← Library‹ 青べか物語 土堤の冬

外そとは雨あめ、私わたくしは机つくえに向むかっていた。机つくえの上うえには書かきかけの原稿げんこうがあり、私わたくしは小ちいさな火鉢ひばちにかじりついたまま、不ふ自然しぜんな姿勢しせいで、原稿げんこうの文字もじをぼんやりと眺ながめていた。

寒さむさのきびしい夜よるで、火鉢ひばちを抱かかえているのに、膝ひざや足あしの指先ゆびさきは痛いたいほどこごえ、不ふ自然しぜんな姿勢しせいを動うごかすこともできず、背中せなかは氷こおりの板いたのように冷つめたく硬こわばっていた。――私わたくしは浦島うらしま物語ものがたりのパロディをこころみていたのだ。共産きょうさん主義しゅぎのドグマに挑いどんだ主題しゅだいで、最小さいしょう限度げんどにでも頭脳ずのうと胃袋いぶくろと生殖せいしょく器きの能力のうりょくが均一きんいつでなければ、公平こうへいなる分配ぶんぱいと所得しょとくはあり得えない、ということを、五ご幕まくの喜劇きげきに組立くみたてたものであった。私わたくしはその主題しゅだいの大おおきさと真理しんりをするどく把握はあくしていることに昂奮こうふんし、精神せいしんの力ちからづよい高揚こうようをたのしんでいた。だがその反面はんめん、ふところが極度きょくどにさみしいこと、いそいで少女しょうじょ小説しょうせつか童話どうわを書かいて、どこかの編集へんしゅう所しょに駆かけ込こまなければならない、というさし迫せまった問題もんだいで、気分きぶんは苦くが苦くがしくふさがれていた。――書かきかけの原稿げんこうは第だい四よん幕まくのクライマックスで、一人ひとりの逞たくましい美び青年せいねんが台だいの上うえに半裸はんらで立たち、下したにいる青年せいねんや乙女おとめたちに、いさましく叫さけびかけているところだった。

青年せいねんA (胸むねを叩たたき両手りょうてを高たかくあげて絶叫ぜっきょうする)おれのこの肉躰にくたいを見みろ、おれはきさまたちより美うつくしく健康けんこうだ、おれはきさまたちの三さん人にんまえ喰たべ、十じゅう人にんまえ働はたらく、この広大こうだいな土地とちの整理せいりや灌漑かんがい法ほうの計画けいかくをたてたのはおれだし、収穫しゅうかく物ぶつの管理かんりや貯蔵ちょぞうを立案りつあんしたのもおれだ、いったいこの竜宮りゅうぐう国こくを運営うんえいし、繁栄はんえいにみちびくのは誰だれか、AグループにいるかBグループか、(中略ちゅうりゃく)おれこそはその者ものだ、たったいまからおれがこの国くにの支配しはい者しゃだ(彼かれはさらに両手りょうてを高たかくあげて叫さけぶ)、よく聞きくがいい、おれはいま乙姫おとひめがおれの妻つまだということを宣言せんげんする、反対はんたいする者ものがあったら出でて来きておれとたたかえ、乙姫おとひめはおれのものだ。

老人ろうじん (隅すみのほうで低ひくく独白どくはくする)私わたくしはなにをしたのだ、あれだけの情熱じょうねつと努力どりょくをそそいで築きずきあげたものがこれか、これが待まち望のぞんでいたその果実かじつか(彼かれは泣なく)。

青年せいねんA おれはこの国くにの王おうだ。

私わたくしは火鉢ひばちに炭すみを足たそうか、それとも寝ねてしまおうかと迷まよう。その戯曲ぎきょくの中なかでは、青年せいねんAが「おれが王おうである」と叫さけんでいるけれども、彼かれを創つくり出だしたところの私わたくし自身じしんはこごえて、空腹くうふくで、蒸気じょうき河岸がしまで一杯いっぱいの酒さけを飲のみにゆく金かねもなく、一いち片へんの炭すみもむだには使つかえないことを思おもって、肩かたをちぢめたまま、茫然ぼうぜんと雨あめの音おとを聞きいていた。

私わたくしは時計とけいを持もっていなかったが、およそ十じゅう一いち時じをまわったころであろう、蒸気じょうき河岸かしのほうからこっちへ、土堤どていの上うえを近ちかづいて来くる人ひとごえを聞きいた。

「十じゅう台だい島とうの連中れんちゅうだな」と私わたくしは呟つぶやいた、「ごったくやで遊あそんだ帰かえりだろう」

さして強つよい降ふりではなかった。庇ひさしと窓まどの雨戸あまどをひっそりと打うつくらいで、近ちかづいて来くる人ひとの話はなし声ごえはかなりよく聞きこえ、まもなくそれが十じゅう台だい島とうの若者わかものたちではなく、よそから来きた人ひとびとだということが、会話かいわの調子ちょうしでわかった。

「――を持もって来きたか」としゃがれた男おとこの声こえがどなった、「源みなもと、おめえ持もってるか」

「下駄げたがぬげちゃった」と幼おさない女おんなの子こが泣なき声ごえで叫さけんだ、「あたい下駄げたがぬげちゃったよ、かあちゃん」

「おぶってやれ」とべつの男おとこの声こえがした。

はだしの者ものもいるらしく、ぴしゃぴしゃと雨水あまみずを踏ふむ音おとがした。かれらはひどくいそいでいるようで、ふっと声こえが跡切とぎれ、すぐにまた女おんなの声こえが聞きこえた。

「どっちへゆくのよ、親方おやかた」

「黙だまって歩あるけ」としゃがれ声ごえの男おとこが云いった、「助十郎すけじゅうろうはこを濡ぬらしちゃいねえか、はこは大丈夫だいじょうぶか」

問といかけられた相手あいてがなにか答こたえた。

「寒さむいよ」と女おんなの子こが泣なき声ごえで(かれらはこのときちょうど私わたくしの家いえの前まえにさしかかっていた)云いった、「かあちゃん寒さむいよ、耳みみへ雨あめがはいるよ」

「井い前橋まえばしから新川しんかわ堀ほりへいったらどうかな」と云いう声こえがした、「とくぎょうは危あぶねえと思おもうが」

「黙だまって歩あるけねえのか」しゃがれ声ごえの男おとこがどなった、「みんな持もち物ものを落おとすな、早はやくしねえと、……」

そのあとは聞ききとれなかった。

庇ひさしと雨戸あまどを打うつ雨あめの音おとがはっきりし、かれらの話はなし声ごえは、川上かわかみのほうへと遠とおざかっていった。どういう人ひとたちだろう、男女だんじょと子供こどもで七八しちはち人にんはいたようだ。宿やどでもとれなかったのだろうか、私わたくしは漠然ばくぜんとそんなふうに思おもったが、それだけのことで、考かんがえはまた元もとに戻もどり、少女しょうじょ小説しょうせつを書かくか童話どうわにするか、それとも東京とうきょうの洒落斎翁しゃらくさいおうのとこへねだりにゆくかなどと、怠なまけた思案しあんに耽ふけるのであった。

明あくる日ひ、私わたくしは午ひるちかくに起おき、高品たかしなさんを訪たずねて童話どうわ原稿げんこうの前借ぜんしゃくをした。高品たかしなさんはもちろん新聞しんぶん社しゃへ出勤しゅっきんしたあとで、きん夫人ふじんがそれだけのものを貸かしてくれた。

「ゆうべ浦粕うらかす座ざが焼やけたのよ」ときん夫人ふじんは茶ちゃを淹いれながら云いった、「知しらないでしょ」

浦うら粕かす座ざはこの町まちでただ一いち軒けんの芝居しばい小屋こやであった。堀ほり南みなみの表通おもてどおりからちょっとはいったころにあり、古ふるいけれども鼠木戸ねずみきどなどを備そなえ、畳敷たたみじきの平たいら土間どまに、片かた花道はなみちがあって、いかにも芝居しばい小屋こやという感かんじのする建物たてものであった。

「柏かしわ権十郎ごんじゅうろう座ざがかかってたでしょう、かかってたのよう」と夫人ふじんは云いった、「入いりがないんでみんな小屋こやへ泊とまってたんですって、ところが楽屋がくやが狭せまいから舞台ぶたいへも寝ねたんでしょ、古ふるい引幕ひきまくかなんかにくるまって、躯からだを寄よせあって、お互たがいの躯むくろの温あたたかみで寝ねるんだそうね、ちょっと乙おつなけしきじゃないの」

「乙おつなようですね」と私わたくしは答こたえた。

「その舞台ぶたいへ寝ねた人ひとたちが」と夫人ふじんは続つづけた、「夜よなかに蝋燭ろうそくをつけて用ようを足たしにいって、それを枕元まくらもとに立たてたまま寝ねちゃったらしいの、それが引幕ひきまくに移うつったからたまらないわ、ぼうっといっぺんに天床てんじょうへ燃もえあがっちゃうでしょう、襖ふすまとか障子しょうじならどうにかできたでしょうけれど、幕まくだからいっぺんに天てん床ゆかまで燃もえあがっちまうわ、どうしようもないわよ」

私わたくしが訊きき返かえすと、夫人ふじんはかぶりを振ふった。

「いいえ逃にげちゃったんですって」ときん夫人ふじんは云いった、「もうどうしようもないし、自分じぶんたちの責任せきにんが怖こわくなったんでしょ、荷物にもつを纏まとめて逃にげちゃったそうよ」

私わたくしは茶ちゃを啜すすってから、質問しつもんした。

「そうでもないわ」ときん夫人ふじんは云いった、「小屋こや主ぬしの森もりさんはいきり立たってるそうだけれど、保険ほけんもたくさんかけてあるし、本家ほんけ(というのは十じゅう台だい島とうの高品たかしなさんであるが)の話はなしによると、森もりさんは毀こわして建たて直なおすつもりだって云いってたそうですもの、お菓子かしがあるけど出だしましょうか」

私わたくしは礼れいを云いって立たちあがった。

「可哀かわいそうなのはあの役者やくしゃたちよ」ときん夫人ふじんは炉端ろばたから云いった、「あの夜更よふけの雨あめの中なかを、どんな気持きもちで逃にげていったかしらねえ」

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