← Library‹ 五瓣の椿 第五話 七

おしのはきつく眼めをつむった。

「これだけはごまかせねえんだそうです、ええ」と佐吉さきちは続つづけた、「女おんなのはこう開ひらくんだそうで腰こしの骨ほねがこう開ひらくから、いしきや腿ももが太ふとくなるんで、これは間違まちがいなく十じゅう七なな、八はちの男おとこの骨ほねだって云いったそうです」

「おしのさん、もういけませんぜ」と彼かれは続つづけた、「――菊太郎きくたろうの親おやから、行方ゆくえ知しれずの届とどけが出でているでしょう、それを突つき合あわせれば、菊太郎きくたろうとおかみさんの仲なかもわかるだろうし、得とく石せき、蝶ちょう太夫たゆう、香屋かやの清一せいいちと、薯いもの蔓つるをたぐるようにつながって出でてきますぜ、そう思おもいませんか」

「そう思おもうわ」とおしのが云いった、「そして、あんたの名なも出でてくるわね」

「げっ、と云いいてえが、初はじめにてめえで気きがついた、そこまでたぐっておれの名なが出でねえ筈はずはねえってね」佐吉さきちは燗鍋かんなべの中なかの徳利とっくりを出だし、手酌てじゃくで三みつ呷あおった、「おしのさん、あっしゃあ金かねで買かわれておめえの手伝てつだいをした、だが、一いち度どだって自分じぶんで手出てだしをしたこたあねえ、ただおめえに頼たのまれて、ほんの手伝てつだいをしただけだ、そいつはしらべてみればわかるこったし、おめえのことなんぞ知しらねえと云いったって立派りっぱにとおる筈はずだ」

「そうかしら」

「そうかしらって、――現げんにおめえが、自分じぶん一人ひとりでやったことを知しってるじゃねえか」

「あたしの云いうのはそうじゃないの」とおしのは穏おだやかな口くちぶりで云いった、「あんたは金かねで買かわれてあたしの手伝てつだいをしただけだ、って云いったでしょ、自分じぶんでは一いち度ども手出てだしはしなかったって」

「そうでねえとでも云いうのかい」

「そうでないと思おもってるの」おしのは沈しずんだ眼めつきで彼かれを見みた、「あんたはあたしの手伝てつだいをしただけではなく、おっ母ははさんの手伝てつだいもしたわ、おっ母ははさんばかりじゃなく、よその後家ごけさんやおかみさん、浮気うわきな娘むすめたちまで、何十なんじゅう人にんとなく芸人げいにんや役者やくしゃ衆しゅうをとりもって来きたわ、そうじゃなくって、佐吉さきちさん」

「ちょっと待まってくれ」彼かれは頭あたまを振ふり、片手かたてで横額よこがくをとんとんと叩たたいた、「話はなしがへんにこんがらかってきやがったが、そいつはいってえ、どういうことなんだ」

「あんたのために、何十なんじゅう人にんもの女おんなのひとや、その人ひとの縁者えんじゃや家族かぞくの人ひとたちが、おちぶれたり一家いっかばらばらになったりして、どのくらい不仕合ふしあわせになり、泣ないているかもしれないわ、あたしのおっ母ははさんがいい証拠しょうこだとは思おもわない、佐吉さきちさん」

「そういうのをかったいのかさ恨うらみって云いうらしいぜ」と佐吉さきちは云いい返かえした、「にんげん道どうに外はずれたたのしみをすれば、それだけのむくいがあるのは当あたりめえさ、恨うらむならてんでんを恨うらめばいいんだ、ええ、おらあこんな話はなしをするつもりじゃあなかった、おしのちゃん、肝心かんじんな話はなしがあるんだから聞きいてくれ」

「あたしの云いうことが痛いたいのね」

「そのくらいのことを云いわれて痛いたえような、ちょろっかな人間にんげんだと思おもうのかい、冗談じょうだんじゃあねえ、まあおいらの話はなしを聞きいてくれってんだ」佐吉さきちは盃さかずきを持もった手てをゆらゆらさせ炬燵こたつの上うえへかぶさるようにして云いった、「おらあな、おしのちゃん、おめえと生いき死しにを共ともにしようと思おもってるんだぜ」

おしのは微笑びしょうした、「生いき、死しに、をですって」

「おらあまえから惚ほれてたんだ」と云いって佐吉さきちは盃さかずきを置おいた、「おしのちゃんのためなら女房にょうぼう子しも要いらねえ、生いきるも死しぬもおめえといっしょだと思おもっているんだ」

「あんた口くちもうまいじゃないの」

「おめえはもう江戸えどにはいられねえ、もう火ひが足あしもとまで来きちゃってる、どうしたって土地とちを売うらなきゃあならねえ場合ばあいだぜ」と佐吉さきちは身みをのりだして囁ささやいた、「だがおめえはまだ十じゅう八はちだし、お膝元ひざもとから外そとへ出でたことのねえ人にんだ、独ひとりじゃあどうにもならねえ、誰だれか力ちからになる者ものがいなくちゃああがきがつかねえ、――そこで相談そうだんだが」

「あとは聞きくまでもなくってよ」おしのは燗かん徳利とっくりを持もった、「はいお酌しゃく、――あたしが相談そうだんしたいと云いったのも、そのことなんだから」

「いやそうじゃあねえ、おれの相談そうだんてえのは、おめえと夫婦ふうふになるってこった」佐吉さきちは酒さけを飲のんだが、大半たいはんはこぼした、「おめえは金かねはずいぶん持もってるらしいが、江戸えどをずらかるとすれば旅たび切手きっても要いるし、女おんな一人ひとりよりも夫婦ふうふ者しゃのほうが安全あんぜんだ、それにおらあずっとめえから、おめえに首くびったけなんだから」

「聞きくまでもないって云いったでしょ」おしのはまた酌しゃくをしてやった、「それはあたしのほうから相談そうだんしようと思おもったことじゃないの」

「へ、へ」佐吉さきちは卑いやしく狡猾こうかつに笑わらった、「その手てはくわねえ、飴あめを砂糖さとうで煮につめたような、そんな甘あまい手てに乗のるおれじゃあねえ」

「なにがその手てなの」

「沢田さわだ屋やに手てを取とって教おしえられた色いろの手てくだ、知しらねえ者ものはぼっとくるだろうが、この佐吉さきちにゃあおあいにくだ」と云いって彼かれは立たちあがり、炬燵こたつをまわって、よろめきながらおしののほうへ来きた、「もしいま云いったことが本心ほんしんなら、おめえじたばたあしねえ筈はずだぜ」

「あんたは負まけない性分しょうぶんね」

佐吉さきちはおしのを羽交はがいじめにした。うしろから羽交はがいじめにし、荒あらい息いきをしながら、頬ほおへ頬ほおをすりつけた。

「だめよ」おしのはあまく囁ささやいた、「灯あかりを消けしてちょうだい」

「恥はずかしい柄がらかよ」

「障子しょうじに影かげがうつるじゃあないの」おしのは背中せなかで佐吉さきちにあまえた、「土堤どていから見みられたらどうするの、ねえ、灯あかりを消けして」

佐吉さきちは手てを放はなし、おしのが帯おびを解ときかかるのを見みて、行燈あんどんを吹ふき消けした。

そのとき土堤どていの上うえを、二人ふたり伴づれの男おとこが歩あるいていて、「ようよう」と声こえをかけた。酔よっているのだろう、互たがいに支ささえあいながら、大おおきな声こえで、「ようようやけます」とどなった。屋形船やかたぶねの灯あかりが消きえるところを見みたらしい、絡からみあってひょろひょろと泳およぎ、片方かたほうの男おとこが、「みせつけるない、ちくしょう」と喚わめき、片方かたほうが、「石いしをぶっつけるぞ、野郎やろう」とどなった。

「放はなしてくれ」とその男おとこはよくまわらない舌したで云いった、「石いしを捜さがして、ぶっつけてやるんだ」

「よしきた」伴つれの男おとこが云いった、「おれも手伝てつだってやらあ、おらあ世よの中なかのためになることなら、命いのちも要いらねえ、ほんとだぜ、世よの中なかのためになることならなんだってやるんだから」

「いいことを云いうぜ、おめえは」まえの男おとこは相手あいての肩かたに凭もたれかかった、「男おとこはその意気いきだ、じゃあひとつ、その意気いきで善ぜん公こうのところへ押おしかけるか」

「待まってました」と伴ともなえれの男おとこが云いった、「野郎やろうを叩たたき起おこして一杯いっぱい買かわせるとしよう」

そしてなお、わけのわからないことを喚わめきながら、宵闇よいやみの中なかへ消きえていった。

まもなく、屋形船やかたぶねの障子しょうじがあき、おしのが半身はんしんを乗のりだして、川かわの水みずで両手りょうてを丹念たんねんに洗あらった。そして障子しょうじを閉しめると、暫しばらくして艫とものほうへ出でて来きたが、そのときはもう頭巾ずきんをかぶってい、片手かたてに持もった袱紗ふくさ包つつみの中なかから麻裏あさうら草履ぞうりを出だしてはくと、危あぶなっかしい身みぶりで岸きしへとび移うつった。

「お父ちちつぁん」とおしのは空そらを見みあげて囁ささやいた、「あと一人ひとりよ、それまで力ちからを貸かしてちょうだいね」

おしのは土堤どていへ登のぼり、寺島てらしまのほうへゆっくりと去さっていった。屋形船やかたぶねは暗くらく、ひっそりと、音おともなく岸きしにつながれていた。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%