千之助とおはなが去ったあと、清一は一人で面白がって、いまの出来事を肴にしながら飲みだした。
「お倫さんに人殺し兇状の疑いをかけるなんて、あの与力の眼はよっぽどどうかしている、これが男ころしとでも云うのなら見当は合うがね」
「清さんって屹としたところがあるのね」とお倫は酌をしてやりながら云った、「町方与力っていえばたいへんな威勢があるんでしょ、それを清さんは平気な顔で、ひらき直っていざを云うんですもの、あたしどうなるかと思ってはらはらしちゃったわ」
「与力だって町奉行だって」と清一は膝へ手を突っ張って云った、「悪い事をしない限り恐れるこたあありゃあしないさ、蔵前の店へいってごらん、ああいう侍がよく金を借りに来て、番頭なんかにお世辞を使ってるから」
「でもあの人お店へゆくことよ」
「いいとも」と彼は強く頷いた、「お倫さんが本当に承知してくれるなら、浅草橋の叔父のところへいって話をする、嫁を貰って身を固めるとわかれば、おやじだって勘当は解いてくれるにきまってるよ」
「そんなにうまくいくかしら」
「うまく、――そうだ」清一は膝を叩いた、「いまの騒ぎはとんだ茶番だったが、おかげでお倫さんのいどころがわかった、もう隠してもだめだよ」
「湯島横町、うまく知れちゃったわね」
「それだけは与力さまさまだ」と清一が云った、「これからは訪ねていってもいいだろうね」
「いつも云ってるでしょう、店のほうから人がようすをみに来るのよ」とお倫が云った、「もしも清さんの来ているところをみつかりでもしたら、なにもかもめちゃめちゃになってしまうんですもの」
「いいじゃないか、どうせ私といっしょになれば、親の世話になんかならずに済むんだ、そうだろう」と云って、清一は急に盃を置き、お倫のほうへにじり寄った、「――それよりちょっと」
「いや、清さん」とお倫はあまえた声で云った、「よして、ここを出ましょう」
「ここを出るって」
「あんなことがあったから気持が悪いの、あたしのうちへいきましょう」
「それは有難いが、本当だろうね」
「わかっちゃったんですもの、しようがないわ」とお倫が云った、「その代りわがままを仰しゃってはいやよ」
「わがままとは、どんな」と云って、清一は誇張した太息をついた、「今夜もおあずけというわけか、罪だよお倫さん」
お倫はながし眼で彼を見、彼の肩に手を掛けて、ものうげに立ちあがった。
「さ、まいりましょう」