← Library‹ ちいさこべ 六

「あたしは一いち日にちじゅう手てがあいてますから、昼間ひるまだけここへかよって来きます」とおゆうは父ちちに構かまわず続つづけた、「それでも不足ふそくなときは下女げじょだっていますし、自慢じまんのように聞きこえては困こまるけれど、読よみ書かきぐらい教おしえられますから」

脇わきにいたかしらの勘助かんすけは「よう」とでも声こえをかけたそうな顔かおをした。

「いや」と茂次しげじが首くびを振ふった、「おゆうちゃんにそんなことをしてもらわなくっても、手てが足たりなければこっちで人ひとを雇やとうよ」

「恩おんにきせるとでも思おもうの」とおゆうは茂次しげじを見みあげた、「あたしは罪つみほろぼしのつもりよ」

「おゆう」と久兵衛きゅうべえが云いった。

「この町内ちょうないで焼やけ残のこったのはうち一いち軒けんよ、塀へいをちょっと焦こがしただけで、うちはまるまる焼やけ残のこったし人ひともみんな無事ぶじだったわ、おまけに父ちちは町役まちやくを勤つとめているんですもの、本当ほんとうならそういう子供こどもたちはうちで引受ひきうけるのがあたりまえよ」

おりつの、眼尻めじりがあがった。茂次しげじがなにか云いいかけたが、同心どうしんの中島なかじまがさきに「福田ふくだ屋や」と云いって久兵衛きゅうべえを見みた。

「云いいだしたらきかないんで」と久兵衛きゅうべえが云いった、「もしそんなことでよかったら、娘むすめに手伝てつだわせてもいいと思おもいますが」

「いちおうお係かかりと相談そうだんしてみるが」と中島なかじまが云いった、「とにかく人別にんべつをきちんとしておいてくれ、いいとなったらお手当てあてのさがるようにはからってみよう」

「おゆうさん」とかしらの勘助かんすけが初はじめて口くちをいれた、「お手柄てがらでしたね」

そしてみんな出でてゆき、おゆうだけあとに残のこった。おりつはくるっと振向ふりむいて、足早あしばやに勝手かってのほうへ去さり、おゆうは茂次しげじにくやみを述のべた。それを聞きくのがいやなのだろう、茂次しげじは「いつこっちへ帰かえったのか」と話はなしをそらした。そこへ、おりつが引返ひきかえして来きて、子供こどもが五ご人にん逃にげた、と告つげた。

「逃にげたって」と茂次しげじは振返ふりかえった。

「いまの話はなしを聞きいたんでしょ」とおりつが吃どもりながら云いった、「途中とちゅうまで聞きいて伴つれ戻もどされると思おもったんでしょう、もうちょっとまえに五ご人にんで逃にげたんですって」

茂次しげじは奥おくへとんでいった。おりつが続つづき、おゆうもあがって来きた。いってみると、勝手口かってぐちの外そとに子供こどもが八はち人にん、互たがいに倚よりかたまって、怯おびえたような顔かおで立たっていた。いつか茂次しげじに呼よびかけた子こは、あのときのあっちゃんという女おんなの子こを、あのときと同おなじように抱だきよせていた。

「五ご人にん逃にげたというのは本当ほんとうか」と茂次しげじが訊きいた、「どこかに隠かくれてるんじゃないのか」

すると十じゅう一いちか二にくらいになる、いちばん年嵩としかさの子こが、「逃にげたのだ」と答こたえた。

「じっ平たいらと忠ただしがみんなに逃にげようと云いったんだ、じっ平たいらも忠ちゅうもかっぱらいなんかしたことがあるんで、それでおっかなくなったもんだから」とその子こは云いった、「――おらあよせってとめたんだけれど、とうとう三さん人にん付ついていっちまったんだ」

茂次しげじは頷うなずいて云いった、「安心あんしんしな、おめえたちみんな此処ここにいていいんだ、役人やくにんが許ゆるしてくれたし、おれもこれから仲良なかよしになるぜ、それから、ここにいるのはおゆうさんといって、みんなの世話せわを手伝てつだってくれる人ひとだ」

「こんちは」とおゆうが頬笑ほうえみかけた、「あたしのこと姉あねさんって呼よんでね」

「ねえちゃん」と小ちいさなあっちゃんがすぐ呼よび、赤あかくなって顔かおを隠かくした。おりつの眼尻めじりがまたあがり、ついできゅっと唇くちびるを噛かんだ。

大おお六ろくが来きたので、茂次しげじは普請ふしん場じょうの見廻みまわりにでかけた。人別にんべつ書しょを作つくっておくようにと、おりつとおゆうに頼たのんだが、おりつの怒おこっている顔かおが、一いち日にちじゅう眼めについて困こまった。

その夜よる、――夕飯ゆうはんのあとで、茂次しげじは子供こどもたちと初はじめて話はなしをした。おゆうの書かいた人別にんべつ書しょを見みながら、一人ひとりずつ呼よびかけ、火事かじのことにはいっさい触ふれず、これからどううまくやってゆくか、ということについて話はなした。口くちがへたなうえに、ぶっきらぼうな話はなしかたであるが、子供こどもたちには却かえって気持きもちがつうじるようであった。

菊二きくじ、十じゅう一いち歳さい、しらかべ町まち

六ろく、九きゅう歳さい、あいおい町まち

重吉じゅうきち、九きゅう歳さい、同町どうちょう代地だいち

又また、八はち歳さい、としま町まち

梅うめ、八はち歳さい、さくま町まち

伝次でんじ、七なな歳さい、りゅうかん町まち

市し、六ろく歳さい、おしょろさんの裏うら

あつ、四よん歳さい、同所どうしょ

人別にんべつ書しょには右みぎのように書かいてあり、その住所じゅうしょはおりつがいちおう慥たしかめたと云いった。逃にげた五ご人にんの中なかには、住所じゅうしょを偽いつわった者ものや、はっきり云いわない者ものもいたが、残のこった者ものは正直しょうじきに云いっているという。茂次しげじは「おしょろさんの裏うら」というのがわからなかった。おりつもそれだけはわからない、市しはそれだけしか覚おぼえていないし、あっちゃんとは近所きんじょ同志どうしらしいが、あっちゃんも「おんなじとこ」と云いうだけだそうで、おぼろげな記憶きおくを訊ききだしてみると、どうやら大川おおかわの向むこうのような感かんじがする、とおりつは云いった。

「それならいちど伴つれていってみるんだな」と茂次しげじが云いった、「そうすれば思おもいだすかもしれないし、ことによると生いき残のこっている者ものがあるかもしれない」

おりつは強つよく首くびを振ふり、めくばせをして彼かれを黙だまらせた。茂次しげじはまごついて口くちをつぐみ、それから、今夜こんやはもう寝ねよう、と云いって立たちあがった。

茂次しげじは自分じぶんの部屋へやで、くろを相手あいてに将棋しょうぎをさし始はじめた。正吉しょうきちと松三まつぞうは夕飯ゆうはんのあとで遊あそびにでかけ、くろは置おいてゆかれたのですっかりむくれていた。将棋しょうぎもやる気きがないとみえ、ばかげた手てばかりさすので、茂次しげじは駒こまを投なげだして「寝ねちまえ」とどなりつけた。くろが出でてゆくとまもなく、おりつが茶ちゃと菓子かしを持もって来きて、市しとあっちゃんのことを話はなした。二人ふたりは自分じぶんたちのうちのことを恐おそれている、理由りゆうはなにも云いわないが、元もとのうちのことを訊きくだけでも怯おびえたような顔かおになる、ということであった。茂次しげじは眉まゆをしかめて「うん」と低ひくく唸うなった。

「ほかの子こたちも元もとの町内ちょうないのことは云いいたがりません」とおりつが云いった、「ずいぶんひどいめにあっているようで、思おもいだすのもいやなようですから、どうかそういう話はなしには触ふれないでやって下ください」

茂次しげじは頷うなずいた。おりつは茶ちゃを淹いれ、菓子かし鉢はちの蓋ふたを取とってすすめながら、「それから」と云いいかけて、そのまま黙だまった。茂次しげじは茶ちゃを啜すすりながら、おりつを見みた。

「なんだ」と茂次しげじが訊きいた。

「お礼れいが云いいたかったんです」とおりつは俯向うつむいて云いった、「あの子こたちを置おいて下くださると聞きいたとき、あたしうれしくって」

「わかったよ」と茂次しげじは乱暴らんぼうに遮さえぎった、「そんなことより、もっとほかに話はなしがあるんじゃあないのか」

おりつは眼めをあげて茂次しげじを見みた。

「ねえのか」と茂次しげじが云いった。

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