おれはもうがまんができない。おれたちのもっこ部屋がこんなざまになったのを、黙って見ているわけにはいかない。役所でどう考えているかしれないが、もっこ部屋はおれたちのものだから、おれたちの力で元どおりにするのが当然ではないか、と万吉は云い張ってゆずらなかった。
「やろうと約束したのは四人だが」と万吉は続けた、「あにいが立てば、ほかにもやる気になる者が出てくると思う、義一のまわりに集まっているやつらのほかは、みんな立ちあがるんじゃねえかと思うんだ」
「考えてみる」と栄二はまた云った、「本当にやるとすれば、しくじらねえような手筈を立てなくっちゃあだめだ、ただ力ずくで片のつくことじゃあないんだから、いいな」
万吉は杭のほうを指さした、「あの棒を拾って来ようか」
「部屋にべつのが隠してあるんだ」と云って栄二は杖のぐあいを直した、「――怪しまれるといけねえ、おめえ先へ帰ってくれ」
「あんまり待たせねえでな」と云って、万吉はあとじさりにあるきだした、「――こぶが出てったのはおとついだってよ」
栄二は杭のところへゆき、地面を捜して丸薪を拾い集め、それを脇にある石材のうしろへ隠した。
「どうしよう」と彼は呟いた、「そんなこととはまったく知らなかった」
おれがやればみんなもやるという、みんなを巻き添えにすることはできない。義一を外へ呼出そうか、みんなのいないところで、義一と対でやってみようかとも思った。
「それでは勝ちみはないな、足がこんなでは不意を覘うほかに勝ちみはない」栄二はそう呟いて太息をついた、「――やっぱり岡安さんに話すよりしようがないな、もし岡安さんに事情があって、役所でも手が出せないとなったら、そのときまた考えてもいいじゃないか、ともかくそれが先だ」
岡安喜兵衛には話したくなかった。これまで手を出さずにいるのは、やむを得ない事情があるに相違ないからだ。しかし事がこんなふうになり、部屋のなかまたちにまで危険が及ぶとすれば、自分の一存でやるわけにはいかない。話すだけでも岡安喜兵衛に話してみよう、と栄二は決心した。――そこを歩み去るまえに、彼は振り向いて海のほうを見た。風は殆んど凪いで、ときどき石垣を洗う波の音も、やわらかに囁くように聞えた。星空の下の海は暗いが、夜釣りをする舟の灯がまたたいてい、空気にはあたためられた潮の香が匂った。
栄二が部屋へ戻り、閉めてある引戸をあけて、杖に重心をかけながら土間へはいると、りゅうがすり寄って来て、いきなり杖を足で払った。とつぜんのことで、栄二は悪いほうの足を痛めないようにするのが精いっぱいだった。彼は横さまに転倒し、そのままの姿勢でりゅうを見ながら、転ぶときにも手から放さなかった杖を、そろそろと引きよせた。
「ちんばだと思うからこっちはよけているのに」とりゅうは薄笑いをうかべながら云った、「なにが気にいらなくって突っかかるんだ、ここはおめえ一人の部屋じゃあねえんだぜ」
部屋の中はしんとなった。荒れだすまえにぱたっと風が死んだような、緊張した沈黙がひろがり、息をする者もないかと思えた。だがすぐに、誰かが板の間をあるいて来て、栄二の眼の前へ三本の丸薪を投げ出した。薪はにぶい音をたてて転がり、一本は栄二の肩に当った。
「これをどうするつもりだ」と板の間から問いかけてきた、義一の声であった、「こんな物でなにをしようってんだ」
栄二は静かに起きあがり、足を庇いながら、撞木杖にすがって立った。
「わるかったな」と栄二はりゅうに云った、「うっかりしてたんだ、勘弁してくれ」
りゅうは歯を剥きだしたが、なにも云わなかった。栄二は向き直り、身を跼めて丸薪の一本を拾うと、右手で握って、義一に見せた。
「こうやってね、こいつを握って、手の指を馴らすんだ。医者にすすめられたんだよ」
「聞いたかい、りゅう」と義一は栄二から眼をはなさずに、口の隅で云った、「医者にすすめられたんだとよ、この野郎、ひとをこけにしやあがるぜ」
「嘘だと思うなら医者にきいてみてくれ、こうしてこれを握ったりはなしたりして、指に力がつくと躯にも精がつくっていうんだ」
「その棒を捨てろよ」と義一が冷笑しながら云った、「おめえの覘いはわかってるんだ、その棒を下へ置かねえか」
「いいよあにき」とりゅうが云った、「おれがいうことをきかしてやらあ」
「待ってくれ」栄二は不安定に躯を曲げた、「おれにはこの棒は大事なんだ」
しかし捨てろと云うなら捨てるよ、そう云いながら眼尻で、近よって来るりゅうを見、丸薪を土間へ置いた。そして、跼めた上半身を起こすなり、撞木杖を持ち直すと、大股にとんで、板の間の端に立っている義一の足を、力まかせに殴りつけた。ちんばだとみて気をゆるしていた義一は、すばやくとんだ栄二の足に眼をみはったとたん、全身の力をこめた一撃をその脛にくらった。
横に払った杖が、義一の脛に当る音と同時に、義一がぞっとするような悲鳴をあげて倒れ、栄二はりゅうのほうをすばやく見た。りゅうはとび出すほど大きく眼をみひらき、口をあけたまま棒立ちになっている。栄二は倒れた義一が、ふところから匕首を抜くのを認め、杖を取り直すと、おがみ打ちに、これまた力いっぱい殴りつけた。
「やめてくれ」義一はまた悲鳴をあげた、「おれがわるかった、よしてくれ」
栄二はまるで狂ったように、続けさまに殴りつけた。杖は頭を打ち胸を打った。義一の手から匕首がはねとび、頭や顔が血だらけになった。――そのとき初めて、りゅうが動きだした。