← Library‹ さぶ 十の二

背骨せぼねを打うたれたのがどうなったのか、栄二えいじは呼吸こきゅうが止とまった苦くるしさに身みもだえをした。実際じっさいには身みもだえをしようとしただけで、手ても足あしも動うごかなかった。砂すなと石いしとで、殆ほとんど隙すきもなく押おしつぶされていたのだ。

「ぶしゅうだ」と叫さけぶ伝七でんしちの声こえが聞きこえた、「埋うまっているのはぶしゅうだ、おーい」

伝七でんしちが栄二えいじに呼よびかけた。大丈夫だいじょうぶかぶしゅう、返辞へんじをしろ、とおろおろ声こえで叫さけぶのが聞きこえた。栄二えいじは答こたえることができなかった。ようやく呼吸こきゅうは元もとに戻もどったが、顔かおの半分はんぶんが砂すなに塞ふさがれているため、ものを云いえば口くちの中なかへ砂すながなだれ込こみそうであるし、それよりも声こえを出だすのが恐おそろしかった。おのおの五いつ貫目かんめから七なな貫目かんめくらい重量じゅうりょうのある石いしが、肩かたと胴どうと腰こしから足あしを圧おしている。痛いたみはまだ感かんじられないが、痺しびれたように感覚かんかくのない躯むくろの、どこをどれほどやられているか見当けんとうもつかない。もしも声こえを出だしたりすれば、そのためにどこかの骨ほねが折おれたり、内臓ないぞうのどれかが血ちをふきだすように思おもえたのだ。

「みんな来こい、みんなだ」と小頭こがしらのおろおろ叫さけぶ声こえが聞きこえた、「まず石いしをどけるんだ、その石いしだ、よせ、そんなにしちゃあだめだ、気きをつけてやらねえとほかの石いしが崩くずれるぞ」

どういうかげんか、砂すながしだいにふくれてきて、ますます顔かおが埋うまりそうになる。栄二えいじはできるだけ躯むくろの他ほかの部分ぶぶんを動うごかさないようにして、そろそろと顔かおを横よこへねじった。

――潮しおだ、潮しおがあげてくる。

栄二えいじはそう気きづいて息いきをのんだ。仕事しごとにかかってから半刻はんとき以上いじょうは経たつだろう、するとまもなく潮しおは満みちて来くる。潮しおが岸きしまで来くれば、そしてそのときまだ掘ほり出だされていなければ、そう思おもうと栄二えいじは悲鳴ひめいをあげたくなった。

「頼たのむから静しずかにやってくれ」という与平よへいの声こえが聞きこえた、「砂すなが崩くずれるといけない、両方りょうほうから砂すなを掘ほったらどうだろう」

「だめだ」と小頭こがしらがどなり返かえした、「砂すなを掘ほれば石いしがもっと崩くずれちまう、石いしをどけるのが先さきだ、誰だれか役所やくしょへ知しらしてくれ」

もういったよ、と答こたえる者ものがあった。

小頭こがしらの伝七でんしちは年寄としよりだ。としは五十ごじゅう五ご、六ろくだが痩やせて皺しわたるんで、見みたところは七十ななじゅうの老人ろうじんのようである。とうてい力ちからを貸かすことはできないし、あとの五ご人にんのうち与平よへいも非力ひりきで役やくには立たつまい。こういうときにこそこぶの清七せいしちがいてくれたら、と栄二えいじは思おもった。――眼めをあげると、折おり重かさなった石いしと石いしのあいだから、どんよりと薄曇うすぐもった空そらの一部いちぶが、襖紙ふすまがみの切きれはしのように細長ほそながく見みえ、強つよい風かぜがその隙間すきまでかすかに唸うなっていた。

みんなのけんめいな掛かけ声ごえとともに、石いしの一ひとつが取とりのけられ、すると、それなりにもちあっていたつりあいが変かわったのだろう、他たの石いしがぐらっと揺ゆれて、栄二えいじの上うえへずり落おちた。

「気きをつけてください」と与平よへいが泣なき声ごえで叫さけんだ、「むやみにどけると却かえって石いしが崩くずれちまう、梃子てこを入いれましょう」

「ぶしゅう」と伝七でんしちが喉のどにからまった声こえで、石いしと石いしの隙間すきまから呼よびかけた、「返辞へんじをしてくれ、大丈夫だいじょうぶか、生いきているか」

「あー」と用心ようじんぶかく栄二えいじが答こたえた、「大丈夫だいじょうぶだ、ゆっくりやってくれ」

「もうすぐだからな、頑張がんばれよ」

あげ潮しおのことを云いおうとして、栄二えいじは口くちをつぐんだ。石いしに敷しかれている右足みぎあしの甲こうが濡ぬれはじめたのを感かんじた。初はじめは自分じぶんの血ちかと思おもったが、それは爪先つまさきから甲こうまで浸ひたしてきた。海水かいすいは砂すなの上うえからあげてくるだけではない、砂すなの下したからも滲にじみ寄よせてくるのだ。

「だめだな」と栄二えいじは自分じぶんに囁ささやいた、「掘ほり出だされるまえに溺おぼれちまうだろう、石いしをどければほかの石いしが崩くずれてくる、どっちにしろもうおしまいだ」

梃子てこを入いれようと与平よへいが云いった。その梃子てこだろう、杭くいに使つかう杉すぎ丸太まるたが、石いしと石いしの隙間すきまから静しずかに差さし込こまれた。それは栄二えいじの太腿ふともものところへ当あたり、それから脛すねのほうへさがった。

「そこはおれの足あしだ」と栄二えいじはできるだけ用心ようじんしながら叫さけんだ、「もっと手前てまえへやってくれ、そのままじゃあ足あしが折おれちまうぜ」

「あれを見みろ、潮しおだ」と与平よへいの泣なき声ごえで叫さけぶのが聞きこえた、「潮しおがあげてくるぞ、早はやく、頼たのむからみんな早はやくしてください」

栄二えいじは全身ぜんしんが凍こおるように思おもった。足あしの甲こうまで浸ひたした水みずが、脛すねまであがってきたし、脛すねの上うえに伸のびてきた梃子てこの丸太まるたは、そのままこじりつけられるようであった。

「足あしが折おれる」と栄二えいじは叫さけんだ、「丸太まるたを脇わきへやってくれ」

「こっちの石いしから始はじめよう」と小頭こがしらの云いうのが聞きこえた、「梃子てこをしっかり押おさえていろ」

杉すぎ丸太まるたに強つよい力ちからが加くわわり、栄二えいじは脛すねの骨ほねがみりみりと鳴なるように感かんじた。

「足あしが折おれる」と彼かれは叫さけんだ。

丸太まるたを脇わきへやれ、と云いおうとしたが、砂すなが口くちにはいって声こえが出でず、彼かれは激はげしく咳せきこんだ。石いしと石いしの隙間すきまから吹ふき入いる風かぜが、近ちかづいてくる波なみの音おとを聞きかせた。

「助たすけてくれ、さぶ」と栄二えいじはわれ知しらず云いった、「――おれはもうだめだぜ」

梃子てこの丸太まるたに非常ひじょうな重おもさが加くわわり、栄二えいじは脛すねの骨ほねの折おれる音おとを聞きいたとたんに、失神しっしんした。

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