茂次の部屋で、おりつは話した。
大きな火事のあとには、多かれ少なかれ孤児ができる。親類や田舎のあるものはそっちへ引取られるが、他の者は救助小屋に集め、やがて元の町内に預けられる。たいていはそれで片づくのだが、条件が悪いとか、他人の厄介になるのを嫌う者は、浮浪児になってしまう。いまうちにいるのもそういう子供たちで、元の住所のわかっている子は、みなおりつがその町内へいってみた。しかし子供は「死んだってあんな処へは帰らない」と云うし、町内でも引取りたがらない。中には「あんながきはまっぴらだ」などと云う者さえあった。
話を聞きながら、茂次はおりつのようすを見ていた。
彼女は十八になる。父親の平六は左官の手間取だったが、おりつが七つの年に仕事先で梯子から落ち、背骨を挫いて寝ついたまま、まる八年も病んで死んだ。そのあいだ、母親のおいくはあらゆることをして稼いだ。人夫までやったそうで、平六が死んだあとは、彼女もまたすっかり弱っていた。それを茂次の母が聞いて、勝手仕事の手伝いに雇ったのであるが、そのちょっとまえに、おりつは茶屋奉公に出ていた。医薬代が溜まっていて、ふつうの内職などでは片づかなかったからであろう、浅草並木町の「天川」という、かなり大きな料理茶屋へ住込みではいった。――茂次はずっとまえからおりつを知っていた。小さいころは痩せた小柄な躯つきで、色があさぐろく、眼が大きかった。たぐい稀な勝ち気で、男の子とよくつかみあいの喧嘩をし、多くの場合おりつが勝った。負けても泣くことなどはない、涙をこぼしながら歯をくいしばっている、というふうであった。
――炭屋の裏の鬼っ子。
などと、近所の男の子たちはからかったものである。けれども、弱い子や貧乏な家の子などは、よく庇ってやり、面倒をみてやるので、町内の親たちの評判はよかった。
――すっかり女らしくなったな。
と茂次は思った。十八という年より、いまのおりつは二つほどふけてみえる。小柄な躯つきや、あさぐろい肌や、眼の大きなところは昔のままのようであるが、ぜんたいに柔軟なまるみと艶があらわれているし、なにげない身のこなしや眼もとなどに、いきいきとしたいろけが感じられた。
「あら」とおりつが急に云った、「聞いていらっしゃらないんですか」
茂次は眼をそらしながら、「聞いたよ」と云った。
「わけはわかったが、むりだ」と彼はぶっきらぼうに続けた、「おれはこのとおり裸になっちまったし、うちをやり直すだけで手いっぱいだ、おめえだって子を持ったこともないのに、あれだけの者を育てるなんてむりなはなしだ」
「だってそんなに手はかかりゃしませんよ、現に今日までやってこられたんですもの」
「これまではな」と茂次は遮った、「しかしこれからは人数がふえる、おれや職人たちの世話をするだけだって、おめえ一人じゃあ手がたりなくなるぜ」
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「おれにはわからねえ、町役にでも話せばなんとかしてくれるだろう」と茂次はむっとした口ぶりで云った、「こういうことはお上の仕事だ、そのためにこっちは高い運上を払ってるんだから」
おりつは唇を噛んだ。
「わかりました」とやがておりつは云った、「ではそうしますけれど、話がきまるまで待って下さいますか」
「いいよ」と茂次は頷いた。
おりつは立ちあがって、なにか云おうとしたが、口をつぐんだ。
「なんだ」と茂次が訊いた。
「なんでもありません」とおりつは首を振り、顔をそむけながら出ていった。
それから四五日、茂次は仕事の手順をつけるのに追われた。彼は大六を伴れて木場の「和七」を訪ね、普請場をまわった。一つは神田明神下の酒問屋、一つは岩槻町の呉服屋、他の一つは日本橋吉川町の「魚万」という料理茶屋で、これらを巳之八、藤造の二人でやっていた。どちらも大留はえぬきの職人であり、使っている大工もずっと大留の息のかかっている者ばかりであった。――しかし左官、屋根屋、建具屋などは、大きな火事のあとは仕事が多いから、銀でたたかなければなかなか思うように動かない。川越の仕事ではいったものや、請負った普請の手付なども、たちまち底をつくことはわかっていた。
「どうします」と帳場の助二郎が二度ばかり訊いた、「いまのうちに手を打っておきたいんですが、高輪へ伺っちゃあいけませんか」
「高輪もあべ川町もだめだ」と茂次は首を振った、「おれがなんとかするからいい」
大六がそばにいて訊いた、「なんとかするってどうするんです」
「見ていりゃあわかる、おめえたちに迷惑はかけねえ」
或る日、その高輪の伊吉が、あべ川町の兼六とそろって来た。夕飯にかかるまえで、茂次が湯から帰ってみると、大六と助二郎が二人の相手をしていた。茂次は二人に挨拶をしながら、立とうとする大六と助二郎に「おまえたちもいてくれ」と云い、二人はまた坐った。
「年役だからあっしが話そう」と高輪の伊吉が口を切った、「仕事のこともあるが、それはあとにして、まず亡くなった人の葬式について相談なんだが」
「そいつは川越で云った筈です」と茂次は遮った、「私は諄いことは嫌いだが、もういちど云います、葬式は当分だしませんし、どうか私のことはうっちゃっといて下さい」
「そうはいかねえ」と伊吉が云った、「おまえさんの性分はわかってるし、なにかこうとめどを押えているんだろうが、世間には世間のしきたりがある、おまえさんが構うなと云ったって、そうかと引込んでいられるものじゃあねえ、世間に対する義理だけでもそれじゃあ済まねえ」
そして大留と自分たちとの関係、棟梁なかまのつきあい、などについて説明しようとした。だが茂次はまた、「そういうことは聞きたくない」と遮った。
「私のほうで頼むんだから、おじさんやあべ川町が義理を苦にすることはないでしょう」と茂次は云った、「世間でもし蔭口なんかきく者があったらはっきりそう云ってやって下さい、私は自分がいい子になろうなんてちっとも思ってやしないんだから」
兼六が伊吉を抑えた。伊吉の顔色が変ったのである。助二郎と大六もおどろいて、茂次をたしなめにかかったが、逆に茂次は二人に向って云った。
「いまおれの云ったことを覚えててくれ、おれたちは誰にも頼らねえ、この腕一本で大留を立て直すんだ、おれたちだけでだ、わかったか」