「佐吉にどこで会った」と蝶太夫が訊いた。
「まずい酒だったな」六はそう云って立ちあがった、「金が出来たら例の仲間部屋へ知らせてくれ、五日だけ待ってやる、今日から数えて五日だ、掛け値なしだぜ」
「まずい酒で悪かったな」と蝶太夫が云った、「こんどふところのあったかいときにはうまい酒を飲ませてやるよ」
六はなにも云わずに出ていった。
出ていった六の暢気そうな鼻唄が聞えなくなると、蝶太夫は肱枕で横になった。その顔色はいま蒼黒くなり、唇がたるみ、眼は壁の一点をみつめたまま動かなくなった。お由は出ていった、と彼は思った。しかしそれは重大なことではない、お由の躯の持っている魅力は稀なものであるが、美味なほど飽きやすいもので、その特徴の稀なものであることが、却って彼には鼻について来ていた。これまでの女遍歴で彼が得たものは、石を踊らせようとして汗みずくになって徒労に終るか、反対にこっちが踊らされて疲労困憊するか、いずれにせよ、結局はこちらのへたばるのがおちであった。
「これであの娘にもいなやは云わせないぞ」と彼は呟いた、「夫婦にならなくてはいやだって、自分のほうから云いだしたんだからな、こんどこそ逃がさないぞ」
ああいう嬌いたしなや、いろけの溢れるような表情をもった女は、そのことになると却ってつつましく、求めかたも控えめで、静かなのが一般の例だといわれる。蝶太夫の経験でもそういう例が多かったし、そういう相手には興味がなかった。しかしいまは違う。おれもそろそろおちつく年だ、と彼は思う。一生おちつくというわけでもない、男としてはまだこれからであるが、このへんでいちどおちついた世帯を持ち、芸のほうに専念してみるのもいいだろう。そうだ、三十二といえばそのくらいの年だ、おりうならちょうどいい、親から金も出るだろうし、半年ばかり芝居のほうを休んで、みっちり腕にみがきをかけてやろう、と彼は心の中で思った。
「だが、六助のやつ」暫くして、彼はふと声をあげた、「いやそうじゃあない」彼は自分に首を振った、「――仲次郎のことなんか構わない、たとえ腕を折った裏話をしたって、折った本人は六の野郎で、おれが頼んだなんていう証拠はない、もし仲次郎が仕返しをするとしたら、当の相手は六助にきまっている、そのことはいいんだ」そして彼は眼をつむり、口の中で不審に呟いた、「それよりも気になるのは、佐吉が誰かに飼われているということだ、――佐吉は正月に桝屋をよした、おれはそうかと思っただけで気にもとめなかったが、誰かに飼われているというのはへんな話だ、誰に、どんな理由で飼われているのかは、口を割らなかったというが、……芝居茶屋の人間で、女客と役者や芸人を取り持っていた、そんな見当になにか曰くがありそうだと云ったな」
蝶太夫はじっと眼を据えて、暗い天床の一点を見まもった。
――おめえなんぞも気をつけたほうがいいぜ。
むささびの六の嘲笑するような声が、耳の奥のほうで聞えた。慥かに、彼も佐吉の取持ちで幾人かの女客と逢った。後家、人妻、娘。年増もあり若いのもあった。たいていは顔つきも思いだせないが、中には覚えている相手も二人や三人はあった。
「だが、それがどうした」と彼は眼をつむったままで記憶にある女を思いうかべながら、居直ったように呟いた、「――桝屋でわけのできた相手は、みんな向うから手を出したんだ、こっちは座敷を勤めただけなんだから、そんなこって因縁をつけられる筋はねえ、おどかすなってんだ」
その呟きには、言葉ほどの強さはなく、彼は眼をあいて起き直った。
「引越しだな」と彼は声に出して云った、「六のやつにうろうろされても迷惑だし、この町内にも長くいすぎた、気を変えるためにも引越すとしよう」
その翌日、蝶太夫は引越しをした。
彼はふところが苦しかった。その月の芝居では「松朝扇うつし絵」という、大切の所作事に出るだけで、前借りが溜っているため、給金も半分止めになっていたし、座敷の数も少なかった。おりうから貰った一両のうち、(これも溜っている)店賃に一分だけ入れ、家財道具のうちごく必要な物を残して、あとはきれいに売ってしまった。お由の衣類などもあったが、それもいっしょに売り払い、僅かな荷物は車屋に頼んで置いて、家を捜しにでかけた。九間堀に常磐津三千太夫というなかまがあり、そこで訊いて、浅草の福井町までいっしょにいってもらった。――福井町一丁目の横町で、下は老人夫婦が荒物屋をしてい、二階の六帖を貸すというのであった。荒物屋は隠居しごとで、生活費は息子のほうから来るらしい。こっちのしょうばいを聞くと、ちょっと渋い顔をしたが、うちで弟子は取らないという約束で、はなしはきまった。
その日の芝居の済んだあと、三千太夫と一杯やりながら、彼は六助が上方から戻って来たことを告げ、こんどの住居をないしょにしてくれるように、と頼んだ。三千太夫も六助の戻ったことは知っていて、おれは饒舌りはしないが、六の眼から逃げることはできないだろう、と云った。べつに逃げるわけではない、うるさいだけなんだ、と蝶太夫は云った。三千太夫はちらと横眼をはしらせたが、私は黙ってるよ、ともういちど云った。
蝶太夫はおりうからの「知らせ」を待った。それはいつも中村座の楽屋へ来るのであるが、十月の芝居が終り、次の顔見世は十一月二十日が初日なので、知らせを受ける手掛りに困った。小屋は休みでも、楽屋番はずっと詰めている。次の興行のために、裏方の出入りがあるためだが、出語りの芸人が、毎日そう楽屋を覗くわけにはいかない。楽屋番の平造という老人にはそれだけのこともしてあり、平造もよく心得てはいるが、それにしても「知らせはなかったか」と訊きにゆくことは、自尊心がゆるさなかった。
「一年ちかくも逢っていて、いどころも訊きだせなかったなんて」彼は自分に舌打ちをした、「岸沢蝶太夫ともある者が、だらしのねえ話だ」
いや、こっちもだらしがなかったかもしれないが、あの娘も隙はみせなかった。もう一と押しというところでいつも躰を躱す、あのみごとさはどうだ、と彼は思った。彼はよく考えてみて、それから独りで笑った。
「おい、しっかりしろ」と彼は云った、「生娘だから遠慮をしていたんだ、それだけのこった、こんどこそ、力ずくでもものにしてみせるから見ていやあがれ」
むささびの六は姿をみせなかった。