← Library‹ 五瓣の椿 第四話 一

「銀ぎんの平打ひらうちの釵かんざし」と青木あおき千之助せんのすけは呟つぶやいた、「片方かたほうは裏うら梅うめの彫ほりで片方かたほうは花菱はなびしだった、注文ちゅうもんして打うたせたものではなく、小間物こまもの屋やで買かった品しなだろう」

早はやくとばしている駕籠かごが揺ゆれるので、あぐらをかいた膝ひざのあいだに抱かかえている刀かたなの鍔つばがうるさく顎あごへ当あたるため、千之助せんのすけは無む意識いしきに顔かおを脇わきへそらした。刀かたなのぐあいを直なおすほうが簡単かんたんなのだが、考かんがえごとに頭あたまをとられていて、そんなことにさえ気きづかないようすであった。

「下手げしゅ人にんは一人ひとりだ」とまた彼かれは呟つぶやいた、「寝床ねどこへいっしょに引入ひきいれてから、釵かんざしで心臓しんぞうを一いちと突つき、手口てぐちは二に度どとも符節ふせつを合あわせたように同おなじだし、おまけに死し躰からだの枕許まくらもとに赤あかい山やま椿つばきの花はなびらが一いち枚まい、――どっちも女おんなだというから、下手へた人ひとがその女おんなだということに紛まぎれはないだろう」

一人ひとりは芸人げいにん、一人ひとりは町まち医者いしゃ、どちらも評判ひょうばんのよくない人間にんげんだった、と彼かれは思おもった。初はじめに殺ころされた岸沢きしざわ蝶太夫ちょうだゆうには、恨うらみを持もつ人間にんげんがいた。彼かれの兄弟きょうだい子しで仲次郎なかじろうといい、彼かれのために腕うでを折おられた。岸沢きしざわのたて三味しゃみ線せんを横取よこどりするのが目的もくてきでやくざ者ものを使つかい、仲次郎なかじろうの利きき腕うでを折おったのだという。そこでいちおう仲次郎なかじろうをしらべたところ、「おりう」という女おんなの名なが出でた。住居じゅうきょもなにもわからない、年としは十じゅう八はち、九きゅうで縹緻きりょうがよく、大店おおだなの娘むすめのような感かんじだった。むささびの六助ろくすけというならず者ものも伴つれて来きて、腕うでを折おったのは蝶ちょう太夫たゆうに頼たのまれたからだと云いい、深川ふかがわの門前もんぜん仲町なかちょうにある「岡田おかだ」という料理りょうり茶屋ちゃやを教おしえられた。そこで仲次郎なかじろうは蝶ちょう太夫たゆうに会あい、事実じじつを慥たしかめてから、相手あいての腕うでを折おってやろうと思おもったが、おりうという娘むすめに止とめられて帰かえった。そのときおりうは、仲次郎なかじろうに金子かねこ五十ごじゅう両りょうを呉くれ、なにかしょうばいに取とり付つくように、と云いったそうである。

「ここがわからない」と千之助せんのすけは呟つぶやいた、「そのあとで蝶ちょう太夫たゆうをあやめたんだが、どうしてそのまえに仲次郎なかじろうを呼よんだのか、むささびの六ろくとどんな関係かんけいがあるのか、なんのために五十ごじゅう両りょうという大枚たいまいな金かねを仲次郎なかじろうに遣やったのか、そのところがまるでわからない」

次つぎの医者いしゃのときもそうだ、と彼かれは思おもった。

海野うんの得とく石せきという医者いしゃは、いかがわしい治療ちりょうをして金きんを儲もうけ、大川端おおかわばた町まちで「海うみ石いし」という料理りょうり茶屋ちゃやを、そして日本橋にほんばし平松ひらまつ町まちで「豊島としま屋や」という宿屋やどやを経営けいえいしていた。いかがわしい治療ちりょうのことも耳みみにはいっていたし、兼業けんぎょうを許ゆるされない医者いしゃが料理りょうり茶屋ちゃやをやり、宿屋やどやのほうでは「日済ひなし貸かし」までやっているという事実じじつもわかった。すると、蝶ちょう太夫たゆうが殺ころされてから七なな日にちめに、浅草あさくさみよし町まちの「ひらの」で、得とく石せきもまた若わかい女おんなに殺ころされた。女おんなはおみのという名なで、こんどは貸金かしきんの証文しょうもんを残のこらず持もち去さった。

――これも謎なぞのようだ。

得とく石せきが貸金かしきんの証文しょうもんをまとめて持もっていったことは、豊島としま屋やの番頭ばんとうがはっきり認みとめている。だが「ひらの」にはなにもなかった。死し躰からだの側がわには、証文しょうもんを入いれたという手提てさげさえもなかった。「瓦版かわらばんに出でたから、借金しゃっきんをしている連中れんちゅうはよろこんだろう」と千之助せんのすけは呟つぶやいた、「――まえには仲次郎なかじろうに金かねを恵めぐみ、二に番ばんめには日済ひなしの借金しゃっきんで困こまっている者ものたちを助たすけた、しかし、二人ふたりを殺ころすのが目的もくてきだったことに紛まぎれはない」

それは殺ころしかたと、椿つばきの花弁はなびらを一いち枚まいだけ置おいたことでわかる。殺ころすことは初はじめから計画けいかくされたもので、金かねを与あたえたり証文しょうもんを破棄はきしたのはついでの仕事しごとだ。

「紅あかい一いち枚まいの椿つばきの花片かへん」とまた彼かれは呟つぶやいた、「いったいなんの意味いみだ、そんなに若わかく、縹緻きりょうも人ひと一倍いちばいいいという娘むすめが、どういうわけで二人ふたりの男おとこを手てに掛かけたんだ、――椿つばきの花片かへんはなんの意味いみだ」

駕籠かごが停とまり「着つきました」という声こえがした。草履ぞうりを揃そろえたのは、迎むかえに来きた上総屋かずさやの七なな造つくりであった。街まちはもう黄昏たそがれが濃こく、眼めの前まえにある料理りょうり茶屋ちゃやの門口かどぐちにも「かね本ほん」という掛かけ行燈あんどんに火ひがいれてあった。

「女おんなはいるだろうな」

「大丈夫だいじょうぶです」と七なな造つくりが云いった、「どうぞ」

「駕籠屋かごやは待またせておけ」

門口かどぐちをはいると土間どまで、それが向むこうまで続つづいており、右側みぎがわに部屋へやが並ならんでいた。田舎いなかふうの造つくりだろう、七なな造つくりは土間どまをずっといって、端はしから一ひとつ手前てまえの障子しょうじをあけた。――そこは四よん帖じょう半はんの小こ部屋へやで、行燈あんどんが明あかるく、手焙てあぶりの側がわに中年増ちゅうどしまの女おんなが一人ひとり坐すわってい、千之助せんのすけを見みるとうしろへさがって手てを突ついた。千之助せんのすけはあがって、刀かたなを右みぎに置おきながら坐すわった。

「辞儀じぎには及およばない、楽らくにしろ」と千之助せんのすけは云いった、「おまえ門前もんぜん仲町なかちょうの『岡田おかだ』の女中じょちゅうだそうだな」

「はい、『岡田おかだ』ではつるといってますが、本名ほんみょうははな、年としは二十にじゅう六ろくでございます」

「手短てみじかに話はなしてくれ」

「このうちに妹いもうとが奉公ほうこうしているもんですから、今日きょうはあたしの休やすみ番ばんなもので、ちょっと用ようもあって遊あそびに来きたんです、妹いもうとはここではお初はつと云いってますけれど、本名ほんみょうは」

「肝心かんじんな話はなしだけ聞きこう」

「済すみません」おはなはおじぎをした、「今日きょうはこのうちもひまなもんですから、よかったら二人ふたりで寄席よせへでもゆくがいいって、おかみさんが云いってくれたもんですから、それじゃあそうさせて頂いただこうって、妹いもうとが着替きがえにかかったんです」

「よけいなことはぬきだ」

「よけいなことじゃありません、ここが肝心かんじんなところなんです」おはなはむっとしたようにやり返かえした、「それとも妹いもうとが着替きがえをしちゃあいけないんですか」

千之助せんのすけはおとなしく兜かぶとをぬいだ、「着替きがえさせよう、続つづけてくれ」

「済すみませんが邪魔じゃまをしないで下くださいな」とおはなは云いった、「口くちを出だされるとあたし頭あたまがこんがらがっちゃうんですから、――どこまで話はなしたんですかしら、ああそう、妹いもうとが着替きがえにかかったところでしたね」

「そうだ」と千之助せんのすけは辛抱しんぼうづよく頷うなずいた。

「それであたし女中じょちゅう部屋へやから出でて、お新しんちゃんていう人ひとと、――妹いもうとの仲良なかよしでやっぱりこのうちの女中じょちゅうなんですけれど、その人ひとと廊下ろうかで立たち話ばなしをしていたんです、お新しんちゃんはあのとおり芝居しばいきちがいですから、――済すみませんが口くちを出ださないで下くださいまし」

千之助せんのすけは頷うなずいた。

「今月こんげつの中村なかむら座ざの狂言きょうげんが面白おもしろいって、夢中むちゅうになって話はなしだしたんです、そのうちに」と云いっておはなは声こえを低ひくくした、「そのうち急きゅうにお新しんちゃんが、いまうちに沢田さわだ屋やそっくりのお客きゃくが来きているって云いいだしたんです、旦那だんなは沢田さわだ屋やを御ご存ぞんじでしょう」

「知しらないな」と千之助せんのすけが云いった。

「あらいやだ」とおはなは片手かたてで彼かれを打うつまねをした、「沢田さわだ屋やというのは屋号やごう、島村しまむら東蔵とうぞうといって、いま売出うりだしの評判ひょうばんな女形おやまじゃありませんか」

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