← Library‹ ちいさこべ 四

茂次しげじの部屋へやで、おりつは話はなした。

大おおきな火事かじのあとには、多おうかれ少すくなかれ孤児こじができる。親類しんるいや田舎いなかのあるものはそっちへ引取ひきとられるが、他たの者ものは救助きゅうじょ小屋こやに集あつめ、やがて元もとの町内ちょうないに預あずけられる。たいていはそれで片かたづくのだが、条件じょうけんが悪わるいとか、他人たにんの厄介やっかいになるのを嫌きらう者ものは、浮浪ふろう児じになってしまう。いまうちにいるのもそういう子供こどもたちで、元もとの住所じゅうしょのわかっている子こは、みなおりつがその町内ちょうないへいってみた。しかし子供こどもは「死しんだってあんな処ところへは帰かえらない」と云いうし、町内ちょうないでも引取ひきとりたがらない。中なかには「あんながきはまっぴらだ」などと云いう者ものさえあった。

話はなしを聞ききながら、茂次しげじはおりつのようすを見みていた。

彼女かのじょは十じゅう八はちになる。父親ちちおやの平六へいろくは左官さかんの手間てま取とりだったが、おりつが七ななつの年としに仕事先しごとさきで梯子はしごから落おち、背骨せぼねを挫くじいて寝ねついたまま、まる八はち年ねんも病やんで死しんだ。そのあいだ、母親ははおやのおいくはあらゆることをして稼かせいだ。人夫にんぷまでやったそうで、平六へいろくが死しんだあとは、彼女かのじょもまたすっかり弱よわっていた。それを茂次しげじの母ははが聞きいて、勝手かって仕事しごとの手伝てつだいに雇やとったのであるが、そのちょっとまえに、おりつは茶屋ちゃや奉公ほうこうに出でていた。医薬いやく代だいが溜たまっていて、ふつうの内職ないしょくなどでは片かたづかなかったからであろう、浅草あさくさ並木なみき町まちの「天川てんかわ」という、かなり大おおきな料理りょうり茶屋ちゃやへ住込すみこみではいった。――茂次しげじはずっとまえからおりつを知しっていた。小ちいさいころは痩やせた小柄こがらな躯むくろつきで、色いろがあさぐろく、眼めが大おおきかった。たぐい稀まれな勝かち気きで、男おとこの子ことよくつかみあいの喧嘩けんかをし、多おおくの場合ばあいおりつが勝かった。負まけても泣なくことなどはない、涙なみだをこぼしながら歯はをくいしばっている、というふうであった。

――炭屋すみやの裏うらの鬼おにっ子こ。

などと、近所きんじょの男おとこの子こたちはからかったものである。けれども、弱よわい子こや貧乏びんぼうな家いえの子こなどは、よく庇かばってやり、面倒めんどうをみてやるので、町内ちょうないの親おやたちの評判ひょうばんはよかった。

――すっかり女おんならしくなったな。

と茂次しげじは思おもった。十じゅう八はちという年としより、いまのおりつは二ふたつほどふけてみえる。小柄こがらな躯むくろつきや、あさぐろい肌はだや、眼めの大おおきなところは昔むかしのままのようであるが、ぜんたいに柔軟じゅうなんなまるみと艶つやがあらわれているし、なにげない身みのこなしや眼めもとなどに、いきいきとしたいろけが感かんじられた。

「あら」とおりつが急きゅうに云いった、「聞きいていらっしゃらないんですか」

茂次しげじは眼めをそらしながら、「聞きいたよ」と云いった。

「わけはわかったが、むりだ」と彼かれはぶっきらぼうに続つづけた、「おれはこのとおり裸はだかになっちまったし、うちをやり直なおすだけで手ていっぱいだ、おめえだって子こを持もったこともないのに、あれだけの者ものを育そだてるなんてむりなはなしだ」

「だってそんなに手てはかかりゃしませんよ、現げんに今日きょうまでやってこられたんですもの」

「これまではな」と茂次しげじは遮さえぎった、「しかしこれからは人数にんずうがふえる、おれや職人しょくにんたちの世話せわをするだけだって、おめえ一人ひとりじゃあ手てがたりなくなるぜ」

「じゃあ、どうしたらいいんですか」

「おれにはわからねえ、町役まちやくにでも話はなせばなんとかしてくれるだろう」と茂次しげじはむっとした口くちぶりで云いった、「こういうことはお上かみの仕事しごとだ、そのためにこっちは高たかい運上うんじょうを払はらってるんだから」

おりつは唇くちびるを噛かんだ。

「わかりました」とやがておりつは云いった、「ではそうしますけれど、話はなしがきまるまで待まって下くださいますか」

「いいよ」と茂次しげじは頷うなずいた。

おりつは立たちあがって、なにか云いおうとしたが、口くちをつぐんだ。

「なんだ」と茂次しげじが訊きいた。

「なんでもありません」とおりつは首くびを振ふり、顔かおをそむけながら出でていった。

それから四よん五いつ日か、茂次しげじは仕事しごとの手順てじゅんをつけるのに追おわれた。彼かれは大おお六ろくを伴つれて木場きばの「和七わしち」を訪たずね、普請ふしん場じょうをまわった。一ひとつは神田かんだ明神みょうじん下かの酒問屋さかどんや、一ひとつは岩槻いわつき町まちの呉服ごふく屋や、他たの一ひとつは日本橋にほんばし吉川よしかわ町まちの「魚ぎょ万よろず」という料理りょうり茶屋ちゃやで、これらを巳み之の八はち、藤ふじ造つくりの二人ふたりでやっていた。どちらも大おお留とめはえぬきの職人しょくにんであり、使つかっている大工だいくもずっと大おお留とめの息いきのかかっている者ものばかりであった。――しかし左官さかん、屋根屋やねや、建具たてぐ屋やなどは、大おおきな火事かじのあとは仕事しごとが多おおいから、銀ぎんでたたかなければなかなか思おもうように動うごかない。川越かわごえの仕事しごとではいったものや、請負うけおった普請ふしんの手付てつけなども、たちまち底そこをつくことはわかっていた。

「どうします」と帳場ちょうばの助じょ二郎じろうが二に度どばかり訊きいた、「いまのうちに手てを打うっておきたいんですが、高輪たかなわへ伺うかがっちゃあいけませんか」

「高輪たかなわもあべ川かわ町まちもだめだ」と茂次しげじは首くびを振ふった、「おれがなんとかするからいい」

大おお六ろくがそばにいて訊きいた、「なんとかするってどうするんです」

「見みていりゃあわかる、おめえたちに迷惑めいわくはかけねえ」

或ある日ひ、その高輪たかなわの伊吉いきちが、あべ川かわ町まちの兼六けんろくとそろって来きた。夕飯ゆうはんにかかるまえで、茂次しげじが湯ゆから帰かえってみると、大だい六ろくと助じょ二郎じろうが二人ふたりの相手あいてをしていた。茂次しげじは二人ふたりに挨拶あいさつをしながら、立たとうとする大だい六ろくと助じょ二郎じろうに「おまえたちもいてくれ」と云いい、二人ふたりはまた坐すわった。

「年ねん役やくだからあっしが話はなそう」と高輪たかなわの伊吉いきちが口くちを切きった、「仕事しごとのこともあるが、それはあとにして、まず亡なくなった人ひとの葬式そうしきについて相談そうだんなんだが」

「そいつは川越かわごえで云いった筈はずです」と茂次しげじは遮さえぎった、「私わたくしは諄くどいことは嫌きらいだが、もういちど云いいます、葬式そうしきは当分とうぶんだしませんし、どうか私わたくしのことはうっちゃっといて下ください」

「そうはいかねえ」と伊吉いきちが云いった、「おまえさんの性分しょうぶんはわかってるし、なにかこうとめどを押おさえているんだろうが、世間せけんには世間せけんのしきたりがある、おまえさんが構かまうなと云いったって、そうかと引込ひきこんでいられるものじゃあねえ、世間せけんに対たいする義理ぎりだけでもそれじゃあ済すまねえ」

そして大おお留とめと自分じぶんたちとの関係かんけい、棟梁とうりょうなかまのつきあい、などについて説明せつめいしようとした。だが茂次しげじはまた、「そういうことは聞ききたくない」と遮さえぎった。

「私わたくしのほうで頼たのむんだから、おじさんやあべ川かわ町まちが義理ぎりを苦くにすることはないでしょう」と茂次しげじは云いった、「世間せけんでもし蔭口かげぐちなんかきく者ものがあったらはっきりそう云いってやって下ください、私わたくしは自分じぶんがいい子こになろうなんてちっとも思おもってやしないんだから」

兼六けんろくが伊吉いきちを抑おさえた。伊吉いきちの顔色かおいろが変かわったのである。助じょ二郎じろうと大おお六ろくもおどろいて、茂次しげじをたしなめにかかったが、逆ぎゃくに茂次しげじは二人ふたりに向むかって云いった。

「いまおれの云いったことを覚おぼえててくれ、おれたちは誰だれにも頼たよらねえ、この腕うで一いち本ほんで大おお留とめを立たて直なおすんだ、おれたちだけでだ、わかったか」

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