← Library‹ ちいさこべ 五

大おお六ろくと助じょ二郎じろうは途方とほうにくれたように、黙だまって頭あたまを垂たれた。

「そういうことならひきさがろう」と兼六けんろくが云いった、「だが茂しげるさん、もうすぐに亡なくなった人ひとの三十さんじゅう五ご日にちだ、法事ほうじだけはするんだろうが、そのときは知しらせてもらえるだろうね」

「いや法事ほうじもやりません」

「法事ほうじもしねえって」と伊吉いきちが云いった、「じゃあその」と伊吉いきちは仏壇ぶつだんへ顎あごをしゃくった、「仏ふつのお骨ほねはどうするんだ」

「このままですよ」と茂次しげじが答こたえた、「寺てらへ預あずけりゃあ経きょう料りょうだのなんだのって金かねばかりかかりますからね、源みなもとの心しん寺じの坊主ぼうずは妾めかけを抱かかえて、毎晩まいばんなまぐさもので酒さけをくらってますぜ、坊主ぼうずなんてたいてえそんなもんだ、そんな坊主ぼうずに経きょうをあげてもらったって仏ふつの供養くようにゃあならねえし、妾めかけの手当てあてや酒代さかだいをこっちで持もついわれはありませんからね、骨ほねは当分とうぶんこのままにしておくつもりです」

伊吉いきちはものも云いわずに立たちあがった。

大おお六ろくと助じょ二郎じろうが、二人ふたりを外そとまで送おくっていった。おそらく詫わび言ごとを云いいにいったのだろう、茂次しげじはおりつを呼よんで「飯めしにしてくれ」と云いった。おりつは泣ないていたとみえ、眼めのまわりと鼻はなの頭あたまが赤あかくなっていた。大おお六ろくと助じょ二郎じろうは戻もどって来きたが、二人ふたりともなにも云いわずに、挨拶あいさつだけして自分じぶんたちの家いえへ帰かえっていった。

そのすぐ次つぎの日ひ、茂次しげじは木場きばの「和七わしち」へでかけていった。川越かわごえから帰かえって訪たずねたとき、金かねのことを頼たのんだのである。大おお六ろくは気きづかなかったろうが、岩井いわい町まちに持もっている地所じしょ三百さんびゃく坪つぼあまりを抵当ていとうにした。七兵衛しちべえは抵当ていとうも証文しょうもんも不要ふようだと拒こばみ、金きんは必かならず都合つごうすると引受ひきうけたのである。いってみると約束やくそくどおりの金かねができてい、茂次しげじは地所じしょを抵当ていとうにして証文しょうもんとひきかえに受取うけとった。七兵衛しちべえはこんなものは受取うけとれないと云いったが、茂次しげじもそれなら金かねは借かりないと云いい張はり、ついに七兵衛しちべえのほうでかぶとをぬいだ。

岩井いわい町まちへ帰かえった茂次しげじが、助じょ二郎じろうに金かねを渡わたし、大だい六ろくの来くるのを待まっていると、福田ふくだ屋や久兵衛きゅうべえと町内ちょうないのかしらの勘助かんすけが、町方まちかた同心どうしんの中島なかじま市蔵いちぞうというのを案内あんないして来きた。――久兵衛きゅうべえはまず不幸ふこうのくやみを述のべ、同心どうしんをひきあわせてから、用件ようけんをきりだした。つづめていえば、孤児こじを大勢おおぜいやしなっているのは不法ふほうだ、というのである。災害さいがいによる孤児こじの始末しまつはきまっていて、個人こじんがこんなふうに多勢おおぜいを集あつめてやしなう、などということは間違まちがいだ。元もとの町内ちょうないへ引取ひきとらせるか、お役人やくにんに任まかせるかどちらかにしなければならない。このままではお上かみにも憚はばかりであるし、町内ちょうないの迷惑めいわくにもなる、というのであった。そのときおりつがとびだして来きて、「それはあたしが話はなします」と云いった。しかし茂次しげじはおりつを押おしやった。

「仰おっしゃることはわかりました」と茂次しげじは久兵衛きゅうべえに云いった、「私わたくしもそうするつもりでいたんですが、いま、町内ちょうないの迷惑めいわくになると仰おっしゃいましたね、それはどういうことなんですか」

「ひとくちに云いうと、子供こどもたちがあくたれすぎるようだ」と久兵衛きゅうべえが云いった、「私わたくしもたびたびみかけたけれど、ここにいる子供こどもはたちが悪わるい、なにもしない子こを殴なぐる、よその塀へいを毀こわす、家いえの中なかへ石いしを投なげこむ、店先みせさきの物ものをかっぱらう、そんな苦情くじょうを絶たえずもちこまれるんだ」

「それは違ちがいます、いいえ違ちがいます」とおりつは云いい返かえした、「うちにいる子こがいい子こばかりだとは云いいません、でも町内ちょうないの子供こどもたちがからかいさえしなければ、決けっしてそんな悪わるいことなんかしやしないんです」

「町内ちょうないの子こがからかうって」

「あたしはあの子こたちを裏うらの空地くうちで遊あそぶようにさせています、なるべくよそへゆかないようにさせているんですが、町内ちょうないの子供こどもたちがやって来きて、のら犬いぬだとか、親おやなしっ子こだとか、どろぼうだとか云いって、さんざん悪態あくたいをついたり物ものを投なげたりするんです」

「すると、――」と同心どうしんの中島なかじまが訊きいた、「おまえはこの町内ちょうないのほうが悪わるいというんだな」

「あたしはこの土地とちの者ものです」とおりつは答こたえた、「あたしはこの町内ちょうないで生うまれこの町内ちょうないでそだちました、火事かじからこっちずいぶん人ひとが変かわりましたけれど、昔むかしから住すんでる人ひとはみんな知しってます、ですから町内ちょうないを悪わるく云いう気持きもちなんかこれっぽっちもありゃしません、それに、子供こどものことですから、よそ者ものを見みればからかったりいじめたりしたくなるのは、どこでも同おなじことでしょう、だから町内ちょうないの子こたちが悪わるいと云いうんじゃあないんです、ただ――」とおりつはちょっと絶句ぜっくし、すぐにまた続つづけた、「ただうちにいる子供こどもたちは、預あずけられたさきで、厄介やっかい者しゃ扱あつかいにされたりこき使つかわれたり、いろいろなことがあっていたたまれなかった、どこへいっても親おや無なしっ子こ、どろぼう、のら犬いぬってからかわれたり、いじめられたりして来きたんです、あたしも、火事かじでおっ母ははさんに死しなれました、両親りょうしんもきょうだいもないし親類しんるいもありません、ですからあの子こたちの気持きもちがよくわかるんです、あの子こたちがなにより欲ほしがっているのは人ひとの愛情あいじょうなんです、人ひとの愛情あいじょうだけがあの子こたちの生いきる頼たよりなんです、それなのに、人ひとから憎にくまれるようなことをすすんでやるでしょうか」

みんなはちょっと沈黙ちんもくした。

「おまえさんの云いうことはわかったよ」と久兵衛きゅうべえが云いった、「しかしね、こんなことも子供こどもたちを此処ここへ置おくから起おこることなんで、お上かみのお指図さしずどおりにすればいいんだから」

「旦那だんなにうかがいますが」と茂次しげじが久兵衛きゅうべえを遮さえぎって中島なかじま市蔵いちぞうに話はなしかけた、「あの子供こどもたちをうちでやしなうのは御ご法度はっとですか」

「法度はっとということはないが」と中島なかじまが答こたえた、「これまでに例れいもなし、十じゅう余人よにんという子供こどもをやしなうには、それだけの力ちからと条件じょうけんがそろわなければなるまい」

「条件じょうけんとはどういう」

「居い場所ばしょが充分じゅうぶんにあるかどうか、衣食いしょくが不足ふそくなく賄まかなえるかどうか、ちゃんとした躾しつけができるかどうかだ」

「うちは大工だいくだから」と茂次しげじが云いった、「場所ばしょが狭せまければ建たて増ましをします、衣い食しょくだって金持かねもちのようにはいかねえが、世間せけんなみのことぐらいできるつもりです」

おりつはちらっと茂次しげじを見み、両りょうの頬ほおを赤あかくしながら、「世話せわはあたしがします」と云いった。

「むりだ」と中島なかじまは首くびを振ふった、「十じゅう幾いく人にんもの子供こどもたちに食くわせて着きせて、おまけに躾しつけもしなければならない、おまえにはこのうちの仕事しごともあるんだろう」

「でも今日きょうまでずっとやって来きたんですから」

「むりだ、そんなことがいつまで続つづけられるものではない、それはむりだ」

すると外そとから娘むすめが一人ひとりはいって来きて、「あたしが手伝てつだいますわ」と云いった。みんなそっちを見み、久兵衛きゅうべえが眼めをみはった。

「おゆう、おまえなにを云いうんだ」

それは福田ふくだ屋や久兵衛きゅうべえの娘むすめ、利吉としきちの妹いもうとのおゆうであった。おりつより年としは一ひとつ下したであるが、商家しょうかそだちに似にあわず、きかない気性きしょうと縹緻きりょうよしとで、以前いぜんから町内ちょうないではめだつ娘むすめであった。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%