大六と助二郎は途方にくれたように、黙って頭を垂れた。
「そういうことならひきさがろう」と兼六が云った、「だが茂さん、もうすぐに亡くなった人の三十五日だ、法事だけはするんだろうが、そのときは知らせてもらえるだろうね」
「いや法事もやりません」
「法事もしねえって」と伊吉が云った、「じゃあその」と伊吉は仏壇へ顎をしゃくった、「仏のお骨はどうするんだ」
「このままですよ」と茂次が答えた、「寺へ預けりゃあ経料だのなんだのって金ばかりかかりますからね、源心寺の坊主は妾を抱えて、毎晩なまぐさもので酒をくらってますぜ、坊主なんてたいてえそんなもんだ、そんな坊主に経をあげてもらったって仏の供養にゃあならねえし、妾の手当や酒代をこっちで持ついわれはありませんからね、骨は当分このままにしておくつもりです」
伊吉はものも云わずに立ちあがった。
大六と助二郎が、二人を外まで送っていった。おそらく詫び言を云いにいったのだろう、茂次はおりつを呼んで「飯にしてくれ」と云った。おりつは泣いていたとみえ、眼のまわりと鼻の頭が赤くなっていた。大六と助二郎は戻って来たが、二人ともなにも云わずに、挨拶だけして自分たちの家へ帰っていった。
そのすぐ次の日、茂次は木場の「和七」へでかけていった。川越から帰って訪ねたとき、金のことを頼んだのである。大六は気づかなかったろうが、岩井町に持っている地所三百坪あまりを抵当にした。七兵衛は抵当も証文も不要だと拒み、金は必ず都合すると引受けたのである。いってみると約束どおりの金ができてい、茂次は地所を抵当にして証文とひきかえに受取った。七兵衛はこんなものは受取れないと云ったが、茂次もそれなら金は借りないと云い張り、ついに七兵衛のほうでかぶとをぬいだ。
岩井町へ帰った茂次が、助二郎に金を渡し、大六の来るのを待っていると、福田屋久兵衛と町内のかしらの勘助が、町方同心の中島市蔵というのを案内して来た。――久兵衛はまず不幸のくやみを述べ、同心をひきあわせてから、用件をきりだした。つづめていえば、孤児を大勢やしなっているのは不法だ、というのである。災害による孤児の始末はきまっていて、個人がこんなふうに多勢を集めてやしなう、などということは間違いだ。元の町内へ引取らせるか、お役人に任せるかどちらかにしなければならない。このままではお上にも憚りであるし、町内の迷惑にもなる、というのであった。そのときおりつがとびだして来て、「それはあたしが話します」と云った。しかし茂次はおりつを押しやった。
「仰しゃることはわかりました」と茂次は久兵衛に云った、「私もそうするつもりでいたんですが、いま、町内の迷惑になると仰しゃいましたね、それはどういうことなんですか」
「ひとくちに云うと、子供たちがあくたれすぎるようだ」と久兵衛が云った、「私もたびたびみかけたけれど、ここにいる子供はたちが悪い、なにもしない子を殴る、よその塀を毀す、家の中へ石を投げこむ、店先の物をかっぱらう、そんな苦情を絶えずもちこまれるんだ」
「それは違います、いいえ違います」とおりつは云い返した、「うちにいる子がいい子ばかりだとは云いません、でも町内の子供たちがからかいさえしなければ、決してそんな悪いことなんかしやしないんです」
「町内の子がからかうって」
「あたしはあの子たちを裏の空地で遊ぶようにさせています、なるべくよそへゆかないようにさせているんですが、町内の子供たちがやって来て、のら犬だとか、親なしっ子だとか、どろぼうだとか云って、さんざん悪態をついたり物を投げたりするんです」
「すると、――」と同心の中島が訊いた、「おまえはこの町内のほうが悪いというんだな」
「あたしはこの土地の者です」とおりつは答えた、「あたしはこの町内で生れこの町内でそだちました、火事からこっちずいぶん人が変りましたけれど、昔から住んでる人はみんな知ってます、ですから町内を悪く云う気持なんかこれっぽっちもありゃしません、それに、子供のことですから、よそ者を見ればからかったりいじめたりしたくなるのは、どこでも同じことでしょう、だから町内の子たちが悪いと云うんじゃあないんです、ただ――」とおりつはちょっと絶句し、すぐにまた続けた、「ただうちにいる子供たちは、預けられたさきで、厄介者扱いにされたりこき使われたり、いろいろなことがあっていたたまれなかった、どこへいっても親無しっ子、どろぼう、のら犬ってからかわれたり、いじめられたりして来たんです、あたしも、火事でおっ母さんに死なれました、両親もきょうだいもないし親類もありません、ですからあの子たちの気持がよくわかるんです、あの子たちがなにより欲しがっているのは人の愛情なんです、人の愛情だけがあの子たちの生きる頼りなんです、それなのに、人から憎まれるようなことをすすんでやるでしょうか」
みんなはちょっと沈黙した。
「おまえさんの云うことはわかったよ」と久兵衛が云った、「しかしね、こんなことも子供たちを此処へ置くから起こることなんで、お上のお指図どおりにすればいいんだから」
「旦那にうかがいますが」と茂次が久兵衛を遮って中島市蔵に話しかけた、「あの子供たちをうちでやしなうのは御法度ですか」
「法度ということはないが」と中島が答えた、「これまでに例もなし、十余人という子供をやしなうには、それだけの力と条件がそろわなければなるまい」
「条件とはどういう」
「居場所が充分にあるかどうか、衣食が不足なく賄えるかどうか、ちゃんとした躾ができるかどうかだ」
「うちは大工だから」と茂次が云った、「場所が狭ければ建て増しをします、衣食だって金持ちのようにはいかねえが、世間なみのことぐらいできるつもりです」
おりつはちらっと茂次を見、両の頬を赤くしながら、「世話はあたしがします」と云った。
「むりだ」と中島は首を振った、「十幾人もの子供たちに食わせて着せて、おまけに躾もしなければならない、おまえにはこのうちの仕事もあるんだろう」
「でも今日までずっとやって来たんですから」
「むりだ、そんなことがいつまで続けられるものではない、それはむりだ」
すると外から娘が一人はいって来て、「あたしが手伝いますわ」と云った。みんなそっちを見、久兵衛が眼をみはった。
「おゆう、おまえなにを云うんだ」
それは福田屋久兵衛の娘、利吉の妹のおゆうであった。おりつより年は一つ下であるが、商家そだちに似あわず、きかない気性と縹緻よしとで、以前から町内ではめだつ娘であった。