さぶはきちんと五日めごとに訪ねて来た。仕事が終ってから来るのだろう、島にはきびしい門限があるのに、さぶの訪問は許されるのであった。いつか赤鬼が「きさまにはひいきのうしろ盾がある」と云ったし、その他のことでも自分が特別な扱いを受けているらしいとは栄二も勘づいていた。しかし彼はさぶには会わなかった。人見張役の小島もしいてとは云わず、その代りに差入れの包みだけは持って来、黙って置いていった。その中には菓子とか、蒲焼やすしの折詰とか、肌衣や下帯などが入っていたが、栄二はそれらを惜しげもなく、まわりの者に配ってしまった。
初めて蒲焼の折を見たとき、栄二は顔をしかめながら、まぬけなやつだなと呟いた。昔わこく橋の側の屋台店で、よく蒲焼の立食いをした、ということを覚えていたに相違ない。それが帳場の銭箱を思いださせる、とは気もつかないのであろう。栄二はむろん蒲焼にも手は触れなかった。
四月下旬になった或る夜、寝ようとするちょっとまえに、万吉が栄二のところへ来て、外へ出ようと囁いた。栄二は頷いて立ち、いっしょに外へ出てから「なんだ」ときいた。
「おめえ松造とおとよの話を知ってるか」
「詳しいことは知らねえが、聞いたことは聞いた」と栄二が答えた、「二人がどうかしたのか」
「覗くやつがいるんだ」と万吉が云った、「口にするのもけがらわしいがよ」
女置場のおとよという女と、元結作りの松造という男が、いつのまにかできて、女が男の世話をするようになった。松造は行状もよく、外使いといって、自由に市中へも出られるし、請人さえあればいつでも島から解放されることになっていた。寄場では特に男女の接近は厳禁されていたが、どんなに禁じられても、ひそかに愛を通じあう者がないわけではないし、そういう者があっても、周囲の者たちは気づかないふりをし、役人たちの眼から庇ってやるようにするのが習慣になっていた。松造とおとよのことは、栄二もほのかに聞いていたし、いつかの夜おとよが、女置場からぬけ出してゆくのを見たこともあった。
「あの二人は陽気があったかくなってから、ときたまの夜、南の海っぱたで逢うんだ」と万吉は語った、「おらあ松つぁんから聞いたんだが、それをやっかむだけならまだしも、覗きにゆく野郎がいるんだ」
「覗くとはなにを」
「二人の逢っているところをよ」万吉は唾を吐いてから云った、「油絞りのこぶって野郎を知ってるか、あにい」
栄二は知らなかった。
「油絞りの連中は相撲とりみてえな躯で、みんなべらぼうな力持ちだ」と万吉は続けた、「その中にこぶっていう仇名のある野郎がいる、首のここんとこに瘤があるんだが、そいつがまたくそ力のある暴れ者で、なかまの四、五人を相手に喧嘩をしても負けたためしのねえって野郎だ」
松造は三十一、おとよは三十だという。夜、人めを避けて逢うようになってからは、三日と逢わずにはいられない。できることなら毎晩でも逢いたいところだ。けれども、つい先ごろ気づいたのだが、二人が逢っているのを、こぶが覗きにゆくのだという、これには困ったと松造が万吉に訴えた。
「人のいろごとを覗きにいくなんて、口にするのもけがらわしい話だ、そうじゃねえか、あにい」と万吉は鼻息を荒くしながらいきまいた、「おらあ野郎を叩きのめしてくれようと思うんだが、残念ながらおれ一人じゃあとてもかないっこねえ、あべこべにのされちまうのはわかりきってるんだ」
「今夜もその伝か」と栄二がきいた。
「わからねえ、わからねえがいってみてえと思うんだ」
栄二は黙ってあるきだした。万吉も並んでゆきながら、棒かなんか持ってったらどうだろうと囁いた。栄二はよせよと首を振り、おれ一人でいいからおまえは待っていろと云った。もちろん万吉は承知せず、おれが云いだしたことだからと、肩をゆすってりきんだ。
そこはかれらが護岸工事をした海辺で、十枚ばかりの畑のほかに、雑草の生えた空地があった。いちど栄二が夜の海を見に来たときは、工事をしているさいちゅうで矢来はなかったが、いまは海に沿って高さ九尺の矢来がまわしてある。二人が畑のあいだをぬけて空地へはいると、万吉が栄二の袖を引いて、「しっ」と云った。