたのせびろを着きた、弱々よわよわしいおじいさんでした。

大学だいがく生せいはびっくりしました。このおじいさんは、よく、とらに食くわれなかったものだと思おもいました。

明智あけちたんていのぶかは、あっけにとられながらも、おじいさんの出でたあとのこうしゅう電話でんわの中なかを、そっとのぞいてみました。けれども、ふしぎなことに、その中なかはからっぽでした。大学だいがく生せいのいったようなとらのすがたなど、どこにも見みえないのでした。

白しろひげのおじいさんは、うろたえているみんなの顔かおを見回みまわして、にやにやとわらいました。そして、ひょっこりひょっこりと、みょうな歩あるき方かたで、向むこうへ立たち去さってしまいました。

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