おしのは、窓際に倚って、川の対岸の火事を見ていた。
その家は東両国の橋詰で、相生町の河岸にあり、裏は隅田川に面していた。それは「丸梅」の源次郎が指定した家で、おもてむきは踊りと長唄の稽古所となっている。その看板が二枚掲げてあるし、三十四、五になるきれいな女主人と二十二、三のあだっぽい女がい、ほかに女中が二人と下働きが幾人かいるらしい。女主人はおたき、若いほうはおきぬといって、藤野なにがしとかいう三千石ばかりの旗本の、囲い者だということであった。――男は二人の女をただ囲っているわけではなく、稽古所の看板にかくれて、ひそかに男女の出会いにも貸すし、侍や裕福な町人に売女の世話もする。もちろん紹介者のない客は取らないし、その代価も高いので、かなりな稼ぎになるのだが、藤野なにがしは月に二度ずつ来て、二人の女を巧みにあやなし、儲けた物をきれいに持っていってしまう。
――岡場所の亭主などよりわる賢い男だ。
その話をしたとき、源次郎は、そう云って軽蔑したように顔をしかめてみせたものだ。
藤野は旗本というだけでなく、なにか町方役人に顔がきいているらしく、岡っ引などもその家へは近よらない。そう聞いたので、おしのはここを選んだのであった。佐吉の話によると与力青木千之助の追求は意外にきびしく、その手と眼はきみの悪いほど的確に、自分の足跡をぴたっぴたっと押してくる。墓を掘って骨をしらべた、と聞いたときおしのは、青木千之助がうしろから自分の肩に手を掛けるような、現実的な恐怖を感じたくらいであった。
――あと一人で終る。
あとの一人こそ、自分にとってはもっとも逭すことのできない人間だ。この一人を始末するまでは、絶対に捉まってはならない。こういう理由から、おしのは初めて、相手のきめたこの家へ来たのだ。
「よく燃えるわね」と階下で女たちが云いあっているのが聞えた、「小笠原さまの屋敷でしょ、あれ」
「太田摂津さまよ」と他の女が云った、「火の見が右にあるじゃないの、小笠原さまはあの右よ」
「向う河岸の火事っていうけれど、燃えてるのが人の家だから、花火よりきれいだし面白いわね」
「誰だいそんなことを云うのは」と女主人らしい声が云った、「人さまの不幸を面白がる者があるかね、ばかなことを云うと承知しないよ」
おしのも火事を見まもっていた。
両国広小路から川下のほうへ、七、八町も寄っているだろうか、階下の人たちの云うとおり、町家ではなく武家屋敷とみえ、棟が高いので火も高く大きくみえる。川波の上を伝って、すりばんといわれる半鐘の音や、火消しの者や逃げだす人、また火事を見物に駆けつける人たちの声までが、かなりはっきりと聞えて来た。
「正月六日の夜なかだったわね」とおしのは呟いた、「亀戸の寮の裏、――生垣のところから、燃えあがる火を見ていたわ」
あれから約一年、ずいぶんいろいろなことがあった、とおしのは思った。
一年のあいだに、世間の人の五年にも十年にも当るような経験をした。いやな経験だった。耳を洗い、眼を洗い、手を、躯じゅうを、ごしごし洗いたいような気持になる。それは自分の選んだ五人の男たちが、特に卑しくおぞましく、ゆるすことのできない人間だったからでもあろう、――佐吉から聞いた母の相手は、八人以上を数えたが、どうしても「ゆるせない」と思ったのはその五人であった。そして、実際にその一人ひとりに接してみ、かれら自身と、その身辺に起こっていた事情を、つぶさに見聞して来て考えることは、この世にはなんとけがらわしく、泥まみれな生活が多いことか、という厭悪のおもいであった。
「本当になんという人たち、なんという生活だろう」おしのは眉をひそめた、「――あんなふうに生きていて、少しも恥じたり、後悔したりするようなことはなかったのかしら」
当人たちはべつだ、かれら自身はもう死んでいるから。しかしかれらも生きているとしたら、同じような悪事や、卑劣な生活を続けたことだろう、とおしのは思った。
――岸沢蝶太夫。海野得石とその妻、彼が経営していた「海石」という料理茶屋のおかね。香屋清一とそれを取り巻く女たち。
悪い人間が一人いると、その「悪」はつぎつぎにひろがって人を毒す。いちど悪に毒された者は、容易なことではその毒から逭れ出ることができない。
――丸梅の女中だったおつると二人の幼ない子たち。
おつるは故郷へ帰るだろう。けれども自分の犯したあやまちや、「丸梅」に騙されたという口惜しさや、二人の子たちに対する責任の重さに、はたして耐えてゆくことができるだろうか。
豊島屋のあくどい日済し貸しで苦しんでいた人たち。あの人たちも豊島屋の手からは逭れた筈であるが、すぐまたべつの日済し貸しから銭を借りるだろう。そしてその、僅かな借銭に付く高利のために、同じような苦しいめにあうにちがいない。
「あたしも十二、三までは仕合せに育った」とおしのは呟いた、「店は繁昌しているし、お父つぁんはもとより、みんなから大事にされ、可愛がられて、なんの不自由も苦労もなく育った、――けれども、それはあたしがなにも知らなかったからだ、あたしがきれいに着飾って、おっ母さんといい気持に芝居や寄席へゆき、春、秋の遊山をたのしんでいたとき、お父つぁんは独りで、誰にうちあけようもない辛いおもいに苦しんでいた、財産もあり、しょうばいは繁昌し、人に羨まれるようなむさし屋の主人が、本当はどんな貧乏な人より貧しく、どんな不仕合せな人よりも不仕合せだった」
世間はこんなものなのだろうか、とおしのは思った。
幸福でたのしそうで、いかにも満ち足りたようにみえていても、裏へまわると不幸で、貧しくて、泣くにも泣けないようなおもいをしている。世間とは、本当はそういうものなのかもしれない。――そうだとすれば、おっ母さんのような人はいっそう赦すことができない。心では救いを求めて泣き叫びたいようなおもいをしながら、それを隠してまじめに世渡りをしている人たち。そういう人たちの汗や涙の上で、自分だけの欲やたのしみに溺れているということは、人殺しをするよりもはるかに赦しがたい悪事だ。
「ああ」とおしのは呻いた。