← Library‹ 五瓣の椿 第六話 五

「おしのが生いきているというのは本当ほんとうなんだな」源次郎げんじろうは急きゅうに寒さむさを感かんじたような表情ひょうじょうで問といかけた、「おまえさんはおしのを知しっている、たしかにその話はなしはおしのから聞きいたんだろう、いったいおしのはいまどこにいるんだ」

「それよりも、殺ころされた四よん人にんのことが気きにならないかしら」

「どういうわけで」

「四よん人にんともおそのさんとわけがあったということは話はなしたでしょ、殺ころし方かたも同おなじ、枕許まくらもとに山やま椿つばきの花片かへん、――」とおしのは暗示あんじするように云いった、「山やま椿つばきは父親ちちおやという人ひとの好すきな花はなだったんです、なんのたのしみも道楽どうらくもなかったその人ひとの、たった一ひとつだけ好すきな花はなだったんです、だからその花片かへんは、父親ちちおやへ供養くようのしるしとして置おかれたものなんです」

「と云いうと、四よん人にんを殺ころしたのは」と云いいかけて、彼かれは強つよく頭あたまを左右さゆうに振ふった、「いやばかな、まさかそんな」

「そうなんです、四よん人にんともおしのが殺ころしたんです」

おしのはそう云いうと、長襦袢ながじゅばんの左ひだりの袂たもとをさぐり、銀ぎんの平打ひらうちの釵かんざしと、平ひらたくたたんだ紙包かみづつみを出だし、包つつみをひらいて、その中なかに赤あかい椿つばきの花片かへんが一いち枚まいあるのを見みせた。

源次郎げんじろうはうしろざまに反そって、両手りょうてで上うえ躰からだを支ささえた。顔かおは壁土かべつち色いろに硬こわばり、大おおきくみひらいた眼めは、いまにもとびだすかと思おもわれた。

おしのはもういちど、長襦袢ながじゅばんの衿えりを左右さゆうへひらき、あらわな胸むねを彼かれに見みせた。

「さあどうぞ」とおしのは云いった、「どうぞ触さわって下ください、あたしがおしの、あなたの娘むすめです、抱いだいて寝ねて下くださるんでしょう」

源次郎げんじろうは口くちをあいた。なにか云いおうとするらしいが、舌したが、硬こわばって言葉ことばにならず、全身ぜんしんが小刻こきざみにふるえだした。

おしのはそのようすを、眼めも動うごかさずにみつめていて、やがて胸むねを隠かくし、夜具やぐの脇わきにあった着物きものを引ひきよせると、それを肩かたに掛かけながら立たちあがった。源次郎げんじろうは躯むくろをずらせて、これも着替きがえに立たとうとしたが、おしのは横眼よこめで見みて、「いけません」と云いった。

「あなたは泊とまってゆくんです」

源次郎げんじろうは立たちかけた膝ひざをおろし、屏風びょうぶを背せにして、途方とほうにくれたように坐すわった。おしのは手早てばやく着替きがえを済すますと、夜具やぐを中なかにして、源次郎げんじろうと向むき合あって坐すわった。

「あたしはあなたも殺ころすつもりでした」

「どうしてだ」と彼かれは吃どもりながら、舌したのもつれるような口くちぶりで訊きき返かえした、「どうしてそんな、四よん人にんも殺ころさなければならなかったんだ」

「話はなしてもあなたにはわからないでしょう、わかるような人ひとなら、恥はずかしくって生いきてはいられない筈はずです、あなたは」とおしのは囁ささやき声ごえで、相手あいての心臓しんぞうを刺さしとおすように云いった、「――自分じぶんの血ちを分わけた娘むすめと逢曳あいびきをし、さんざんあまいことを云いってくどき、今夜こんやはいっしょに寝ねようとしたんですよ」

「それは」と彼かれはひどく吃どもった、「私わたくしはそうとは知しらなかったから」

「あたしはあなたを畜生ちくしょうにしてやろうと思おもった」とおしのは構かまわずに続つづけた、「あなたを畜生ちくしょうにしたうえで、殺ころしてやるつもりだった、でも考かんがえ直なおしました、あたしはあなたを生いかしておいてあげます、殺ころしてしまうには惜おしいからです、――あたしはこれから自首じしゅして出でて、なにもかも申上もうしあげます、寮りょうへ火ひをつけておっ母ははさんと菊太郎きくたろうを焼やき殺ころしたこと」

源次郎げんじろうはあといった、「なんだって、おそのさんとその役者やくしゃを」

「酒さけで酔よい潰つぶれているところを焼やき殺ころしたんです」

「私わたくしを威おどかそうというんだな」

「お裁さばきになればわかるでしょう、家いえじゅうに油あぶらを撒まいて火ひをつけたんですから、あなたの血ちを分わけた娘むすめがね」と云いっておしのはやわらかな微笑びしょうをうかべた、「――実じつの母親ははおやを焼やき殺ころしたうえ、四よん人にんの男おとこを次つぎつぎと殺ころした、これを自首じしゅして出でれば世間せけんじゅうに知しれ渡わたるでしょう、そして、そのあたしの父親ちちおやが、丸まる梅うめの主人しゅじんの源次郎げんじろうだということも」

「私わたくしを威おどすつもりなんだ」と彼かれが云いった。

「あなたは苦くるしむのよ」とおしのはあやすように云いった、「死しぬ苦くるしみは、いっときだわ、あっけないほどすぐに済すんでしまうの、――あなたはそうはさせない、あなたは生いきている限かぎり苦くるしむのよ、親おやを殺ころせば磔はりつけか火焙ひあぶりでしょう、あなたは自分じぶんが密通みっつうをしたこと、密通みっつうをして産うませた自分じぶんの娘むすめが、磔はりつけか火焙ひあぶりになったということ、世間せけんの人ひとたちがそれを知しっていることで、死しぬまで苦くるしまなければならないのよ」

「嘘うそだ、そんなことができるものか」

「見みていればわかるわ」と云いって、おしのは風呂敷ふろしき包つつみを持もって立たちあがった、「――お裁さばきは長ながくはかからないでしょう、十とお日かもすればきっと江戸えどじゅうの評判ひょうばんになる筈はずよ」

「そんなことはさせないぞ」源次郎げんじろうも立たちあがった、寝衣ねまきの前まえがだらしなくはだかり、濃こい毛けの生はえた脛すねがまるだしになった、「――おまえが本当ほんとうにおしのなら、おれはそんなふうに死しなせはしない、おれの罪つみは罪つみとしても、おまえを死しなせるわけにはいかない、とにかくもういちど坐すわって相談そうだんをしよう」

「どんな相談そうだんがあって」

「生いきることだ」と彼かれはけんめいな眼めつきで云いった、「おまえは若わかいし、そんなにきれいだ、自首じしゅさえしなければなにもわからずに済すむだろう、罪つみほろぼしにおれがどんなことでもする、頼たのむからおれの云いうことを聞きいてくれ」

「それが苦くるしみの始はじまりね」おしのは低ひくく笑わらった、「――お仕置しおきにならなくっても、あたしは長ながくは生いきられないのよ、この躯むくろはお父ちちつぁんと同おなじ病気びょうきで、もう二に度ども血ちを吐はいたんですから」

「私わたくしは、私わたくしは力ちからずくでも止とめるぞ」

「やってみて下ください、一いちと声こえ叫さけべば女中じょちゅうが来くるでしょう、どうせ自首じしゅするんですから、町方まちかたを呼よんでもらって、あなたの眼めの前まえでお繩なわにかかりますよ」

源次郎げんじろうは両手りょうてをだらっと垂たれた。

「力ちからずくで止とめないんですか」とおしのは云いった、そして、夜具やぐの枕許まくらもとにある釵かんざしと、紙かみの上うえにのっている花片かへんを指ゆびさした、「――それがおしのからあなたへのかたみです、忘わすれずに持もって帰かえって下ください」

そして静しずかに隣となり座敷ざしきへ出でていった。

「おしの、それはいけない」と源次郎げんじろうはしゃがれた声こえで呼よびかけた、「そうしてはいけないよ、おしの」

だがその声こえは低ひくくかすれているため、おしのには聞きこえなかったであろう。源次郎げんじろうは恐怖きょうふそのものといった眼めで、銀ぎんの釵かんざしと、山やま椿つばきの血ちのように赤あかい花片かへんをみつめていた。

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