← Library‹ さぶ 七の二

或ある夜よる。与平よへいは、茶ちゃを淹いれて、駄だ菓子かしの袋ふくろをあけ、栄二えいじのほかに二人ふたり呼よんで、世間せけん話はなしを始はじめた。――寄場よせば人足にんそくは月つきに四百よんひゃく文ぶんから一貫いっかん文ぶんまでの賃金ちんぎんが与あたえられ、必要ひつよう費ひがあればその半分はんぶんは自由じゆうに使つかうことができる。残のこりの半分はんぶんは役所やくしょで預あずかっておき、島しまを出でるときに渡わたされる、ということはまえに記しるしたが、――そのためここでは、与平よへいのように茶菓さかのたのしみぐらいはできるのであった。

そのとき茶話さわに加くわわった二人ふたりは、ご一いち、伊助いすけという中年ちゅうねん者しゃで、どちらも三十さんじゅう四、五しごだろう、ご一いちは百姓ひゃくしょう部屋へや、伊助いすけは彫物ほりもの部屋へやの者ものであった。

「わしゃあこの寄場よせばへ来きてから、もう五ご年ねんの余あまりになるが」とご一いちが云いった、「――二に度どと再ふたたびしゃばへ戻もどろうとは思おもわねえ、一生いっしょうここでくらして、ここで骨ほねになるつもりだよ」

「そうきめたものでもないのさ」と与平よへいが話はなしをひきだすように云いった、「火傷やけどをしたからって火ひを恐おそれても、生いきていくにはやっぱり火ひがなくっちゃあ済すまないもんだよ」

「まあね、火ひに譬たとえればそうだろうがね」とご一いちはゆっくり頷うなずいた、「――どんなとんまな人間にんげんでも、やがて火ひの使つかいようぐらいは覚おぼえるだろうが、世間せけんのからくりや、悪あく知恵ちえのある人間にんげんにはかなわねえ、牛うしか馬うまのようにこき使つかわれて、腰こしの骨ほねのおっぴしょれるほど働はたらいたあげくが、家いえも田畑たはたも取とられてしまうんだからな」

「珍めずらしくはねえさ」と伊助いすけが独ひとり言ごとのようにぼそぼそと云いった、「めいめいが云いったらきりもねえ話はなしだ、世間せけんてえものはそういう仕組しくみにできてるもんさ、珍めずらしくはねえよ」

「それがさ、当人とうにんにはそうじゃないんだな」と与平よへいが云いった、「火傷やけどの痛いたみは火傷やけどをしてみないとわからないらしいし、人ひとによってその痛いたみも違ちがうらしいんだな、おてんとさまの昇のぼるのを見みて胆たんをつぶすことさえあるんですから」

栄二えいじは心こころが萎なえるように感かんじた。ご一いちや伊助いすけがどんなひどいめにあったかは聞きくまでもない、男おとこざかりともいうべきとしで、かれらはもう世間せけんにも、自分じぶんの将来しょうらいにもみきりをつけている。かれらをこんなにも打うちのめすようなからくりが「世よの中なか」を動うごかしているのだろうか、なんとかいう名めい奉行ぶぎょうは、罪つみを憎にくんで人ひとを憎にくまずと云いったそうであるが、与平よへいが妻つまを殺ころそうとしたとき、罪つみはどちらにあるのか、妻つまを殺ころそうとした与平よへいか、それとも与平よへいをそんな気持きもちにさせた妻つまにあるのか。この寄場よせばは牢ろうではないと云いい、その扱あつかいも牢ろうにいる罪人ざいにんとは慥たしかに違ちがうが、いずれにせよ、世間せけんから隔離かくりされるだけの理由りゆうがあった。自分じぶんは一いち枚まいの金襴きんらんによって、無実むじつの罪つみに問とわれ、誰だれがそんなことをしたか、はっきりさせようとして逆ぎゃくに暴行ぼうこうされ、ついにこんなところへ送おくり込こまれた。この場合ばあい、罪つみはいったいどこにあるのか。小ちいさな錺かざり職人にんが必要ひつように迫せまられ、小粒こつぶ金きんを鋳いつぶして材料ざいりょうに使つかうことがある、みつかれば通用つうよう金きんをつぶした罪つみで罰ばっせられる。綿めん文ぶんでは小僧こぞうを使つかって、殆ほとんど公然こうぜんと小判こばんを削けずっている。両替りょうがえ商しょうならどこでもすることだというが、それが罪つみにならないのはどういうわけか。――小粒こつぶ金きんを鋳いつぶした錺職かざりしょく人にんは、貧まずしくて地金じがねが買かえないからであり、綿めん文ぶんが小判こばんを削けずるのは、必要ひつようからではなく利欲りよくのためだ。しんじつ罪ざいに問とわれるとしたらどっちなんだ、と栄二えいじは心こころの中なかでなに者ものにともなく反問はんもんした。

「おやじが早はやく死しんだので、わしは十じゅう一いちのとしからもう野良仕事のらしごとをやり始はじめた」とご一いちは語かたっていた、「おふくろのほかに双子ふたごの弟おとうと二人ふたりと、乳呑ちのみ児じの妹いもうとがいた、わしは稼かせぎに稼かせいで、笹藪ささやぶだらけの荒地あれちを七なな反歩たんぶもおこし、水みずを引ひいて田たに作つくった、地主じぬしとの約束やくそくは、もし田たに作つくれたら十じゅう年ねんは小しょう作料さくりょうなしにする、ということだった」

ところがいまから七なな年ねんまえ、地主じぬしから借金しゃっきんの取立とりたてがきた。それは七なな反歩たんぶの新田しんでんの小しょう作料さくりょうに加くわえて、死しんだ父ちちのものだという借金しゃっきんの証文しょうもんであった。七なな反歩たんぶの小しょう作料さくりょうは、新田しんでんを拓ひらいた年としから累算るいさんされていたし、二十にじゅう五ご両りょうという借用しゃくよう証文しょうもんは十じゅう七なな年ねんもまえのものであった。

「死しんだおやじは明あきめくらだったから、証文しょうもんといっても拇印ぼいんだけで、それが本当ほんとうにおやじの捺おしたものかどうかさえ調しらべることはできない」とご一いちは呟つぶやくように云いった、「――また、新田しんでんの小しょう作料さくりょうは十じゅう年間ねんかん無料むりょうというのも、口約こうやく束たばだから証拠しょうこはない、わしはいろいろな人ひとに相談そうだんし、しまいには公事師くじしにも金かねを使つかってみたが、どうしようもないということがわかった」

もともとご一いちの家いえの持物もちものだった田地でんじ五ご反歩たんぶと、新田しんでんの七なな反歩たんぶとは、近在きんざいでもっとも良質りょうしつの米べいがとれる。それは亡父ぼうふの丹精たんせいとご一いちの努力どりょくによるのだが、地主じぬしはその田地でんじが欲ほしくなったのであった。

「おやじは死しぬまでなにも云いわなかったから、二十にじゅう五ご両りょうという借金しゃっきんが本当ほんとうか嘘うそかはわからない、けれども田地でんじのことはわしが現げんに知しっている」とご一いちは感情かんじょうのこもらない口くちぶりで続つづけた、「――十じゅう一いちのとしからまる十じゅう八はち年ねん、新田しんでんを拓ひらいてからでも十じゅう二に年ねん、わしはおふくろと二人ふたりの弟おとうととで、腰こしの骨ほねの折おれるほど働はたらいてきた、わしは嫁よめさえ貰もらわなかった、それを或ある日ひ、地主じぬしの差配さはい人にんが村むら役人やくにんを連つれて来きて、田畑たはたも家いえも借金しゃっきんのかたに取とる、一家いっかの者ものはすぐに立退たちのけという、いやおうなしの追おいたてだった、そのときわしがどう思おもったか、みんなにわかるだろうか」

栄二えいじは低ひくく頭あたまを垂たれた。彼かれは三さん人にんに気きづかれないように歯噛はがみをし、両手りょうてを拳こぶしにして、まるで捻ねじ込こみでもするように膝ひざへ押おしつけた。そしてご一いちがやけになり、地主じぬしの屋敷やしきへ放火ほうかしようとして捉つかまった、というところまで聞きくと、黙だまって立たって外そとへ出でた。

「まる十じゅう八はち年ねん」彼かれは南みなみへ向むかってあるきながら呟つぶやいた、「――まる十じゅう八はち年ねんだぜ、ばかな」

笹藪ささやぶだらけの荒地あれちを拓ひらくことが、どんなに骨ほねのおれる仕事しごとか栄二えいじは知しらない。荒地あれちを拓ひらいて水みずを引ひいて、どこよりもいい米こめのとれる田たに仕上しあげた。嫁よめも貰もらわずにまる十じゅう八はち年ねんも働はたらきとおしたのち、持田もちだもろとも新田しんでんも、家いえまでも奪うばい取とられた。真偽しんぎもわからない古こ証文しょうもん一いち枚まいと、十じゅう年間ねんかん小しょう作料さくりょうなしという証文しょうもんを書かかなかったために。――そんなことがあるだろうか、そんな非道ひどうなことがおこなわれるのを、まわりの者ものは黙だまって見みていたのだろうか。その村むらにも人間にんげんはいたであろうし、ご一いちの十じゅう八はち年間ねんかんの苦労くろうも知しっていたことだろう。にもかかわらず彼かれを助たすける者ものはなかったのだろうか。栄二えいじは呻うめき声ごえをあげた。

空そらには星ほしがまたたいていたが、あたりは暗くらく、張ちょう番所ばんしょの障子しょうじだけが灯あかりに染そまっていた。長屋ながやの前まえをすぎると女おんな置場おきばがある、その建物たてものは矢来やらいで囲かこってあり、男おとこの出入でいりは禁きんじられていたが、栄二えいじがあるいてゆくと、その矢来やらい囲かこいの木戸きどから、黒くろい人影ひとかげがぬけ出でて、小走こばしりに南みなみの海辺うみべのほうへゆくのが見みえた。

「――ああ、あれが」と呟つぶやいて栄二えいじは立停たちどまった、「あれがおとよというんだな」

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