飛行機の材料はアルミニウムが第一のように思われるけれど、アルミニウムはごく軽い金属だから、目方では、飛行機全体の十分の一ぐらいしかいらない。あとは鉄と銅が材料だ。発動機は鉄と銅がなければできない。飛行機の中の無電装置にもたくさんの銅がいる。ところが、銅の鉱山は大東亜共栄圏にはすくないので、銅はひじょうにだいじな原料なのだ。
航空本部の小父さんが、次に僕を足尾(栃木県)の銅山へつれて行ってくださったのは、そのだいじな銅が、どんなふうにしてつくられているかということを見せるためだ。
僕は鉱山の小父さんの案内で、坑内(銅をほり出す穴)にはいった。岩に頭をうちつけないために鉄兜をかぶり、おとなのだぶだぶの仕事着を着せられ、地下足袋をはき、手には小さなカンテラをさげ、鉱石をはこぶ電車のトロッコに乗って、まっ暗なほら穴へはいって行くのだ。
足尾の坑内へはいるのには、三箇所しか入口がないけれど、一度入口をはいると、枝道から枝道へとわかれて、まるで蜘蛛の巣のように道がついている。その上、坑内に十何箇所もエレベーターがあって、上へも下へも行けるようになっている。山全体が、一つの大きなビルジングみたいなものだ。まっ暗なほら穴のビルジングだ。
僕はトロッコをおりると、案内の人につれられて、エレベーターで一階だけ下へくだり、それからせまい穴の中を、カンテラの光をたよりに、奥へ奥へと進んだ。ところどころに二十メートルも三十メートルもある直立のはしごが立っていて、カンテラを持ったまま、それをあがったり、さがったりしなければならない。ちょっと気味がわるいけれど、なんだか冒険小説の主人公にでもなったような気がして、僕は大よろこびだった。
やがて、坑道の枝道の一つの行きどまりに来た。機関銃のような音がしているので、はっとしたが、行ってみると鑿岩機だとわかった。二人の工員がそれを使って、ばりばりばりと岩に穴をあけているのだ。
その穴の奥へダイナマイトをしかけ、岩を爆発させて、飛びちった鉱石を外へはこび出す。それを選鉱所で、銅をふくんでいる石と、ふくんでいない石とによりわけ、ふくんでいるものを熔鉱炉に入れてとかすという順序なのだ。
そういう鑿岩機が、山全体で、毎日、何百と働いている。工員の数も全体で何千人もいると教えられた。
僕は坑内の見学をおわると、選鉱所を見て、それから熔鉱炉の工場へと案内してもらった。遠くから見ても、大きな煙突が黄色い煙をはいているので、一目でそれとわかる。煙突の下に、いかめしい熔鉱炉がある。あまり大きいので、働いている人が小人のように見える。
選鉱所でよりわけられた鉱石は、熔鉱炉でとかされ、むだなものをとりのぞく。それから、転炉という丸い壺のような炉に入れて、もう一度とかし、残っていたむだなものをすっかりなくして、銅だけにしてしまうのだ。
鉱石から銅をとるのには、そういうふうになかなか手数がかかるけれど、銅をふくんだ金属の品物などから銅をとるのは、わけはない。そういう品物をすぐに転炉の中へ投げこめばよいのだ。
去年も今年も、鉄銅回収ということがあった。僕のうちも青銅の置物や、銅の火鉢を出したが、あの時の銅をふくんだ品物は、みんな各地の銅山でとかされ、飛行機や軍艦や、そのほかの兵器の材料に使われているのだ。足尾銅山にも、そういう品物がびっくりするほどたくさん集っていて、毎日毎日とかされている。
銅や真鍮の品物が何万というほど積みあげられ、大きな山になっている。銅像もたくさんつんである。釣鐘がいくつもごろごろころがっている。あんまり多いので、僕は「わあ」とおどろきの声を立てたまま、しばらくは口がふさがらぬほどであった。
転炉というのは鉄の壺だと、さっき書いたけれど、壺といっても、小さな家くらいもある壺なのだ。だから、壺の口も大きいので、釣鐘がまるごとはいるのだ。
「今、釣鐘をとかすから、見ててごらん」と鉱山の小父さんがいわれたので、じっとその方を見あげていると、大きな釣鐘をひっかけた起重機が、グーッと転炉の上まで動いて来て、まっ赤な焔をはいているその口の中へ、釣鐘をポトンとおとしこんだ。まるで鉄瓶の中へ卵でも入れるみたいだ。
それを見ていて、僕はなんだか涙が出そうになった。日本は今、たいへんなんだなあ。こんなにして戦争をしているんだなあ。けっして負けられないぞ。負けるものか。と思わず心の中でさけんだ。