← Library‹ さぶ 十四の五

四よん月がつの二十にじゅう一いち日にちに、栄二えいじとおすえは祝言しゅうげんをした。寄場よせばの休やすみの日ひを選えらんだので、石川島いしかわじまからは小頭こがしらの伝七でんしちと、与平よへい、万吉まんきち、赤鬼あかおにの松田まつだ権蔵ごんぞうら四よん人にんが来きた。かれらは炭取すみとりとか十能じゅうのう、めおと箸はし、箱膳はこぜん、一いち反たんの晒木綿さらしなどに、洗あらいあげた浴衣ゆかたが三さん枚まい、という祝いわい物ものを並ならべた。

「この古ふる浴衣ゆかたはおれの心こころざしだ」と松田まつだが怒おこったように云いった、「こんな物ものくその役やくにも立たたねえと思おもうだろうが、もしそんなふうに思おもうなら、すっとこどっこいのぼけなす野郎やろうのおけら頭あたまだ」

相あい変かわらずだな、と思おもいながら栄さかえ二には微笑びしょうしたが、おすえは怯おびえたような眼めをしていた。松田まつだはそのおすえに向むかって、ちょっとここへおいでと手招てまねきをした。

「おめえさんは知しるめえがな」と松田まつだは坐すわり直なおして、しかつめらしく云いった、「生うまれたての赤あかん坊ぼうの肌着はだぎやおしめには、新あたらしい切地きれじを使つかうもんじゃねえ、幾十いくじゅうたびとなく洗あらいぬいて、やわらかくなった木綿もめんを使つかうんだ、赤あかん坊ぼうの肌はだなんてものはおまえさん、まるっきり搗つきたての餅もちも同様どうようだからな、ちょっと手荒てあらに扱あつかってもすぐにひっちゃぶけちゃうもんなんだ、万吉まんきち、なにが可笑おかしいんだ」

「いや可笑おかしかあねえが」と万吉まんきちは笑わらいをこらえながら云いった、「まだ婚礼こんれいもしねえのに赤あかん坊ぼうの講釈こうしゃくは早はやいだろう、みなよ、おすえさんは恥はずかしさに身みをちぢめているぜ」

「まだってったってべらぼうめ、今夜こんやからいっしょに寝ねるんだろう」と云いって松田まつだは慌あわてて話はなしをそらした、「だからよ、その、あれだ、おれたちはいつまた来こられるかわかりゃあしねえだろ、だから話はなすのはいまだと思おもったんだ、わるかったらあやまるよ」

「有難ありがとう、松田まつださん」と栄二えいじは頭あたまをさげながら云いった、「なによりの祝いわい物ものだ、みなさんにもいちいち礼れいは云いいません、有難ありがたくいただきます」

万吉まんきちがめんくらったように「どう致いたしまして」と答こたえ、みんなが笑わらいだした。

隣となりの増ぞう六ろくの妻つまと、差配さはいの妻つまが手伝てつだいに来きて、膳ぜん拵こしらえや酒さけの支度したくを引受ひきうけていた。金杉かなすぎの平蔵へいぞうはこういうことは嫌きらいだそうで、三さん軒けんほどある親類しんるいも呼よばず、日ひの昏くれがたになって一人ひとりで来きた。さぶは栄二えいじに、せめてもとの兄弟きょうだい子こたち二に、三さん人にんぐらいは呼よぼう、とすすめたが、栄二えいじはかたく拒こばみ、与平よへいさんが親代おやがわり、おめえが親類しんるい代かわりだ、と主張しゅちょうしたし、形式けいしきだけでも仲人なこうどを、というのも承知しょうちしなかった。

「仲人なこうどがあって知しりあったならともかく」と栄二えいじは云いった、「おれたちはお互たがいどうしで知しりあい、お互たがいどうしでいっしょになろうときめたんだ、式しきだけの仲人なこうどなんて、そんなごまかしはまっぴらだ」

「それはそうだろうが、世間せけんてものもあるし」とさぶは太息といきをつきながら云いった、「ゆく先さきなにかあった場合ばあいにも、中なかに立たつ人ひとがいたほうがよかあねえかと思おもうんだが」

「おめえがいるじゃねえか」栄二えいじはさぶに指ゆびを向むけて云いった、「おれにもおすえにも、さぶっていう相談そうだん相手あいてがいるだけで充分じゅうぶんだよ」

さぶはてれくさそうな、けれども深ふかい感動かんどうを眼めに湛たたえながら、「栄さかえちゃん」と口くちの中なかで呼よびかけた。――それは昨日きのうのことだったが、今日きょうは朝あさから、さぶは独ひとりでうちそとを駆かけまわり、寄場よせばから四よん人にんが来くると、すぐに膳ぜんを並ならべたり酒さけを運はこんだりした。おまえは今日きょうは主人しゅじん役やくなんだから、雑用ざつようは任まかせて坐すわっていろ、と幾いくたびか栄二えいじに云いわれたが、そんなはれがましいまねは苦手にがてだとか、肩かたが凝こってだめだ、などと云いって少すこしもおちつかなかった。

平蔵へいぞうはそれでも紋もん付つけ袴はかまで、一いち升しょう入いりの角樽つのだるを二ふたつ、酒屋さかやの男おとこに持もたせてあらわれた。おすえは紬縞つむぎじまの着物きものに厚板あついたの帯おび、足袋たびもはかないふだん同様どうようの着きつけだし、栄二えいじも木綿もめん縞しまの着物きものに三さん尺しゃく帯たいという恰好かっこうだった。栄二えいじが平蔵へいぞうに、寄場よせばの人ひとたちひとりひとりを、自分じぶんの恩人おんじんだと云いってひきあわせると、平蔵へいぞうはそのたびに礼れいを述のべ、丁寧ていねいに挨拶あいさつをした。寄場よせばの者ものと聞きいてもいやなようすは決けっしてみせなかったし、言葉ことばかずこそ少すくなかったが、挨拶あいさつのしかたも極きわめて尋常じんじょうだった。

祝言しゅうげんといってもざっとしたものであった。二人ふたりが並ならんで坐すわり、貰もらったばかりの箱膳はこぜんを三方さんぼうの代かわりに、三さん三さん九きゅう度どの盃さかずきを交かわしただけである。盃さかずきは与平よへいの持もって来きた土器どきで、酒さけは燗徳利かんどくりを使つかった。盃さかずきが終おわると、おすえは給仕きゅうじに立たち、栄二えいじは下しものほうへさがって坐すわった。

「おかげで無事ぶじにかための盃さかずきができました、有難ありがとうございます」栄二えいじは両手りょうてを突ついて云いった、「――ごらんのとおり私わたくしたちはすっ裸ぱだかです、祝いわっていただいてもお返かえしはできません、さぶとおすえと私わたくしと三さん人にん、すっ裸ぱだかで仕事しごとに取とりつきます、楽らくでないことはおすえもわかってくれるでしょうが、私わたくしは寄場よせばで辛抱しんぼうということを教おしえられました、五ご年ねんや十じゅう年ねんは冷ひやめしを食くっても辛抱しんぼうし、きっと人ひと並なみの店みせを持もつ覚悟かくごです」

どうか見みていてもらいたいと、珍めずらしく力りきんだ口くちぶりで結むすんだ。

「おれが御ご祝儀しゅうぎをやろう」と万吉まんきちが酔よいの出でた赤あかい顔かおで云いった、「いけねえかな松田まつださん、たかさごやだよ」

松田まつだ権蔵ごんぞうが眼めを剥むいた、「なんだと、おめえそんな芸当げいとうができるのか」

「芸当げいとうたあ痛いたえな」

「やっておくれ」と与平よへいが云いった、「それで今夜こんやのおめでたが締しまるよ」

万吉まんきちはうたい始はじめた。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%