栄二は仮牢に七日いたあと、石川島の「人足寄場」へ送られた。又左衛門は自分で吟味をし、いろいろと親切にふるまった。町廻り与力の青木功之進は自分の一族であるとか、功之進といっしょに本町の番小屋へいったのは、同心の安井友右衛門と下役の岡村次兵衛という者で、三人とも栄二に同情しているなどと、さりげない世間ばなしのように云い、間違いのもとはなにかと、穏やかに繰返した。栄二は又左衛門に対しても沈黙を守った。仮牢で暴れたとき、右足の拇指の爪を剥がし、手当てをされて晒木綿で巻いてある。その指が痛むし、ほかにも躯のそこかしこ、肩や腰の骨などに鈍痛があるので、身動きをするたびに顔をしかめるが、それ以外は石にでもなったように、正面のどこともない一点をみつめたまま、硬ばった顔つきで黙りとおしていた。
このあいだに功之進が綿文のほうをしらべたらしい。だが綿文では「ただどなり込んで狼藉をされた」というだけで、栄二の素姓や身許についてはなにも話さないようであった。そのことは、又左衛門の吟味のはしはしによくあらわれていて、栄二は心の中で冷笑したが、爪の先ほども顔色には出さなかった。
又左衛門に代って、石川なにがしとかいう吟味与力が、三日のあいだしらべに当った。これはかなりきびしく、容赦のないしらべかたであったが、それでも手をあげたり、どなりつけたりするようなことはなかった。そして七日めに、再び又左衛門が代った。
「なにか仔細があると思われるが」と又左衛門は事務的に云った、「お上の御用が繁多なため、そのほうにかかりきっている暇はない、これまでのしらべではほかに余罪はないようだから、本来ならこのまま召放しにするところだが、住居も請人も申立てず、また職の有無も云わぬ以上、無宿人の処分はまぬかれない、よって石川島の人足寄場へ送ることにしたから、そのように心得るがよい」
それでも栄二は口をきかなかった。
石川島へ送られたのは、栄二とも五人で、みな常着に藁草履をはかされ、栄二ともう一人の若者とが腰繩で繋がれた。二人だけは暴れだすとみられたらしい。奉行所からは与力と同心二人、下役三人が警護に付いた。栄二と繩で繋がれた若者は、絶えず神経質に鼻を鳴らしたり、首を左右に捻ったりした。
「おいらあ金太ってもんだ」一行が町へ出るとすぐ、その若者は栄二に囁いた、「けちな博奕でしょっぴかれて島送りさ、われながらざまあねえや」
「口をきくな」と下役の一人が叱りつけた、「話すことはならんぞ」
若者は首を捻りながら舌を出した。べらぼうに長くて青白いような舌であった。栄二は相手にならなかった。他の四人がどんな男たちであったかも覚えがないし、町筋をどうゆくかも見なかった。通りがかりの人たちの中には、罪人が送られるのだと知り、立停って嫌悪と好奇の眼で見送る男女もあったが、たいていは気がつかないか、気がついても慌てて眼をそらす者のほうが多かった。
――あいつらには、腰繩を打たれたおれの姿が恐ろしいんだな、ふん、と栄二は思った。たぶんおれが極悪人で、強盗をしたり人殺しをした人間のようにみえるんだろう、いいとも、いまにみていろ、いまにおれはきさまたちの推察するとおりの人間になってみせるぞ。
彼は眼にはいるすべてのものを憎み、それに挑みかかった。家並みを見れば、それがさもさも安穏な生活をたのしんでいるようにみえて憎悪し、往来する人の中に満ちたりたような、幸福そうな男女を見れば、心の中で嘲笑し呪詛をあびせかけた。――だが、越前堀へかかったとき、たった一度だけ、栄二の心を強くひきつけたものがあった。堀に面した商家の土蔵に添って、七歳か八歳になる女の子が二人、陽の当る地面に茣蓙を敷き、その上に坐ってお手玉をしていた。
「お手のせ、お手のせ」と女の子の一人のうたうのが聞えた、「お手のせおろして、おさーらい」
栄二は立停ってそっちを見た。二人とも同いどしぐらいで、頭の毛をおたばこぼんに結い、派手な色の着物に、前掛をかけていた。
「お一つ、お一つ、お一つ」と一人の子が巧みにお手玉を捌いている、「お一つおろして、おさーらい」
あのころとそっくりだ、綿文の娘たち、おきみやおそのにさそわれて、自分もあんなふうにお手玉の相手をしたものだ。そう思うと理由もなく胸の中に湯のような熱い感情がこみあげてき、栄二の眼が涙でうるんだ。
「なにをぼやぼやしているんだ」と下役の者が栄二を小突いた、「さっさとあるかねえか」
栄二はあるきだした。
「大袖、大袖、大袖」と女の子の声がうしろで聞えた、「――大袖おろしておさーらい」
栄二はゆっくりと頭を左に右に振った。