← Library‹ さぶ 五の三

栄二えいじは仮かり牢ろうに七しち日にちいたあと、石川島いしかわじまの「人足寄場にんそくよせば」へ送おくられた。又左衛門またざえもんは自分じぶんで吟味ぎんみをし、いろいろと親切しんせつにふるまった。町廻まちまわり与力よりきの青木あおき功いさお之の進すすむは自分じぶんの一族いちぞくであるとか、功いさお之の進すすむといっしょに本町ほんちょうの番小屋ばんごやへいったのは、同心どうしんの安井やすい友右衛門ともえもんと下役したやくの岡村おかむら次兵衛じへえという者もので、三さん人にんとも栄二えいじに同情どうじょうしているなどと、さりげない世間せけんばなしのように云いい、間違まちがいのもとはなにかと、穏おだやかに繰返くりかえした。栄二えいじは又左衛門またざえもんに対たいしても沈黙ちんもくを守まもった。仮かり牢ろうで暴あばれたとき、右足みぎあしの拇指おやゆびの爪つめを剥はがし、手当てあてをされて晒木綿さらしで巻まいてある。その指ゆびが痛いたむし、ほかにも躯むくろのそこかしこ、肩かたや腰こしの骨ほねなどに鈍痛どんつうがあるので、身動みうごきをするたびに顔かおをしかめるが、それ以外いがいは石いしにでもなったように、正面しょうめんのどこともない一いち点てんをみつめたまま、硬こわばった顔かおつきで黙だまりとおしていた。

このあいだに功いさお之の進すすむが綿めん文ぶんのほうをしらべたらしい。だが綿めん文ぶんでは「ただどなり込こんで狼藉ろうぜきをされた」というだけで、栄二えいじの素姓すじょうや身許みもとについてはなにも話はなさないようであった。そのことは、又左衛門またざえもんの吟味ぎんみのはしはしによくあらわれていて、栄二えいじは心こころの中なかで冷笑れいしょうしたが、爪つめの先さきほども顔色かおいろには出ださなかった。

又左衛門またざえもんに代かわって、石川いしかわなにがしとかいう吟味ぎんみ与力よりきが、三み日かのあいだしらべに当あたった。これはかなりきびしく、容赦ようしゃのないしらべかたであったが、それでも手てをあげたり、どなりつけたりするようなことはなかった。そして七なな日にちめに、再ふたたび又左衛門またざえもんが代かわった。

「なにか仔細しさいがあると思おもわれるが」と又左衛門またざえもんは事務じむ的てきに云いった、「お上かみの御ご用ようが繁多はんたなため、そのほうにかかりきっている暇ひまはない、これまでのしらべではほかに余罪よざいはないようだから、本来ほんらいならこのまま召めし放はなしにするところだが、住居じゅうきょも請人うけにんも申立もうしたてず、また職しょくの有無うむも云いわぬ以上いじょう、無宿むしゅく人にんの処分しょぶんはまぬかれない、よって石川島いしかわじまの人足にんそく寄場よせばへ送おくることにしたから、そのように心得こころえるがよい」

それでも栄二えいじは口くちをきかなかった。

石川島いしかわじまへ送おくられたのは、栄二えいじとも五ご人にんで、みな常着つねぎに藁草履わらぞうりをはかされ、栄二えいじともう一人ひとりの若者わかものとが腰こし繩なわで繋つながれた。二人ふたりだけは暴あばれだすとみられたらしい。奉行ぶぎょう所しょからは与力よりきと同心どうしん二人ふたり、下役したやく三さん人にんが警護けいごに付ついた。栄二えいじと繩なわで繋つながれた若者わかものは、絶たえず神経しんけい質しつに鼻はなを鳴ならしたり、首くびを左右さゆうに捻ひねったりした。

「おいらあ金太きんたってもんだ」一行いっこうが町まちへ出でるとすぐ、その若者わかものは栄二えいじに囁ささやいた、「けちな博奕ばくちでしょっぴかれて島送しまおくりさ、われながらざまあねえや」

「口くちをきくな」と下役したやくの一人ひとりが叱しかりつけた、「話はなすことはならんぞ」

若者わかものは首くびを捻ひねりながら舌したを出だした。べらぼうに長ながくて青白あおじろいような舌したであった。栄二えいじは相手あいてにならなかった。他ほかの四よん人にんがどんな男おとこたちであったかも覚おぼえがないし、町筋まちすじをどうゆくかも見みなかった。通とおりがかりの人ひとたちの中なかには、罪人ざいにんが送おくられるのだと知しり、立停たちどまって嫌悪けんおと好奇こうきの眼めで見送みおくる男女だんじょもあったが、たいていは気きがつかないか、気きがついても慌あわてて眼めをそらす者もののほうが多おおかった。

――あいつらには、腰こし繩なわを打うたれたおれの姿すがたが恐おそろしいんだな、ふん、と栄二えいじは思おもった。たぶんおれが極悪ごくあく人にんで、強盗ごうとうをしたり人殺ひとごろしをした人間にんげんのようにみえるんだろう、いいとも、いまにみていろ、いまにおれはきさまたちの推察すいさつするとおりの人間にんげんになってみせるぞ。

彼かれは眼めにはいるすべてのものを憎にくみ、それに挑いどみかかった。家並やなみを見みれば、それがさもさも安穏あんのんな生活せいかつをたのしんでいるようにみえて憎悪ぞうおし、往来おうらいする人ひとの中なかに満みちたりたような、幸福こうふくそうな男女だんじょを見みれば、心こころの中なかで嘲笑ちょうしょうし呪詛じゅそをあびせかけた。――だが、越前えちぜん堀ほりへかかったとき、たった一いち度どだけ、栄二えいじの心こころを強つよくひきつけたものがあった。堀ほりに面めんした商家しょうかの土蔵どぞうに添そって、七なな歳さいか八はち歳さいになる女おんなの子こが二人ふたり、陽ひの当あたる地面じめんに茣蓙ござを敷しき、その上うえに坐すわってお手玉てだまをしていた。

「お手てのせ、お手てのせ」と女おんなの子この一人ひとりのうたうのが聞きこえた、「お手てのせおろして、おさーらい」

栄二えいじは立停たちどまってそっちを見みた。二人ふたりとも同おないどしぐらいで、頭あたまの毛けをおたばこぼんに結ゆい、派手はでな色いろの着物きものに、前掛まえかけをかけていた。

「お一ひとつ、お一ひとつ、お一ひとつ」と一人ひとりの子こが巧たくみにお手玉てだまを捌さばいている、「お一ひとつおろして、おさーらい」

あのころとそっくりだ、綿めん文ぶんの娘むすめたち、おきみやおそのにさそわれて、自分じぶんもあんなふうにお手玉てだまの相手あいてをしたものだ。そう思おもうと理由りゆうもなく胸むねの中なかに湯ゆのような熱あつい感情かんじょうがこみあげてき、栄二えいじの眼めが涙なみだでうるんだ。

「なにをぼやぼやしているんだ」と下役したやくの者ものが栄二えいじを小突こづいた、「さっさとあるかねえか」

栄二えいじはあるきだした。

「大おお袖そで、大おお袖そで、大おお袖そで」と女おんなの子この声こえがうしろで聞きこえた、「――大おお袖そでおろしておさーらい」

栄二えいじはゆっくりと頭あたまを左ひだりに右みぎに振ふった。

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