← Library‹ 五瓣の椿 第一話 一

喜兵衛きへえの病状びょうじょうが悪化あっかしたのは、十じゅう二に月がつ二十にじゅう七しち日にちの夜よるのことであった。

暮くれ六むいつに店みせを閉しめてから、夕食ゆうしょくを済すませたあと、番頭ばんとうと二人ふたりの手代てだいを相手あいてに、帳合ちょうあいをするのが店みせのきまりで、そのときは歳末さいまつが近ちかづいていたため、地方ちほうとの取引とりひき先さきの分ぶんもあり、十じゅう一いち時じ過すぎになって、ようやく一いちと区切くぎりついた。

おしのはいつものとおり、女中じょちゅう二人ふたりに指図さしずして、九きゅう時じに茶菓さかを出だしてから、父ちちと自分じぶんの夜具やぐの並ならべて敷しかれた部屋へやへいって寝ねる支度したくをした。火鉢ひばちの火ひかげんをみて灰はいをかけ、煎薬せんやくの土瓶どびんを仕掛しかけた。その脇わきの盆ぼんには、湯呑ゆのみ茶碗ちゃわんと布ぬので掩おおいをした金盥かなだらい、金盥かなだらいには水みずがはいってい、たたんだ手拭てぬぐいが五ご枚まい重かさねてある。おしのはそれらをよくしらべ、また、父ちちの寝衣ねまきが三さん枚まい出だしてあることも慥たしかめた。父ちちはひどい盗汗ねあせをかくし、毎夜まいよ幾いくたびか咳せきの発作ほっさを起おこすため、それだけの支度したくはどうしても必要ひつようなのであった。

おしのが着替きがえをしようとしていると、番頭ばんとうの嘉助かすけが、声こえをかけて、はいって来きた。彼かれは三十さんじゅう七ななになり、四よん丁目ちょうめの裏うらに家いえのあるかよい勤つとめで、妻つまとのあいだに子供こどもが二人ふたりあった。九きゅう時じ半はんになると帰かえるのがきまりで、いつもは襖ふすまの外そとから挨拶あいさつだけしてゆくのだが、その夜よるは声こえをかけて、部屋へやの中なかへはいって来きた。

「どうしたの」おしのは訝いぶかしげに訊きいた。

「旦那だんなのことなんですが」と嘉助かすけは囁ささやくように云いった、「どうもいつもよりぐあいがお悪わるいようですから、もうおやすみになるように仰おっしゃって下くださいませんか」

「どんなぐあいなの」

「ひどい熱ねつなんでしょう、お顔かおが赤あかいし息苦いきぐるしそうで、激はげしい咳せきこみが二に度どもございました」と嘉助かすけは云いった、「おやすみになるようにといくらおすすめしても、おまえこそもう帰かえれと仰おっしゃるばかりで」

おしのは頷うなずいた、「いいわ、あたしがいってみるから、嘉助かすけさんはもう帰かえってちょうだい」

「今夜こんやはもう少すこし残のこることにします」

「いいえ、却かえってお父ちちつぁんが気きをもむから、いつもどおりにしたほうがいいわ」

嘉助かすけはよほど残のこりたそうであったが、おしのは帰かえるように云いい、自分じぶんはすぐに店みせへいってみた。手代てだいの忠三ちゅうぞうと徳次郎とくじろうが、父ちちと机つくえをはさんで坐すわり、帳合ちょうあいをしていた。忠三ちゅうぞうは二十にじゅう一いち、徳次郎とくじろうは二十にじゅう三さん歳さい、年ねんが明あけると暖簾のれんを分わけて店みせを出だすことになっている。ほかに小僧こぞうをいれて店みせの者ものが七なな人にんいるが、みんな店みせの次つぎの部屋へやで、読よみ書かきや算盤そろばんの稽古けいこをしていた。――おしのは父ちちのようすを見みた。喜兵衛きへえは四十よんじゅう五ご歳さいという年としよりずっと老ふけてみえる。躯むくろもすっかり痩やせているし、顔かおは頬骨ほおぼねから顎あごの骨ほねまであらわになり、おちくぼんだ眼めや、抉えぐったようなこめかみや、油あぶらけのない灰色はいいろの髪かみなどは、そのまま死相しそうを示しめすように感かんじられた。

――いいえ、そんなことはない。

父ちちはまえからあんなふうだった、とおしのはかぶりを振ふった。十じゅう二にの年としで奉公ほうこうに来き、二十にじゅう五ごで婿むこ養子ようしに直なおった。それから二十にじゅう年ねん、ものみ遊山ゆさんにもゆかず、寄席よせや芝居しばいを見みるでもなく、もちろん酒さけや煙草たばこの味あじも知しらない。ただ「むさし屋や」のため、しょうばい第だい一いちと勤つとめとおして来きた。老舗しにせの名なは聞きこえていたが確実かくじつに資産しさんを積つんだのも、隣となりにあった紙かみ問屋とんやを買かって、油屋あぶらやの店みせをひらいたのも、みな喜兵衛きへえのはたらきであった。

――五、六ごろく年ねんまえから疲つかれが出ではじめた。

あたしが十じゅう一いち、二にのころからだ、とおしのは思おもった。おしのは幼おさないじぶんから、父ちちと母ははとのあいだに寝ねかされていた。それは母ははの主張しゅちょうであったが、十じゅう一いち、二にになってから、夜半やはんに眼めがさめたときなど、暗くらくしてある行燈あんどんの光ひかりで見みると、父ちちの寝顔ねがおはすさまじいほど憔悴しょうすいしてい、死しんでいるのではないか、とさえ思おもったことが幾いくたびもあった。

――あのころからときどきこんなふうに見みえたことがある。

これは死相しそうなどというものではない、おしのはそう思おもいながら、さりげなく父ちちのほうへ近ちかよってゆき、あまえた動作どうさで、帳場ちょうば格子こうしへよりかかった。

「どうした」と喜兵衛きへえが眼めをあげた、「まだ寝ねなかったのか」

「今夜こんやはなんだか淋さびしいのよ」おしのは小ちいさく肩かたをゆすった、「お父ちちつぁんが寝ねてくれなければ眠ねむれそうもないの」

喜兵衛きへえはそっと笑わらった、「有難ありがたいが、私わたくしは大丈夫だいじょうぶだよ」

「あたし本当ほんとうに淋さびしいのよ」

「わかってる」と喜兵衛きへえはまた帳面ちょうめんに向むかって筆ふでを取とった、「私わたくしは大丈夫だいじょうぶだよ、自分じぶんの躯むくろのことはよく知しっているからね、もういって寝ねなくちゃあだめだよ」

そして徳次郎とくじろうと読よみ合あわせを続つづけた。

おしのは諦あきらめた。父ちちがそう云いいだしたらきかないことは、よくわかっていたからである。部屋へやへ戻もどって、寝衣ねまきに着替きがえ、もういちど火鉢ひばちの埋うずみ火びをみてから、夜具やぐの中なかへはいり、読よみかけの「松代物語まつしろものがたり」というよみ本ほんをひろげた。信濃しなののくにの松代まつしろという城下じょうか町ちょうに生うまれた姉妹しまいが、じつの母親ははおやを捜さがすために諸国しょこくをまわりながら、いろいろと辛つらい苦くるしいめにあったり、悲かなしいおもいをしたりする話はなしで、もう二に度ども読よみ、筋すじは暗記あんきしているくらいだが、繰返くりかえし読よんでもおしのは飽あきなかった。――だがその夜よるは、いくらも、よまないうちに眠ねむってしまったらしい。呼よび起おこされて眼めをさますと、徳次郎とくじろうがまっ蒼さおな顔かおをして、「旦那だんなが」と云いいながら、店みせのほうを指ゆびさしていた。徳次郎とくじろうの顔かおの相そうが変かわっているのを見みて、おしのははっきり眼めがさめ、起おきあがって半纒はんてんをひっかけた。

父ちちは座ざ蒲団ふとんを並ならべた上うえに寝ねていたが、喀血かっけつをしたのだろう、口くちのまわり、着物きものの衿えり、そして畳たたみの上うえまで血ちが飛とび散ちってい、それを店みせの者ものたちが拭ふき取とっているところだった。

「騒さわぐな」と喜兵衛きへえは眼めをつむったまま云いった、「薬くすりはいらない、ぬるま湯ゆに塩しおを入いれて来きてくれ、おしのを起おこすな」

喀血かっけつは初はじめてではないが、そんなに多量たりょうに吐はいたことはなかった。おしのは足あしのほうから震ふるえだし、息いきが詰つまりそうになった。声こえが出でないので、徳次郎とくじろうに眼めで頷うなずき、茶ちゃの間まへいって塩しおのぬるま湯ゆを作つくった。喀血かっけつしたらそうするようにと、まえに医者いしゃから聞きいていたのである。おしのは自分じぶんをおちつけるために、水みずを一杯いっぱいゆっくりと飲のみ、それからまた店みせへ出でていった。喜兵衛きへえは眼めをあいて、はいって来くるおしのをみつめた。

「塩湯しおゆよ」とおしのは微笑びしょうしながら坐すわった、「濃こすぎたら薄うすくしますわ」

「起おきなくってもいいのに」

「口くちをきいてはだめ」とおしのが云いった、「そうっと頭あたまだけあげてね、徳とくどんと忠ただしどん、うしろからそっと支ささえてちょうだい」

二人ふたりがうしろから抱だき起おこすようにし、おしのは父ちちに塩湯しおゆを飲のませた。暫しばらくは動うごかせないので、汚よごれた着物きものもそのまま、枕まくらをさせ掻巻かいまきを掛かけてから、湯ゆで手拭てぬぐいを絞しぼって、胸元むなもとから口くちのまわりを拭ふいた。

「胸むねがおちつかない」と喜兵衛きへえが云いった、「手拭てぬぐいで冷ひやして当あててくれ」

「ごめんなさい」とおしのはすぐに立たった、「それをすっかり忘わすれてたわ」

「おまえたちはいい」喜兵衛きへえは店みせの者ものに向むかって云いった、「もうおそいから、片かたづけるのは明日あすにしてみんな寝ねてくれ」

「横山よこやまさんを呼よんで来きましょう」

「いや、それも明日あすでいい、いま呼よんだところで、医者いしゃにもどうしようもない、じっとしているほかに手てはないんだから」

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