「おしのが生きているというのは本当なんだな」源次郎は急に寒さを感じたような表情で問いかけた、「おまえさんはおしのを知っている、たしかにその話はおしのから聞いたんだろう、いったいおしのはいまどこにいるんだ」
「それよりも、殺された四人のことが気にならないかしら」
「どういうわけで」
「四人ともおそのさんとわけがあったということは話したでしょ、殺し方も同じ、枕許に山椿の花片、――」とおしのは暗示するように云った、「山椿は父親という人の好きな花だったんです、なんのたのしみも道楽もなかったその人の、たった一つだけ好きな花だったんです、だからその花片は、父親へ供養のしるしとして置かれたものなんです」
「と云うと、四人を殺したのは」と云いかけて、彼は強く頭を左右に振った、「いやばかな、まさかそんな」
「そうなんです、四人ともおしのが殺したんです」
おしのはそう云うと、長襦袢の左の袂をさぐり、銀の平打の釵と、平たくたたんだ紙包みを出し、包みをひらいて、その中に赤い椿の花片が一枚あるのを見せた。
源次郎はうしろざまに反って、両手で上躰を支えた。顔は壁土色に硬ばり、大きくみひらいた眼は、いまにもとびだすかと思われた。
おしのはもういちど、長襦袢の衿を左右へひらき、あらわな胸を彼に見せた。
「さあどうぞ」とおしのは云った、「どうぞ触って下さい、あたしがおしの、あなたの娘です、抱いて寝て下さるんでしょう」
源次郎は口をあいた。なにか云おうとするらしいが、舌が、硬ばって言葉にならず、全身が小刻みにふるえだした。
おしのはそのようすを、眼も動かさずにみつめていて、やがて胸を隠し、夜具の脇にあった着物を引きよせると、それを肩に掛けながら立ちあがった。源次郎は躯をずらせて、これも着替えに立とうとしたが、おしのは横眼で見て、「いけません」と云った。
「あなたは泊ってゆくんです」
源次郎は立ちかけた膝をおろし、屏風を背にして、途方にくれたように坐った。おしのは手早く着替えを済ますと、夜具を中にして、源次郎と向き合って坐った。
「あたしはあなたも殺すつもりでした」
「どうしてだ」と彼は吃りながら、舌のもつれるような口ぶりで訊き返した、「どうしてそんな、四人も殺さなければならなかったんだ」
「話してもあなたにはわからないでしょう、わかるような人なら、恥ずかしくって生きてはいられない筈です、あなたは」とおしのは囁き声で、相手の心臓を刺しとおすように云った、「――自分の血を分けた娘と逢曳きをし、さんざんあまいことを云ってくどき、今夜はいっしょに寝ようとしたんですよ」
「それは」と彼はひどく吃った、「私はそうとは知らなかったから」
「あたしはあなたを畜生にしてやろうと思った」とおしのは構わずに続けた、「あなたを畜生にしたうえで、殺してやるつもりだった、でも考え直しました、あたしはあなたを生かしておいてあげます、殺してしまうには惜しいからです、――あたしはこれから自首して出て、なにもかも申上げます、寮へ火をつけておっ母さんと菊太郎を焼き殺したこと」
源次郎はあといった、「なんだって、おそのさんとその役者を」
「酒で酔い潰れているところを焼き殺したんです」
「私を威かそうというんだな」
「お裁きになればわかるでしょう、家じゅうに油を撒いて火をつけたんですから、あなたの血を分けた娘がね」と云っておしのはやわらかな微笑をうかべた、「――実の母親を焼き殺したうえ、四人の男を次つぎと殺した、これを自首して出れば世間じゅうに知れ渡るでしょう、そして、そのあたしの父親が、丸梅の主人の源次郎だということも」
「私を威すつもりなんだ」と彼が云った。
「あなたは苦しむのよ」とおしのはあやすように云った、「死ぬ苦しみは、いっときだわ、あっけないほどすぐに済んでしまうの、――あなたはそうはさせない、あなたは生きている限り苦しむのよ、親を殺せば磔か火焙りでしょう、あなたは自分が密通をしたこと、密通をして産ませた自分の娘が、磔か火焙りになったということ、世間の人たちがそれを知っていることで、死ぬまで苦しまなければならないのよ」
「嘘だ、そんなことができるものか」
「見ていればわかるわ」と云って、おしのは風呂敷包みを持って立ちあがった、「――お裁きは長くはかからないでしょう、十日もすればきっと江戸じゅうの評判になる筈よ」
「そんなことはさせないぞ」源次郎も立ちあがった、寝衣の前がだらしなくはだかり、濃い毛の生えた脛がまるだしになった、「――おまえが本当におしのなら、おれはそんなふうに死なせはしない、おれの罪は罪としても、おまえを死なせるわけにはいかない、とにかくもういちど坐って相談をしよう」
「どんな相談があって」
「生きることだ」と彼はけんめいな眼つきで云った、「おまえは若いし、そんなにきれいだ、自首さえしなければなにもわからずに済むだろう、罪ほろぼしにおれがどんなことでもする、頼むからおれの云うことを聞いてくれ」
「それが苦しみの始まりね」おしのは低く笑った、「――お仕置にならなくっても、あたしは長くは生きられないのよ、この躯はお父つぁんと同じ病気で、もう二度も血を吐いたんですから」
「私は、私は力ずくでも止めるぞ」
「やってみて下さい、一と声叫べば女中が来るでしょう、どうせ自首するんですから、町方を呼んでもらって、あなたの眼の前でお繩にかかりますよ」
源次郎は両手をだらっと垂れた。
「力ずくで止めないんですか」とおしのは云った、そして、夜具の枕許にある釵と、紙の上にのっている花片を指さした、「――それがおしのからあなたへのかたみです、忘れずに持って帰って下さい」
そして静かに隣り座敷へ出ていった。
「おしの、それはいけない」と源次郎はしゃがれた声で呼びかけた、「そうしてはいけないよ、おしの」
だがその声は低くかすれているため、おしのには聞えなかったであろう。源次郎は恐怖そのものといった眼で、銀の釵と、山椿の血のように赤い花片をみつめていた。