背骨を打たれたのがどうなったのか、栄二は呼吸が止った苦しさに身もだえをした。実際には身もだえをしようとしただけで、手も足も動かなかった。砂と石とで、殆んど隙もなく押しつぶされていたのだ。
「ぶしゅうだ」と叫ぶ伝七の声が聞えた、「埋まっているのはぶしゅうだ、おーい」
伝七が栄二に呼びかけた。大丈夫かぶしゅう、返辞をしろ、とおろおろ声で叫ぶのが聞えた。栄二は答えることができなかった。ようやく呼吸は元に戻ったが、顔の半分が砂に塞がれているため、ものを云えば口の中へ砂がなだれ込みそうであるし、それよりも声を出すのが恐ろしかった。おのおの五貫目から七貫目くらい重量のある石が、肩と胴と腰から足を圧している。痛みはまだ感じられないが、痺れたように感覚のない躯の、どこをどれほどやられているか見当もつかない。もしも声を出したりすれば、そのためにどこかの骨が折れたり、内臓のどれかが血をふきだすように思えたのだ。
「みんな来い、みんなだ」と小頭のおろおろ叫ぶ声が聞えた、「まず石をどけるんだ、その石だ、よせ、そんなにしちゃあだめだ、気をつけてやらねえとほかの石が崩れるぞ」
どういうかげんか、砂がしだいにふくれてきて、ますます顔が埋まりそうになる。栄二はできるだけ躯の他の部分を動かさないようにして、そろそろと顔を横へねじった。
――潮だ、潮があげてくる。
栄二はそう気づいて息をのんだ。仕事にかかってから半刻以上は経つだろう、するとまもなく潮は満ちて来る。潮が岸まで来れば、そしてそのときまだ掘り出されていなければ、そう思うと栄二は悲鳴をあげたくなった。
「頼むから静かにやってくれ」という与平の声が聞えた、「砂が崩れるといけない、両方から砂を掘ったらどうだろう」
「だめだ」と小頭がどなり返した、「砂を掘れば石がもっと崩れちまう、石をどけるのが先だ、誰か役所へ知らしてくれ」
もういったよ、と答える者があった。
小頭の伝七は年寄りだ。としは五十五、六だが痩せて皺たるんで、見たところは七十の老人のようである。とうてい力を貸すことはできないし、あとの五人のうち与平も非力で役には立つまい。こういうときにこそこぶの清七がいてくれたら、と栄二は思った。――眼をあげると、折り重なった石と石のあいだから、どんよりと薄曇った空の一部が、襖紙の切れはしのように細長く見え、強い風がその隙間でかすかに唸っていた。
みんなのけんめいな掛け声とともに、石の一つが取りのけられ、すると、それなりにもちあっていたつりあいが変ったのだろう、他の石がぐらっと揺れて、栄二の上へずり落ちた。
「気をつけてください」と与平が泣き声で叫んだ、「むやみにどけると却って石が崩れちまう、梃子を入れましょう」
「ぶしゅう」と伝七が喉にからまった声で、石と石の隙間から呼びかけた、「返辞をしてくれ、大丈夫か、生きているか」
「あー」と用心ぶかく栄二が答えた、「大丈夫だ、ゆっくりやってくれ」
「もうすぐだからな、頑張れよ」
あげ潮のことを云おうとして、栄二は口をつぐんだ。石に敷かれている右足の甲が濡れはじめたのを感じた。初めは自分の血かと思ったが、それは爪先から甲まで浸してきた。海水は砂の上からあげてくるだけではない、砂の下からも滲み寄せてくるのだ。
「だめだな」と栄二は自分に囁いた、「掘り出されるまえに溺れちまうだろう、石をどければほかの石が崩れてくる、どっちにしろもうおしまいだ」
梃子を入れようと与平が云った。その梃子だろう、杭に使う杉丸太が、石と石の隙間から静かに差し込まれた。それは栄二の太腿のところへ当り、それから脛のほうへさがった。
「そこはおれの足だ」と栄二はできるだけ用心しながら叫んだ、「もっと手前へやってくれ、そのままじゃあ足が折れちまうぜ」
「あれを見ろ、潮だ」と与平の泣き声で叫ぶのが聞えた、「潮があげてくるぞ、早く、頼むからみんな早くしてください」
栄二は全身が凍るように思った。足の甲まで浸した水が、脛まであがってきたし、脛の上に伸びてきた梃子の丸太は、そのままこじりつけられるようであった。
「足が折れる」と栄二は叫んだ、「丸太を脇へやってくれ」
「こっちの石から始めよう」と小頭の云うのが聞えた、「梃子をしっかり押えていろ」
杉丸太に強い力が加わり、栄二は脛の骨がみりみりと鳴るように感じた。
「足が折れる」と彼は叫んだ。
丸太を脇へやれ、と云おうとしたが、砂が口にはいって声が出ず、彼は激しく咳こんだ。石と石の隙間から吹き入る風が、近づいてくる波の音を聞かせた。
「助けてくれ、さぶ」と栄二はわれ知らず云った、「――おれはもうだめだぜ」
梃子の丸太に非常な重さが加わり、栄二は脛の骨の折れる音を聞いたとたんに、失神した。