← Library‹ さぶ 五の四

「この人足にんそく寄場よせばは牢舎ろうしゃではない」とその寄場よせば同心どうしんは云いっていた、「――さきほどの申渡もうしわたしをいまいちど聞きかせるが、無頼ぶらい、無宿むしゅくの者ものは、ほんらい佐渡ヶ島さどがしまへ送おくるべきところ、お上かみの格別かくべつなる御仁恵ごじんけいをもって、加役かやく人夫にんぷに仰おおせつけられたものである」

この寄場よせばは他たの牢ろうとは違ちがい、収容しゅうよう者しゃを罪人ざいにんとはみなさない。衣服いふくは規定きていによって、柿色かきいろに水玉みずたまを染そめ抜ぬいた物ものを着きせるが、髪毛かみのけはそのままだし、亭主ていしゅのある女おんなはかねをつけてもよい。手てに職しょくのある者ものはその職しょくにはげみ、職しょくのない者ものは好このみの職しょくを身みにつけることができる。それらの作業さぎょうには賃銀ちんぎんが支払しはらわれるし、それはやがて世間せけんへ出でたとき正業せいぎょうにつく元手もとでになる、――寄場よせば同心どうしんのそういう言葉ことばを、栄二えいじはまるで聞きいていなかった。越前えちぜん堀ほりのところでお手玉てだまをしていた、二人ふたりの小ちいさな女おんなの子この姿すがたが眼めについてはなれず、その声こえがいつまでも耳みみの奥おくに聞きこえていた。おひだーり おひだーり だーりだーりだるまのめ。栄二えいじは唇くちびるを噛かみ、眼めをつむった。小僧こぞうのころ綿めん文ぶんの奥おく座敷ざしきで、おきみやおそのや、その友達ともだちの小ちいさな女おんなの子こたちの相手あいてをして遊あそんだときの、自分じぶんの姿すがたが見みえるようであった。

「おい」と隣となりに坐すわっていた金太きんたという若者わかものが肱ひじで小突こづいた、「立たつんだよ」

同心どうしんの話はなしは終おわり、荒蓆あらむしろの上うえに坐すわっていた五ご人にんは立たって、草履ぞうりをはいた。

かれらの左右さゆうにいた下役したやく同心どうしん四よん人にんが、こっちへ来こいと云いって、広ひろい中庭なかにわのほうへ導みちびき、そこに待まっていた他ほかの下役したやく同心どうしんたちを紹介しょうかいした。それらは手業てわざ掛がかり、牡蠣灰かきばい掛がかり、畑はたけ掛がかり、油絞あぶらしぼり掛がかり、舂場つきば掛がかり、見張みはり番所ばんしょ掛がかり、そのほか寄場よせば差配さはい、医者いしゃ、教師きょうしなどもいるそうだが、これらはのちにひきあわせるということであった。紹介しょうかいが済すむと、五十ごじゅうばかりになる男おとこが前まえへ出でて来きた。雄牛おすうしのような躯むくろつきで、肩かたには肉にくが瘤こぶのようにもりあがってい、汐風しおかぜや陽ひやけのためではなく、生うまれつきらしい赤黒あかぐろい顔かおに、眼めと口くちとがばかげて大おおきく、そして鋸のこぎりの目めをたてるときのような、耳みみざわりな声こえをしていた。

「おれは寄場よせば差配さはいの松田まつだ権蔵ごんぞうという者ものだ」とその男おとこは喚わめくように云いった、「ここにいる人足にんそくどもは、陰かげでおれのことを赤鬼あかおにと呼よんでいる、おれはそんなことはくそとも思おもわねえ、きさまたちもそう呼よびたけりゃあ呼よぶがいい、おれはそんなこって怒おこりゃあしねえから、だがよく覚おぼえておけ、いまあっちできさまたちに話はなしをされたのは、役所やくしょ詰づめ元締役もとじめやくの同心どうしんで岡安おかやす喜兵衛きへえと仰おっしゃる方ほうだが、あの話はなしをまに受うけて、ここが極楽ごくらくだなどと思おもったら大おお間違まちがえのすっとこどっこいだ、佐渡ヶ島さどがしまの金掘かねほりはこの世よの地獄じごくだってえことを云いうだろう、名なこそ違ちがうがここも石川島いしかわじま、きさまたちのやりようによっちゃあここも佐渡さどに劣おとらねえ地獄じごくになる、そいつを忘わすれるなよ」

そして彼かれはいまいましそうに五ご人にんを睨にらみつけ、地面じめんへ唾つばを吐はいてから、大股おおまたにそこを去さった。次つぎには四十よんじゅう四、五しご歳さいになる男おとこが前まえへ出でて来きた。これはとしに似にあわないやさ男おとこで、着物きものの衿えりが首くびをしめるほどひき合あわせてあり、あまったるい声こえで、なにかを撫なでるような話はなしかたをした。

「私わたくしは人見張役ひとみはりやくの小島こじま良りょう二郎じろうという者ものだ」とその男おとこは云いって、微笑びしょうした、「人見ひとみ張ばりとはおまえたちの世話せわ役やくのようなものだ、さきほど岡安おかやすどのが云いわれたとおり、この寄場よせばはおまえたちを痛いためつけるところではなく、手てに職しょくのある者ものにはその職しょくをはげまし、職しょくのない者ものには――」

「おんなし念仏ねんぶつじゃあねえか」と金太きんたが栄二えいじに囁ささやいた、「あいつは銀流ぎんながしだ、赤鬼あかおによりたちが悪わるいぜ」

「そういうわけで、手てに職しょくのある者ものはその職しょくを与あたえるし」と小島こじまは続つづけていた、「職しょくのない者ものでなにか手てに職しょくをつけたいと思おもう者ものは、その望のぞみの職しょくを申出もうしでるがよい、そのほかの者ものは川渫かわざらい、畑作はたさく、土方ひじかた、お米べい蔵ぞうの荷揚にあげなど、そのときどきによって人足にんそく仕事しごとをふり当あてる、わかったな、では手てに職しょくのある者もの、また、望のぞみの職しょくのある者ものは申出もうしでるがよい」

五ご人にんの内うち、中年ちゅうねん者しゃの三さん人にんは大工だいく、左官さかん、足袋たび屋やであった。金太きんたは身みについた職しょくもないし、なにかの職しょくを覚おぼえたいとも云いわなかった。栄二えいじはなにも答こたえなかった。小島こじまという人ひと見張みはり役やくは、口くちの中なかに唾つばの溜たまっているような、まだるこい調子ちょうしで、諄くどくいろいろときいたが、栄二えいじは初はじめから終おわりまで、ひと言ことも口くちをきかなかった。

「おまえは自分じぶんの名なも云いわないらしいな」小島こじまは持もっている帳面ちょうめんを見みながら眉まゆをしかめた、「ここへ来きたらすなおにしないと、痛いたいめにあうぞ」

そして金太きんたとおまえは「もっこ部屋へやだ」と云いった。――それは川かわ渫さらいや土方どかたしかできない者ものたちの集あつまりだという。どうにでもなれ、なんとでもしやあがれ、どいつもこいつもおれにはかたき同然どうぜんだ、と栄二えいじは思おもっていた。

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