← Library‹ 五瓣の椿 第六話 四

皮膚ひふの薄うすい肌はだは透すきとおるように白しろい。その病気びょうきにかかると特とくに肌はだが美うつくしくなるというが、おしのの肌はだはまえよりも白しろく、掌てのひらの中なかへはいりそうな乳房ちぶさは、文字もじどおり透すきとおるようで、乳首ちくびのまわりの薄うすい樺色かばいろが、際立きわだって嬌かしくみえた。

「ああ、きれいだ」源次郎げんじろうは眼めをきらきらさせながら呻うめいた、「こんなきれいな胸むねを見みるのは初はじめてだよ」

「そんなに見みてはいや」

「もうちょっと」と彼かれは息いきを喘はずませながら云いった、「そのままもうちょっと、――ああ、まるでなにかの花はなのようだね」

「おそのさんよりもきれい」

「おそのさんだって」

「本石ほんごく町まちの薬種やくしゅ問屋とんや、むさし屋やのおそのさんよ」とおしのが云いった、「覚おぼえてるでしょ」

「むさし屋やの、――おその」

「思おもいだして」

「あんな古ふるいことを知しっている筈はずはない」と源次郎げんじろうは云いった、「誰だれかに聞きいたんだね」

「思おもいだしたのね」

「昔むかしの話はなしだ」と云いって彼かれは手てをさし伸のばした、「もうすっかり忘わすれていたよ、さあ、そんなことはいいからそれを脱ぬいで」

「まだよ、もう一ひとつ訊きくことがあるの」おしのは彼かれの手てを押おしやった、「あなたその人ひとに娘むすめを産うませたっていうけれど、ほんと」

「いったい誰だれからそんなことを聞きいたんだ」

「嘘うそか本当ほんとうか知しりたいの、おそのという人ひとの産うんだ娘むすめの父親ちちおやはあなただって、本当ほんとうにそうなの」

「昔むかしのことだって云いってるじゃないか」

「嘘うそじゃあないのね」とおしのはひそめた声こえで、念ねんを押おすように云いった、「その娘むすめがあなたの子こだっていうこと、本当ほんとうなのね」

「本当ほんとうだ」と彼かれは頷うなずいた、「もう正直しょうじきに本当ほんとうだと云いってもいいだろう、おそのも娘むすめも死しんじまったからね」

「亀戸かめいどの寮りょうで、焼やけ死しんだんですって」

「そんなことまで知しってるのか」

「あなたの知しらないことも知しってるわ」おしのは頬笑ほうえんだ、「寮りょうの焼やけ跡あとから三さん人にんの骨ほねが出でたわね、一人ひとりは父親ちちおやの喜兵衛きへえ、一人ひとりは妻つまのおその、もう一ひとつ小ちいさな骨ほねは娘むすめのおしの、――そういうことだったでしょ」

源次郎げんじろうはじっとおしのをみつめた。

「ところがこのあいだ、町方まちかたの青木あおき千之助せんのすけという与力よりきがしらべたんですって」とおしのはゆっくり続つづけた、「不審ふしんなことがあるから、墓はかを掘ほり返かえして三さん人にんの遺骨いこつをしらべ、蘭方らんぽう医いに鑑定かんていさせてみたんですって、――すると、御ご夫婦ふうふのほうは間違まちがいなかったけれど、娘むすめのほうは違ちがうんですって、男おとこと女おんなは腰こしの骨ほねでわかる、その骨ほねは娘むすめのものではなく、紛まぎれもない十じゅう六ろく、七ななの男おとこの骨ほねだったそうよ」

「それは」源次郎げんじろうは唾つばをのんだ、「いったいそれは、どういうことだ」

「つまり娘むすめは生いきているというわけよ」

「ばかなことを、ばかな」と彼かれは首くびを振ふって云いった、「だって現げんにむさし屋やでは、ちゃんと三さん人にんの葬式そうしきを済すましているじゃないか」

おしのはあやすように笑わらった。

「それに第だい一いち、――」と彼かれはせきこんで云いった、「その骨ほねが男おとこのものだとすれば、娘むすめはいったいどうしたんだ、焼やけ死しんだのでなければ生いきている筈はずだし、生いきているなら名なのって出でる筈はずじゃないか」

「もう名なのって出でるじぶんよ」とおしのが云いった、「しなければならないことが、もうすぐに終おわりますからね」

「おまえ、――およねさん」

「あなたも聞きいてるでしょ、十じゅう一いち月がつからこっち、市し中ちゅうの料理りょうり茶屋ちゃやとか、宿屋やどやとか、屋形船やかたぶねなんぞで、男おとこが四よん人にん殺ころされたわね、――殺ころしたのは十じゅう八はち、九きゅうになる女おんなで、左ひだりの乳ちちの下したに平打ひらうちの銀ぎんの釵かんざしが突つき刺さしてあり、枕許まくらもとにはいつも赤あかい山椿やまつばきの花片かへんが一いち枚まい落おちていた、そうでしょ」

源次郎げんじろうはまた唾つばをのんだ。

「殺ころされた四よん人にんは、みんなむさし屋やのおそのとかかわりがあったの」とおしのは彼かれの眼めをみつめながら云いった、「おそのという人ひとは恥はじ知しらずの浮気うわき者もので、いつも男おとこあそびが絶たえなかった、御ご主人しゅじんは養子ようしのうえに温和おとなしい人にんだったので、御ご夫婦ふうふになってからも主人しゅじんらしい顔かおもせず、一人娘ひとりむすめが他人たにんの胤たねだと知しりながら、その娘むすめを実じつの子こより大事だいじに可愛かわいがり、店みせのために骨身ほねみを惜おしまず働はたらきとおした、そのあげく病気びょうきになり、血ちを吐はいて倒たおれてしまった、長ながいあいだ心こころと躯むくろの苦労くろうが積つもり積つもって、いつか癆痎ろうがいにかかっていたんです」

「いいえもう少すこし」おしのはなにか云いおうとする源次郎げんじろうを遮さえぎって、続つづけた、「もう少すこしだから聞きいて下ください、――おしのという娘むすめは、母ははを呼よんで看病かんびょうしてもらおうと思おもいました、医者いしゃも危あぶないというし、続つづけて何なん度ども血ちを吐はくし、せめて一生いっしょうに一いち度どくらい、御ご夫婦ふうふの情じょうを味あじわわせてあげたいと思おもったからです、でも、おそのという人ひとはそのとき、子供こども役者やくしゃを伴つれて遠出とおでをしていて、帰かえって来きたときはもう、御ご主人しゅじんは亡なくなったあとでした、臨終りんじゅうのときにはおしのという娘むすめしかいなかったのですが、亡なくなるまえに、御ご主人しゅじんは娘むすめに云いったんです、――おそのにひとめ会あいたかった、ひとめ会あって、一ひと言ことだけ云いいたいことがあった、たった一ひと言ことだけ、云いってやりたいことがあったって……」

おしのは頭あたまを垂たれたが、源次郎げんじろうが言葉ことばをはさむまえに顔かおをあげ「娘むすめにはわからなかった」と静しずかに続つづけた。

「そのとき娘むすめは、日ひごろ薄情はくじょうにされた恨うらみを云いいたいのだろう、と思おもっただけでした、けれども、母ははを捜さがしているあいだに、母ははの男狂おとこぐるいを知しりましたし、遠出とおで遊あそびから帰かえって来きた母ははを責せめたとき、自分じぶんが不義ふぎの子こだということをうちあけられたのです」

「そのときおそのという人ひとは、中村なかむら菊太郎きくたろうという子供こども役者やくしゃといっしょで、御ご主人しゅじんの死骸しがいが隣となり座敷ざしきにあるというのに、その菊太郎きくたろうと平気へいきで酒さけを飲のんでいたんです、いい機嫌きげんに酔よって、死しんだ人ひとのことを平気へいきで悪わるく云いい、おまえの本当ほんとうの父ちちはこの人ひとではない、日本橋にほんばしよろず町まちの丸まる梅うめの主人しゅじんで源次郎げんじろうという人ひとだ、とうちあけたのです」

「そんなに詳くわしいことを、どうしておよねさんが知しっているんだ」と源次郎げんじろうが咳せきをして訊きき返かえした、「おしのから聞きいたのか」

「その娘むすめは死しんだ父親ちちおやが好すきでした」とおしのは穏おだやかに云いった、「――世間せけんのどんな娘むすめより父ちちが好すきで、ふだんから母ははの仕打しうちを憎にくらしく思おもっていたんです、そうして、自分じぶんが不義ふぎの子こだと聞きいたとき、父ちちが臨終りんじゅうになにを云いいたかったか、ということがわかり、母ははも、母ははといっしょに父ちちを苦くるしめた男おとこたちも、赦ゆるすことはできないと思おもったんです」

「わかった」と源次郎げんじろうが云いった、「やっぱりおしのから聞きいたんだ、そうだろうおよねさん」

おしのは黙だまって彼かれの眼めをみつめた。

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