かいじん四十めんそうは、夜の東京港で、水上けいさつのモーターボートの上から、海の中にとびこんで、そのままゆくえ知れずになってしまいました。
かいじん四十めんそうのもとの名は、かいじん二十めんそうです。あるとき、自分は、二十どころではなく、四十ものちがった顔をもっている、四十人のまったくちがった人に化けることができるというので、四十めんそうと名まえをかえたのですが、世間には、二十めんそうのほうが、よく知られていますので、このお話では、二十めんそうの名でよぶことにしましょう。
さて、この二十めんそうは、いったいどこへかくれてしまったのでしょう。二十めんそうほどのやつですから、海でおぼれ死んだはずはありません。どこかへおよぎ着いて、身をかくしたにちがいないのです。
しかし、二十めんそうにつれ出された、木村たけしくんときみ子ちゃんが、ぶじに帰ってきましたので、木村さんのおうちでは、おとうさんもおかあさんも、大よろこびです。
「たけしも、きみ子も、ずいぶんおそろしいめに会ったね。だが、もうだいじょうぶだよ。二十めんそうは、どこかへかくれてしまって、二度とこの家にはやって来ないだろうからね」
たけしくんときみ子ちゃんのおとうさんの木村さんは、ふたりの頭をなでながら、にこにこしていうのでした。
「こわかったよ。でも、おもしろかったね、きみちゃん。ヘリコプターに乗ったし、モーターボートに乗ったし……。モーターボートは、はやかったねえ。さあっと水を切って走るんだよ。あんまりはやいので、ぼく、もうすこしで、気が遠くなりそうだった」
「でも、わたし、おそろしかったわ。もうむちゅうで、なにがなんだか、わからなかったわ」
きみ子ちゃんは、おびえた顔でいうのでした。
「そうだろう、そうだろう。ほんとうにひどいめに会ったね」
木村さんは、かわいいきみ子ちゃんをだきしめて、なぐさめてくださるのでした。
☆ ☆
それから一月ほどたったあるばんのこと、名たんてい明智小五郎から、木村さんに、電話がかかってきました。
「しきゅう、お話ししたいことがありますので、わたしのじむ所まで、おいでねがえませんか。こちらからうかがうといいのですが、ちょっと、わけがあって、じむ所をはなれることができないのです」
木村さんは、それを聞くと、すぐに自動車の用意をめいじました。明智たんていは、たけしくんときみ子ちゃんを助けてくれた大おんじんですから、来てくれといわれれば、いやとはいえないのです。
自動車は、自家用車です。うんてん手は、まだおよめさんのないひとり者で、木村さんの家に住みこんでいたのですが、つい四、五日前、国の親が病気だといってひまを取って帰ってしまいましたので、新しいうんてん手をやとったばかりでした。
この新しいうんてん手も、二十八さいのひとり者で、やっぱり、木村さんの家に住みこんでいるのです。名まえは、栗田というのでした。
木村さんは、その栗田のうんてんする車に乗って、急いで、明智たんていじむ所へ出かけていきましたが、二時間ほどすると、もどってきました。そのときは、もう、夜の十一時でした。
たけしくんや、きみ子ちゃんは、とっくにねてしまいましたが、おかあさんが、書生といっしょに出むかえて、心配そうに、木村さんにたずねました。
「あなた、どんな用でしたの。もしや、二十めんそうが……」
「うん、そうだよ。二十めんそうが、またなにかたくらんでいるらしいのだ。それについて、明智さんから、うちのほうせきを用心するようにと、いろいろ、細かい注意をされてきたのだ。いやなことだな。なんという、しゅうねん深いやつだろう」
おかあさんの顔が、さっと青くなりました。ああ、また、あのおそろしいやつがやって来るのかと思うと、からだがふるえだしてくるのでした。