← Library‹ ちいさこべ 三

明あくる朝あさ、茂次しげじは子供こどもたちの騒さわぐ声こえで眼めをさました。

横よこに長ながいその小屋こやは三みつに区切くぎられていた。東ひがしの端はしが茂次しげじ、西にしの端はしがおりつの部屋へやで、勝手かってが付ついている。そのまん中なかが職人しょくにんたちのもので、十じゅう二に帖じょうばかりの広ひろさだった。――まえの晩ばんはそこで酒盛さかもりをしたのだが、子供こどもたちの姿すがたは見みえなかった。おりつも酒さけや肴さかなをはこんだりさげたりするだけで、少すこしも席せきにおちついていず、しぜん話はなしをする機会きかいもなかった。そのため子供こどもたちのことはすっかり忘わすれていたのであるが、その騒さわぎで眼めをさますと、いきなりはね起おき、障子しょうじをあけて「うるせえ」とどなった。

そこは板敷いたじきで、うすべりを敷しいた上うえに、夜具やぐを並ならべて寝ねるようになっている。切きり窓まどの障子しょうじが明あかるんでいて、隅すみのほうにくろが一人ひとり、掛かけ蒲団ふとんを頭あたままでかぶって寝ねており、まん中なかの広ひろいところでは、十じゅう幾いく人にんかの子供こどもたちが、もちゃくちゃにした夜具やぐの上うえで暴あばれていた。

高たかいどなり声ごえと、茂次しげじの姿すがたを見みて、子供こどもたちは組打くみうちをやめ、ぴたっと沈黙ちんもくした。

「原はらっぱじゃあねえ、静しずかにしろ」と茂次しげじはまたどなった。

そこへ、向むこうの障子しょうじをあけて、前掛まえかけで手てを拭ふきながら、おりつが出でて来きた。頭あたまに手拭てぬぐいをかぶり、襷たすきを掛かけていて、茂次しげじに目礼もくれいしながら、子供こどもたちを叱しかった。茂次しげじは子供こどもたちを見みた。十じゅう三さん歳さいくらいになるのが一人ひとり、小ちいさいほうは五いつつくらいだろう、数かぞえてみると十じゅう二に人にんいた。

「話はなしがあるから来きてくれ」と茂次しげじがおりつに云いい、そしてくろに向むかってどなった、「いつまで寝ねているんだくろ、起おきろ」

正吉しょうきちと松三まつぞうはみえなかった。ゆうべ酒盛さかもりのあとで遊あそびにでかけたのだろう。倉くら太ふとしと銀ぎん二にもいない、と思おもったが、すぐに、二人ふたりが焼やけ死しんだことに気きづき、胸むねを緊しめられるように感かんじながら眼めをそらした。

「いま御飯ごはんの支度したくをしているんですけれど」

とおりつが云いっていた、「朝御飯あさごはんのあとじゃいけないでしょうか」

茂次しげじは頷うなずいて障子しょうじを閉しめた。彼かれが着替きがえをしていると、おりつが来きて夜具やぐをたたみながら、井戸いど端はしに支度したくがしてあると云いった。茂次しげじは裏うらへ出でていった。まえには内うち井戸いどだったのが、家いえが焼やけたのでいまは外そとになっている。井戸いど端はしも新あたらしく、流ながしも新あたらしい。彼かれは水みずの汲くんである半揷はんぞうを置おき直なおし、房ぼう楊子ようこを使つかいながら、ここが勝手かっての土間どまだったと思おもい、慌あわてて首くびを振ふり、眼めをそむけた。

「おい」と茂次しげじは自分じぶんに云いった、「こんなことは二に度どと考かんがえるなよ」

焼やけ跡あとの端はしに「福田ふくだ屋や」が見みえた。植込うえこみの松まつの枝えだや、黒板塀くろいたべいの一部いちぶは焦こげているが、二に階かい造つくりの住居じゅうきょも、三さん棟むねの土蔵どぞうも元もとのままであった。よく残のこりゃあがった、茂次しげじはそう思おもいながら、口くちの中なかでそっと呟つぶやいた。

「すぐに追おいついてみせるぜ」

茂次しげじの部屋へやには、仮かりの仏壇ぶつだんが作つくってあり、晒さらし木綿もめんで包つつんだ遺骨いこつの壺つぼが、その中なかに二ふたつ安置あんちしてあった。蝋燭立ろうそくたて、鉦かね、線香せんこう立りつ、花立はなたてなども、安物やすものだがひととおり揃そろっていた。しかし茂次しげじはそれらの仏具ぶつぐをすっかりとりのけてしまった。ちょうど盛物もりものを持もって来きたおりつが、それを見みて不審ふしんそうに云いった。

「それは源みなもと心こころ寺てらのお住持じゅうじさんが持もって来きてくれたんですけれど」

茂次しげじは「みんな返かえしてくれ」と云いった。それからおりつの持もっている盛物もりものを受取うけとり、自分じぶんで仏壇ぶつだんに供そなえ、明日あすからは自分じぶんがするから、仏壇ぶつだんのことに手てを出ださないでくれ、と云いった。

「若わか棟梁とうりょうのお膳ぜんはいま持もって来きます」とおりつが云いった、「あっちはごたごたしてますからこちらであがって下ください」

茂次しげじはふきげんに頷うなずいた。

おりつになにか云いわれたのだろう、子供こどもたちは静しずかにしていた。茂次しげじの食事しょくじが終おわりかけたとき、正吉しょうきちと松三まつぞうが帰かえったようすで、くろとこそこそ話はなすのが聞きこえ、それから障子しょうじの向むこうへ来きて、三さん人にんで朝あさの挨拶あいさつをした。茂次しげじは茶ちゃを啜すすると、すぐに立たって外そとへ出でた。

町内ちょうないをぐるっと見みてから、堀ほりを越こして白しろかね町まち、本町ほんちょう、一石いっせき橋きょうのほうまでゆき、戻もどって来きて福田ふくだ屋やへ寄よった。まだ店みせはあいていず、住居じゅうきょのほうを覗のぞくと、息子むすこの利吉としきちが庭にわを掃はいていた。

「いまひと廻まわりして来きたんだ」と茂次しげじが云いった、「知しっているうちはみんなやられちゃったな」

「一石いっせき橋きょうの枡屋ますやへいったか」

「土蔵どぞうまで焼やけ落おちてた」

「大野おおの屋やがやられ、新しん石町こくちょうがやられた」と利吉としきちが云いった、「友達ともだちのところはみんな焼やけてうちだけ残のこったもんだから、なんだか悪わるいことでもしたようで、肩身かたみがせまくっていけないよ」

そして、焼やけた友人ゆうじんたちはみな立退たちのいてしまい、残のこっているのはこの二人ふたりだけらしい。ほかの者ものはもう戻もどっては来こないようだ、と付つけ加くわえた。

茂次しげじが訊きいた、「おばさんたちはまだ目白めじろのほうか」

「まわりがこのとおりで物騒ぶっそうだからね」

「うん」と茂次しげじは頷うなずき、ちょっと口くちごもってから、「おめえに断ことわることがあって来きたんだ」と云いった、「おれはこれから、やり直なおさなくちゃあならない、それで、大おお留とめがすっかり立直たちなおるまで、いっさいのつきあいをやめるつもりだ」

「それはおかしいよ、こんなときにこそつきあいが役やくに立たつんじゃあないのか」

「つきあいは対等たいとうでやりたいんだ」と茂次しげじは云いった、「いこじかもしれないが、性分しょうぶんだからしようがねえ、頼たのむよ」

利吉としきちは口くちをつぐんだ。

「おやじやおふくろのことを云いわずにいてくれて、――」と茂次しげじが云いった、「有難ありがとう」

そしてさっさとそこを去さった。

帰かえってゆくと、小屋こやのうしろの空地くうちで、子供こどもたちが遊あそんでい、茂次しげじを見みて、急きゅうにみんなしんとなった。みんな遊あそびをやめ、躯からだを固かたくして、じっと茂次しげじのほうを見みまもった。どの顔かおにも怖おそれと不安ふあんの色いろが、はっきりとあらわれていた。茂次しげじは立停たちどまってかれらを見みた。大おおきいほうの子供こどもたちは眼めをそらし、じりじりとうしろへさがった。茂次しげじがなおみつめていると、五いつつばかりになる男おとこの子こが、そばにいるもっと小ちいさい女おんなの子こを抱だきよせ、泣なきべそのような笑顔えがおをつくりながら、

「棟梁とうりょうのおじさん」と呼よびかけた。

「棟梁とうりょうのおじさん、この子こあっちゃんていうんだよ」

女おんなの子こを抱だきよせた恰好かっこが、まるで茂次しげじからなにかされるのを防ふせぐようにみえたし、泣なきべそよりみじめなつくり笑わらいは、殆ほとんど正視せいしするに耐たえないものであった。彼かれは眼めをそらし、戸口とぐちのほうへまわってゆくと、おりつが表ひょうを掃はいていて、「お帰かえりなさい」と云いった。

「ちょっと来きてくれ」

と云いって茂次しげじはうちへはいった。

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