← Library‹ 五瓣の椿 第五話 五

「いそがなければならない」とおしのは独ひとり呟つぶやいた、「いそがなければ」

骨ほねをしらべてなにがわかるか、おしのには見当けんとうもつかない。けれども、なにか決定けってい的てきなことがあばかれるような気きがする。青木あおきはおしのが誰だれかに殺ころされたと思おもっているそうだ、そこまで辿たどってくれば、事実じじつがあらわれるのは遠とおいことではあるまい。そうだろうか、すっかり焼やけて骨ほねだけになったのだから、なにも証拠しょうこになるような物ものが出でて来くる筈はずはない。慥たしかに、なにも出でて来くる筈はずはない。しかし役人やくにんには役人やくにんの眼めがある、どんなに巧たくみに仕組しくまれた罪つみも、しらべるようにしてしらべれば必かならず発見はっけんされるというではないか。

「あの人ひとは現げんにあたしを見みている」とおしのは呟つぶやいた、「もし疑うたがわしいことをみつけたら、むさし屋やのほうをしらべるだろう」

店みせのほうは大丈夫だいじょうぶだ。養子ようしにはいった当主とうしゅの伊い四郎しろうはもちろん、番頭ばんとうの嘉助かすけさえなにも知しらない。ただ徳次郎とくじろうだけは、あたしの生いきていることを知しっている。もし徳次郎とくじろうがしらべられるとすれば、――こう思おもってきて、おしのは身みぶるいをした。あの人ひとが吟味ぎんみにかけられたとき、飽あくまで知しらないと云いい切きる気力きりょくはないだろう。たとえその気力きりょくがあったにしても、あの人ひとをそんな辛つらいめにあわせるわけにはいかない。もうきりをつけるときだ、とおしのは心こころをきめた。

おしのは手て文庫ぶんこを出だして、机つくえの前まえに坐すわった。金きんはまだ二百にひゃく五十ごじゅう両りょうとちょっと残のこっていた。おしのはそれを二ふたつに分わけ、二ふたつを紙かみに包つつんだ、一ひとつに「おまさどの」と書かき、他たの包つつみといっしょに机つくえの抽出ひきだしへ入いれ、残のこった金かねを紙入かみいれへ入いれた。それから立たちあがって、あたりを眺ながめまわした。

――片かたづける物ものはない。

いつどうなるかわからない躯むくろなので、始末しまつすべき物ものはいつも始末しまつしてある。人ひとに見みられて恥はずかしいような物ものはなにもない。慥たしかだろうか、おしのはなおよく、部屋へやの中なかを眺ながめまわしてから、おまさを呼よんだ。

「でかけるからね」おまさが来くると彼女かのじょは云いった、「着替きがえるから手伝てつだっておくれ」

「おでかけですって」おまさは屹きっと顔かおを緊しめた、「冗談じょうだんにもそんなことを仰おっしゃらないで下ください、この寒さむさにそんなお躯むくろで」

「いいわ、それなら頼たのまない、もうさがっておくれ」

「さがりますけれど、お出だし申もうすわけにはまいりませんから」おまさはきっぱりと云いった、「お医者いしゃさまにも云いわれていますし、あたしが見みたっておでかけになれるようなお躯むくろじゃあございません、あたし力ちからずくでもお出だし申もうしはしませんから」

「そう、それならちょうどいいわ」

おしのは机つくえのほうへゆき、抽出ちゅうしゅつをあけて、さっきの金包かねづつみを取とり出だすと、おまさの前まえへ押おしやって云いった。

「これをあげるから出でていっておくれ」

おまさは蒼あおくなった。

「これはなんですか」

「給銀きゅうぎんのほかに、僅わずかだけれどお礼れいがはいってるわ」とおしのは冷ひややかに云いった、「あんたはずっとまえからあたしに楯たてを突つくようになった、あたしが若わかいと思おもってばかにしているんでしょ、いつか暇ひまを出だそうと思おもっていたけれど、ちょうどいいからいまきまりをつけましょう、さあ、これを持もって、荷物にもつを纒まとめて、出でていってちょうだい」

まっすぐにおしのを見みまもっているおまさの眼めから、あふれ出でる涙なみだが頬ほおを伝つたい、ぽろぽろと膝ひざの上うえに落おちた。

「本気ほんきで仰おっしゃるんですか」とおまさは喉声のどごえで訊きき返かえした、「そんなこと、――あたしのどこがいけないんですか、あたしがいつ楯たてを突ついたりしたんですか」

「現げんに、いま」おしのは吃どもり、眼めをそむけながら云いった、「いま現げんに、あたしの云いうことにさからってるじゃないの」

「これがさからってることでしょうか」

「頼たのむからそんな声こえを出ださないで」おしのはできるだけ邪険じゃけんに云いった、「女おんなのめそめそする声こえって大嫌だいきらいよ、いいからこれを持もってあっちへいってちょうだい」

おまさは手てで眼めをぬぐった、「堪忍かんにんして下くださいまし、お召替めしかえの支度したくをします」

「もういいわよ、構かまわないで」

「あたし、ばかで、気きがつかないもんですから」とおまさは前掛まえかけで顔かおを押おさえながら立たちあがった、「ただあなたのお躯むくろに障さわると思おもって、お止とめしただけなんです、あなたがいま怒おこっていらっしゃるのも、本当ほんとうに怒おこっていらっしゃるんじゃない、あたしのためを思おもって、わざとそんなふうに仰おっしゃるんだ、っていうこともよくわかっています、一いち年ねんちかくもこうしてお側そばにいるんですもの、いくらばかだって、そのくらいのことがわからないもんですか、――でも、どうしてですか、どうしてこんなふうになさらなければならないんですか」

「あんたなんかの知しったことじゃないわ」

「いいえ知しってます」おまさは坐すわり、ふるえだしながら、声こえをひそめて囁ささやいた、「わけはなんにもわかりませんけれど、お供ともをしていったさきざきのこと、秋あきから冬ふゆへかけて、そこでなにがあったかということは、あたしみんな知しっていました」

おしのは口くちをつぐんだ。病気びょうきになってから、いつもぼっと頬ほおに赤あかみのさした顔かおが、白しろっぽく乾かわいた灰色はいいろになり、表情ひょうじょうをなくして硬こわばった。

「こう云いってもあなたを咎とがめたり、悪わるく思おもったりしているんじゃありません」おまさは涙なみだをこぼしながら、しっかりした言葉ことばつきで続つづけた、「あたしはあなたの御ご性分しょうぶんがわかっているつもりですし、夜よなかに独ひとりで泣ないていらっしゃることも、苦くるしそうに唸うなったり、うなされたりしていらっしゃるのも聞ききました、なんのために、――どういうわけがあってなさるのかは知しりませんけれど、どうしてもそうなさらなければならないのだ、ということだけは、いちども疑うたがったことはありません」

「もうよして、よしてちょうだい」

「ええよします、よしますけれど一ひとつだけうかがわせて下ください」

「いいえよして、それは云いえないの」

「どうしてもですか」おまさの眼めからもっと涙なみだがあふれ落おちた、「あたしがそんなに信用しんようできないんですか」

「違ちがうのよ、そうじゃないの」おしのは脱力だつりょくしたような眼めでおまさを見みた、「信用しんようしていなければ今日きょうまでいてもらやあしなかった、あんたなら大丈夫だいじょうぶだと思おもったから、どんなところへもいっしょに来きてもらったのよ、でも、――このわけは云いえないのよ」

「どうしてですか」

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