← Library‹ さぶ 十三の二

おれはもうがまんができない。おれたちのもっこ部屋へやがこんなざまになったのを、黙だまって見みているわけにはいかない。役所やくしょでどう考かんがえているかしれないが、もっこ部屋へやはおれたちのものだから、おれたちの力ちからで元もとどおりにするのが当然とうぜんではないか、と万吉まんきちは云いい張はってゆずらなかった。

「やろうと約束やくそくしたのは四よん人にんだが」と万吉まんきちは続つづけた、「あにいが立たてば、ほかにもやる気きになる者ものが出でてくると思おもう、義一よしかずのまわりに集あつまっているやつらのほかは、みんな立たちあがるんじゃねえかと思おもうんだ」

「考かんがえてみる」と栄二えいじはまた云いった、「本当ほんとうにやるとすれば、しくじらねえような手筈てはずを立たてなくっちゃあだめだ、ただ力ちからずくで片かたのつくことじゃあないんだから、いいな」

万吉まんきちは杭くいのほうを指ゆびさした、「あの棒ぼうを拾ひろって来こようか」

「部屋へやにべつのが隠かくしてあるんだ」と云いって栄二えいじは杖つえのぐあいを直なおした、「――怪あやしまれるといけねえ、おめえ先さきへ帰かえってくれ」

「あんまり待またせねえでな」と云いって、万吉まんきちはあとじさりにあるきだした、「――こぶが出でてったのはおとついだってよ」

栄二えいじは杭くいのところへゆき、地面じめんを捜さがして丸まる薪たきぎを拾ひろい集あつめ、それを脇わきにある石材せきざいのうしろへ隠かくした。

「どうしよう」と彼かれは呟つぶやいた、「そんなこととはまったく知しらなかった」

おれがやればみんなもやるという、みんなを巻まき添ぞえにすることはできない。義一よしかずを外そとへ呼出よびだそうか、みんなのいないところで、義一よしかずと対たいでやってみようかとも思おもった。

「それでは勝かちみはないな、足あしがこんなでは不意ふいを覘ねらうほかに勝かちみはない」栄二えいじはそう呟つぶやいて太息といきをついた、「――やっぱり岡安おかやすさんに話はなすよりしようがないな、もし岡安おかやすさんに事情じじょうがあって、役所やくしょでも手てが出だせないとなったら、そのときまた考かんがえてもいいじゃないか、ともかくそれが先さきだ」

岡安おかやす喜兵衛きへえには話はなしたくなかった。これまで手てを出ださずにいるのは、やむを得えない事情じじょうがあるに相違そういないからだ。しかし事ことがこんなふうになり、部屋へやのなかまたちにまで危険きけんが及およぶとすれば、自分じぶんの一存いちぞんでやるわけにはいかない。話はなすだけでも岡安おかやす喜兵衛きへえに話はなしてみよう、と栄二えいじは決心けっしんした。――そこを歩あゆみ去さるまえに、彼かれは振ふり向むいて海うみのほうを見みた。風かぜは殆ほとんど凪ないで、ときどき石垣いしがきを洗あらう波なみの音おとも、やわらかに囁ささやくように聞きこえた。星空ほしぞらの下したの海うみは暗くらいが、夜釣よづりをする舟ふねの灯あかりがまたたいてい、空気くうきにはあたためられた潮しおの香こうが匂におった。

栄二えいじが部屋へやへ戻もどり、閉しめてある引戸ひきどをあけて、杖つえに重心じゅうしんをかけながら土間どまへはいると、りゅうがすり寄よって来きて、いきなり杖つえを足あしで払はらった。とつぜんのことで、栄二えいじは悪わるいほうの足あしを痛いためないようにするのが精せいいっぱいだった。彼かれは横よこさまに転倒てんとうし、そのままの姿勢しせいでりゅうを見みながら、転ころぶときにも手てから放はなさなかった杖つえを、そろそろと引ひきよせた。

「ちんばだと思おもうからこっちはよけているのに」とりゅうは薄笑うすわらいをうかべながら云いった、「なにが気きにいらなくって突つっかかるんだ、ここはおめえ一人ひとりの部屋へやじゃあねえんだぜ」

部屋へやの中なかはしんとなった。荒あれだすまえにぱたっと風かぜが死しんだような、緊張きんちょうした沈黙ちんもくがひろがり、息いきをする者ものもないかと思おもえた。だがすぐに、誰だれかが板いたの間まをあるいて来きて、栄二えいじの眼めの前まえへ三さん本ほんの丸まる薪たきぎを投なげ出だした。薪たきぎはにぶい音おとをたてて転ころがり、一いち本ほんは栄二えいじの肩かたに当あたった。

「これをどうするつもりだ」と板いたの間まから問といかけてきた、義一よしかずの声こえであった、「こんな物ものでなにをしようってんだ」

栄二えいじは静しずかに起おきあがり、足あしを庇かばいながら、撞木しゅもく杖つえにすがって立たった。

「わるかったな」と栄二えいじはりゅうに云いった、「うっかりしてたんだ、勘弁かんべんしてくれ」

りゅうは歯はを剥むきだしたが、なにも云いわなかった。栄二えいじは向むき直なおり、身みを跼かがめて丸まる薪たきぎの一いち本ほんを拾ひろうと、右手みぎてで握にぎって、義一よしかずに見みせた。

「こうやってね、こいつを握にぎって、手ての指ゆびを馴ならすんだ。医者いしゃにすすめられたんだよ」

「聞きいたかい、りゅう」と義一よしかずは栄二えいじから眼めをはなさずに、口くちの隅すみで云いった、「医者いしゃにすすめられたんだとよ、この野郎やろう、ひとをこけにしやあがるぜ」

「嘘うそだと思おもうなら医者いしゃにきいてみてくれ、こうしてこれを握にぎったりはなしたりして、指ゆびに力ちからがつくと躯むくろにも精せいがつくっていうんだ」

「その棒ぼうを捨すてろよ」と義一よしかずが冷笑れいしょうしながら云いった、「おめえの覘のぞいはわかってるんだ、その棒ぼうを下したへ置おかねえか」

「いいよあにき」とりゅうが云いった、「おれがいうことをきかしてやらあ」

「待まってくれ」栄二えいじは不ふ安定あんていに躯むくろを曲まげた、「おれにはこの棒ぼうは大事だいじなんだ」

しかし捨すてろと云いうなら捨すてるよ、そう云いいながら眼尻めじりで、近ちかよって来くるりゅうを見み、丸まる薪たきぎを土間どまへ置おいた。そして、跼かがめた上うえ半身はんしんを起おこすなり、撞木しゅもく杖つえを持もち直なおすと、大股おおまたにとんで、板いたの間まの端はしに立たっている義一よしかずの足あしを、力ちからまかせに殴なぐりつけた。ちんばだとみて気きをゆるしていた義一よしかずは、すばやくとんだ栄二えいじの足あしに眼めをみはったとたん、全身ぜんしんの力ちからをこめた一撃いちげきをその脛すねにくらった。

横よこに払はらった杖つえが、義一よしかずの脛すねに当あたる音おとと同時どうじに、義一よしかずがぞっとするような悲鳴ひめいをあげて倒たおれ、栄二えいじはりゅうのほうをすばやく見みた。りゅうはとび出だすほど大おおきく眼めをみひらき、口くちをあけたまま棒立ぼうだちになっている。栄二えいじは倒たおれた義一よしかずが、ふところから匕首あいくちを抜ぬくのを認みとめ、杖つえを取とり直なおすと、おがみ打うちに、これまた力ちからいっぱい殴なぐりつけた。

「やめてくれ」義一よしかずはまた悲鳴ひめいをあげた、「おれがわるかった、よしてくれ」

栄二えいじはまるで狂くるったように、続つづけさまに殴なぐりつけた。杖つえは頭あたまを打うち胸むねを打うった。義一よしかずの手てから匕首あいくちがはねとび、頭あたまや顔かおが血ちだらけになった。――そのとき初はじめて、りゅうが動うごきだした。

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