皮膚の薄い肌は透きとおるように白い。その病気にかかると特に肌が美しくなるというが、おしのの肌はまえよりも白く、掌の中へはいりそうな乳房は、文字どおり透きとおるようで、乳首のまわりの薄い樺色が、際立って嬌かしくみえた。
「ああ、きれいだ」源次郎は眼をきらきらさせながら呻いた、「こんなきれいな胸を見るのは初めてだよ」
「そんなに見てはいや」
「もうちょっと」と彼は息を喘ませながら云った、「そのままもうちょっと、――ああ、まるでなにかの花のようだね」
「おそのさんよりもきれい」
「おそのさんだって」
「本石町の薬種問屋、むさし屋のおそのさんよ」とおしのが云った、「覚えてるでしょ」
「むさし屋の、――おその」
「思いだして」
「あんな古いことを知っている筈はない」と源次郎は云った、「誰かに聞いたんだね」
「思いだしたのね」
「昔の話だ」と云って彼は手をさし伸ばした、「もうすっかり忘れていたよ、さあ、そんなことはいいからそれを脱いで」
「まだよ、もう一つ訊くことがあるの」おしのは彼の手を押しやった、「あなたその人に娘を産ませたっていうけれど、ほんと」
「いったい誰からそんなことを聞いたんだ」
「嘘か本当か知りたいの、おそのという人の産んだ娘の父親はあなただって、本当にそうなの」
「昔のことだって云ってるじゃないか」
「嘘じゃあないのね」とおしのはひそめた声で、念を押すように云った、「その娘があなたの子だっていうこと、本当なのね」
「本当だ」と彼は頷いた、「もう正直に本当だと云ってもいいだろう、おそのも娘も死んじまったからね」
「亀戸の寮で、焼け死んだんですって」
「そんなことまで知ってるのか」
「あなたの知らないことも知ってるわ」おしのは頬笑んだ、「寮の焼け跡から三人の骨が出たわね、一人は父親の喜兵衛、一人は妻のおその、もう一つ小さな骨は娘のおしの、――そういうことだったでしょ」
源次郎はじっとおしのをみつめた。
「ところがこのあいだ、町方の青木千之助という与力がしらべたんですって」とおしのはゆっくり続けた、「不審なことがあるから、墓を掘り返して三人の遺骨をしらべ、蘭方医に鑑定させてみたんですって、――すると、御夫婦のほうは間違いなかったけれど、娘のほうは違うんですって、男と女は腰の骨でわかる、その骨は娘のものではなく、紛れもない十六、七の男の骨だったそうよ」
「それは」源次郎は唾をのんだ、「いったいそれは、どういうことだ」
「つまり娘は生きているというわけよ」
「ばかなことを、ばかな」と彼は首を振って云った、「だって現にむさし屋では、ちゃんと三人の葬式を済ましているじゃないか」
おしのはあやすように笑った。
「それに第一、――」と彼はせきこんで云った、「その骨が男のものだとすれば、娘はいったいどうしたんだ、焼け死んだのでなければ生きている筈だし、生きているなら名のって出る筈じゃないか」
「もう名のって出るじぶんよ」とおしのが云った、「しなければならないことが、もうすぐに終りますからね」
「おまえ、――およねさん」
「あなたも聞いてるでしょ、十一月からこっち、市中の料理茶屋とか、宿屋とか、屋形船なんぞで、男が四人殺されたわね、――殺したのは十八、九になる女で、左の乳の下に平打の銀の釵が突き刺してあり、枕許にはいつも赤い山椿の花片が一枚落ちていた、そうでしょ」
源次郎はまた唾をのんだ。
「殺された四人は、みんなむさし屋のおそのとかかわりがあったの」とおしのは彼の眼をみつめながら云った、「おそのという人は恥知らずの浮気者で、いつも男あそびが絶えなかった、御主人は養子のうえに温和しい人だったので、御夫婦になってからも主人らしい顔もせず、一人娘が他人の胤だと知りながら、その娘を実の子より大事に可愛がり、店のために骨身を惜しまず働きとおした、そのあげく病気になり、血を吐いて倒れてしまった、長いあいだ心と躯の苦労が積もり積もって、いつか癆痎にかかっていたんです」
「いいえもう少し」おしのはなにか云おうとする源次郎を遮って、続けた、「もう少しだから聞いて下さい、――おしのという娘は、母を呼んで看病してもらおうと思いました、医者も危ないというし、続けて何度も血を吐くし、せめて一生に一度くらい、御夫婦の情を味わわせてあげたいと思ったからです、でも、おそのという人はそのとき、子供役者を伴れて遠出をしていて、帰って来たときはもう、御主人は亡くなったあとでした、臨終のときにはおしのという娘しかいなかったのですが、亡くなるまえに、御主人は娘に云ったんです、――おそのにひとめ会いたかった、ひとめ会って、一と言だけ云いたいことがあった、たった一と言だけ、云ってやりたいことがあったって……」
おしのは頭を垂れたが、源次郎が言葉をはさむまえに顔をあげ「娘にはわからなかった」と静かに続けた。
「そのとき娘は、日ごろ薄情にされた恨みを云いたいのだろう、と思っただけでした、けれども、母を捜しているあいだに、母の男狂いを知りましたし、遠出遊びから帰って来た母を責めたとき、自分が不義の子だということをうちあけられたのです」
「そのときおそのという人は、中村菊太郎という子供役者といっしょで、御主人の死骸が隣り座敷にあるというのに、その菊太郎と平気で酒を飲んでいたんです、いい機嫌に酔って、死んだ人のことを平気で悪く云い、おまえの本当の父はこの人ではない、日本橋よろず町の丸梅の主人で源次郎という人だ、とうちあけたのです」
「そんなに詳しいことを、どうしておよねさんが知っているんだ」と源次郎が咳をして訊き返した、「おしのから聞いたのか」
「その娘は死んだ父親が好きでした」とおしのは穏やかに云った、「――世間のどんな娘より父が好きで、ふだんから母の仕打を憎らしく思っていたんです、そうして、自分が不義の子だと聞いたとき、父が臨終になにを云いたかったか、ということがわかり、母も、母といっしょに父を苦しめた男たちも、赦すことはできないと思ったんです」
「わかった」と源次郎が云った、「やっぱりおしのから聞いたんだ、そうだろうおよねさん」
おしのは黙って彼の眼をみつめた。